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166話 闇黒彷徨その7

「拾われたってつまり───孤児なのか」


「ええ、そのはずよ。実の両親のことは聞かされていないけれど」


「…………」


 絶句していると、ヒウィラはぽつぽつと説明を始めてくれた。


こういうとき(・・・・・・)のために、魔王には自由に使える子供が必要となりますから。用途に応じて影武者を設けておくのです」


 話をまとめると、こうだ。


 ヒウィラが知っているのはカヴラウ王朝の話なので、よそは知らないが。


 魔王は即位すると、その跡を継がせるべく、なるべく早く跡継ぎ───血を受けた実の子を設ける。そして、子が生まれるやいなや同族同性のめぼしい孤児を集めると、実子と同じ環境で同じように育てるのだ。


 そうして育てられる子らは、実子と同じ名を与えられる。


 顔やら声やらでバレるんじゃないかと思ったが、そこは大丈夫らしい。まず王族は魔王を除いてそのほとんどが表舞台に立たないのだそうで、あまり顔を知られていないのだという。そして知られていたとしても、王家専属の化粧師───魔術師であり《信業遣い》であるという───がその腕を揮えば、多少の差異など如何様にも覆い隠せてしまうのだという。


 驚くべき点は、必ずしも影武者の本元オリジナルが存在するとは限らないらしい。魔王が子ができたとお触れを出したとて、それが真実かどうかは当の魔王本人にしか分からない。影武者たちも知らされていないのだ。


 ───そう、影武者たちは知らされていない。彼ら彼女らが王位簒奪など目論まぬよう、情報は厳しく制限されているのだ。それができるのも、すべては魔王という絶対権力者だからこそ可能な力技。


「……ヒウィラ」


「その名前も、私のものではないのです。実在するかも定かではない本物のヒウィラのもの……」


 それでもヒウィラとしか呼ばれたことはないから、そう呼んでもらうしかないのですが。彼女の呟きにあったのは純粋に困っている色だった。


「俺にとっては、君はヒウィラだ」


「そうですね。名前など、その程度のラベル付けと同じでしょう」


 そう思っていないのは誰より彼女自身だ。自分の名前は誰か(ヒウィラ)の借り物で、自分自身には何もない。そう思って生きてくるのは、どれほどの孤独感だろう。ユヴォーシュ・ウクルメンシルという名前を貰って、それが俺だと、その名に責任を負って生きる俺には想像もできない。


 彼女が魔王アムラの命令に───見も知らぬ、異なる《魔界》を統治する大魔王のもとへ嫁入りしてこい、という無茶に唯々諾々と従うのは、それが理由か。影武者たちは絶対者の一存で時に廃棄(・・)すらされるという。そんな境遇にあっては、我を出すなんていうのはとんでもない愚かしさとして写ることだろう。


 魔王。《魔界》に於ける最上位。最高権力者。《人界》の小神の如くに崇められ、聖究騎士の如くにその力を揮う覇者たち。


 逆らうことなど思いもしない……というなら、何故。


「どうしてヒウィラは……そんな話をしたんだ?」


 この話は絶対の秘密であるはずだ。彼女の侍女たちや、護衛としてつけられた兵士たち───タンタヴィーやムクジュ、イールーパすら知らないであろう重要機密を、どうして俺に。


「さあ……。どうしてでしょう。不平等だからじゃないですかね」


 その言葉には有無を言わせず会話を途切れさせる圧があった。彼女自身、ぽつりと漏らしてしまっただけで、本当は話すつもりなんてなかったのかもしれない。


 やっぱり、彼女のことが分からない。


 魔王城カカラムの一室で話したときから、彼女にどこか得体のしれないものを感じていた。それはヒウィラというラベル(・・・)を貼られて育てられたが故の、立脚するための自己の希薄さが理由かと納得しようとしてみる。確かに、そういう一面は少なからずあるんだろう。お前は代用品かわりだ、魔王()の道具だ、そう言い聞かされ続ければ───けれど、きっとそれだけじゃない(・・・・・・・・)


 彼女の言葉を思い返すと、『影武者にはそれぞれ用途がある』と言っていた。ならば、やはり、何故かという疑問は浮かぶ。


 何故、今俺と話している、この(・・)ヒウィラを嫁に出すことにしたのか? 話しぶりからすれば間違いなく他にもヒウィラはいるはずなのに、よりにもよって《信業遣い》のヒウィラにその任を与えたのは、何故だ。


 信庁が唯一絶対の統治機関である《人界》や、大魔王が統一をはたした《魔界》インスラとは違う。《魔界》アディケードには複数の魔王が存在し覇を競っている。《信業遣い》という人的資源は貴重なはずで、にも関わらず二度と戻ってはこないであろう異界への嫁に出す。そこの道理が通らないのが、どうにも気持ち悪い。


 彼女を覆い隠す夜闇は、未だに晴れないままだ。

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