161話 闇黒彷徨その2
人族と魔族、混成の一行は、見知らぬ異界での旅の支度を進める。ヒウィラたち魔族は《人界》に戻ることはできないし、ロジェスだって戻ればその行いを咎められて再び侵入することは厳しくなる。メール=ブラウだって介入してくる。だからこれは、《魔界》インスラで用事を片すまで戻れない旅路だ。
魔族精鋭と神聖騎士たちが計画を練り、物資を確認している。
彼女は手持無沙汰といったかんじで、タンタヴィーらに周囲を守られている。俺は前科があるから二人きりにさせることはないだろうが、話しかけるくらいは許されるらしい。
「今度は気絶しなかったんだな、ヒウィラ」
「あれは越界酔いとは違うものです、忘れなさい。どのみちもう、《経》を潜ることはないから関係ありませんが」
「嫁入り、か。……本当にいいのか? 《人界》との《経》をこんな風に放置している王サマで」
「貴方そればっかりね。なんです? 私を翻意させるのが人族として正しい行いなの?」
「んなこたァないさ。一番正しい人族は、最初から《魔界》アディケードになんか踏み込まない人族だよ」
魔王アムラの、招きに応じない人族だけが正しい人族。
言外に俺もロジェスも人族のスタンダードではないという意図を込めたのは、聡い彼女には伝わったらしい。神聖騎士たちにも目論見がある、と俺が言葉にすればロジェスは激怒するだろう───大魔王を殺す邪魔をしたと。いつかは決裂するかもしれないが、それは今じゃない。
彼女の意図を掴んでからだ。それからでも遅くはない。
───それはそれとして、もう一つ確認しておかないといけないことがある。
デングラムの安定《経》に飛び込む直前の交戦、俺はメール=ブラウに籠を奪われたと思った。《光背》展開でも間に合わない行動を、阻止したあの棘───
「ヒウィラ、君は《信業遣い》だったんだな」
「ええ、そうです。もっとも貴方たちと比ぶべくもありませんが」
その力量は問題じゃない。魔王アムラの意図が読めなくて俺は困惑する。
───《信業遣い》は希少だ。《信業遣い》の子が《信業遣い》となるとは限らない。魔族と人族では異なるとしても、確かなことは相対数の問題。魔族に《信業遣い》が多いのなら《人界》は侵略の危機に晒されていなければおかしくて、つまり人族と魔族の間にそれほど《信業遣い》の数の差は存在しない。
それゆえ《信業》を持つ姫を、嫁として《魔界》インスラにくれてやるのはどう考えても損だろう。
ヒウィラは第三姫と紹介された。上に二人、少なくとも姫がいるはずなのだ。そちらを出さなかった理由は? 既婚なのか、それとも彼女らも《信業遣い》? そんな可能性が───あり得るのか?
クソッ、分からない。俺は魔族について全然知らない。
考えるのは苦手だから、ぐるぐる廻る思考がつい口をついて出てしまった。
「───《悪精》って、どんな連中なんだ?」
ヒウィラはその言葉に、月のような白目を丸くする。




