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168話 統一魔界その2

「───何だこれは」


 村人たちは、どう見ても余所者の俺たちがそこに居るのに、それを気にする様子を見せない。というかエーリジョンの『心ここに非ず』という表現が適切で、自失したままフラフラと歩き回っているようにすら見える。落ち着いて観察してみれば彼らなりに日常生活を送っているのだと分かるが、それも覚束ない手つきでだ。


 例えば農作業を生業としているらしい魔族の壮年は、酔っ払って着たみたいな作業着のまま鋤を振り下ろしている。だがその動作に精彩はなく、振り下ろして、ぼーっとして、鋤を持ち上げていないのを思い出したように持ち上げて、それから何をするか考えているような間ののち、また振り下ろす……くらいのペースだ。あれで出来る農作物なんてあるのかと疑わしく思える。


 話しかければ挨拶は返すし、それで俺たちに見覚えがないと思い出せば(・・・・・)誰何することもあるが、あちらから咎めてくることは、村の中心まで歩いてきても皆無だった。確かにエーリジョンの言う通り、こんなザマでは俺たちの偽装など看破できようはずもない。


「なあ、そこのあんた。どうしてこんなことになってるんだ?」


「どう、して……? どうして、とは……? ああ、あんた、見覚えがない……気が……」


「クソっ、会話にすらなりゃしない」


「《魔界》インスラ中の魔族がこう(・・)なっているなら、安定《経》の周囲に誰もいなかったのも頷けるな。こんな耄碌した連中に防衛線など敷けまい」


「大魔王は何やってんだ……。統一したんじゃないのかよ」


 俺は不注意だった。ロジェスと会話しつつ、最後のボヤきは周囲の村人の耳にも届くか届かないか、そんな声量を出してしまっていたんだ。


 だから契機は、きっとその一言。


 村人たちが突如、か細い声を上げ始める。最初は幽かな呻き声だったのが、どんどんと声は大きく高く、やがては鼓膜を劈くような叫喚になるまでそう時間はかからない。


 みな一様に両手を固く握って頭上に掲げ、見開いた目からは滂沱と涙を流し、声帯の限界に挑戦するかのように泣き叫ぶ。


「───行くぞ。事情聴取も物資補給も、この有様では不可能だ」


「……分かってるよ、けど」


「つべこべ言うな、来い。お前の行動で、一つ気づいたことがある」


 ロジェスが凄まじい力で俺の胸倉を引っ張る。これは《信業》も使って───そこまでして早急に話したいことって何だ?





「ヒウィラ姫でも、他の連中でも誰でもいい。一つ聞かせてくれ」


 村から少し離れて、俺たちは車座に座り込んでいる。ロジェスが口火を切る。


「───答えられる範囲ならば」


「答えてもらう。おそらくこれはお前らにとっては極めて不愉快な質問だが」


 物騒な前置き、一拍おく呼吸。


「───魔王がその地位を継承することなく死んだら、その国民はどうなる?」


 ロジェスが言っていた通り、それは失礼な質問だったのだろう。魔族たちが一斉に色めき立つ。


「貴様ッ───」


「仮定の話としてだ。別にお前らの魔王、アムラ・ガラーディオで考える必要はない。どっか他所の国の話としようか」


 魔王。《魔界》に於ける最上位。最高権力者。《人界》の小神の如くに崇められ、聖究騎士の如くにその力を揮う覇者たち。


 群立する魔王たちが、戦争の中で命を落としたなら───


「……国民はその信心の拠り所を失います。そのまま過ごしますが、やがて、別の魔王の勢力圏に組み込まれ、また元通りに戻ると」


「それが、今あの村で起きていることか」


 ───大魔王が《魔界》インスラを統一したということの、それが意味。


 大魔王を除く九大魔王の残り八柱は、ことごとくその命を奪われているのだ。


 統一したばかりの今はその勢力圏が行き届かない再編の最中だが、やがて《魔界》インスラのすべては大魔王のもとにひれ伏し、彼を崇め、彼を絶対者と認める。


 ───《人界》は《魔界》のものどもに負けはしない、と信庁では喧伝している。


 それは己らの権威を揺らがせないためのアピールも存分に含まれているが、大口を叩けるだけの実績はあるのだ。


 《魔界》とは、常に群雄割拠の乱世。最大で九柱の魔王たちが、己こそが至上にして唯一の君臨者であると定めるために相争うから、言い方は悪いが《人界》に付け入る隙があったのだ。


 それが、本当に至上にして唯一の大魔王が君臨してしまえば、


 ───信庁が統治する《人界》と、対等の軍事力を動員できる、最悪の敵となる。

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