157話 最短経路その9
「───があああああッッ!!」
その瞬間、遠く離れた聖都イムマリヤの自室で、メール=ブラウ本人が絶叫を上げた。
プラチナブロンドの彼は、脂汗を流しながらどうにかこうにかソファから身を起こそうともがく。神聖騎士の頂点たる九人、聖究騎士───《鎖》のメール=ブラウとは到底思えない無様な有様だった。彼を知る者が見れば驚愕に目を瞠ったことだろう。
「ぐ、ぐ、ぐオ……! あの野郎、ユヴォーシュ・ウクルメンシル……ッ!」
先刻までユヴォーシュやロジェスと交戦していたメール=ブラウたちは、彼の《鎖》の《信業》によって心を封鎖され、操作されていた征討軍の兵士である。この精神支配の力は同じ《信業遣い》には抵抗されやすく、また支配し《信業》で強化したとしても身体能力はその肉体性能に依存するため、征討軍が最上の駒なのは間違いない。
精神を鎖す《信業》。操る異能。その最も有用な点は、操り人形を攻撃されても本体にフィードバックされることはないという部分だ。
そうでなければ恐ろしくて征討軍程度の身体で《割断》のロジェスの前になど立ちはだかれない。あれだけ斬られてもメール=ブラウ本人には何の痛痒も与えられないのだ。
しかし魔剣アルルイヤは違う。
アレに斬られたものは、例外なく悍ましいまでの心的ダメージを受けるのだ。
《瞬く星》のアセアリオも、《絶滅》のガンゴランゼと聖讐隊も、そしてこの《鎖》のメール=ブラウでさえも。
彼の場合は、精神支配の鎖を介して見ていたパスから逆流したのだろう。意思を反映させるためには、必然、そこに意思が宿っていなければならない。アルルイヤはそこを的確に貪り喰らった。
「ガンゴランゼのやつがまだ起きないのは、ぐ、そういう理由か……!」
メール=ブラウも直撃していれば、本人が斬られていれば危うい。気力を振り絞って耐えはしたが、そう何度も味わいたい痛苦ではないことは認めざるを得ないのだ。
いわんや、ヒラ神聖騎士のガンゴランゼや、神聖騎士ですらない聖讐隊たちたるや。
西方の地方都市で発見された彼と彼女らは、一様に意識を失っていた。外傷はないが目覚めることのないまま、何と今に至っている。直前に共鳴環で通信していたメール=ブラウは『例のユヴォーシュとやらの仕業か』と察しがついていたものの、ケルヌンノスとの約定でその事実は伏せているが、もう少しで抱え落ちするところだった───
あの魔剣。無明の黒。輝きなき刃。
ただの《遺物》、ただの魔剣ではないと直観する。アレは厄ネタだ。───ともすれば、所持者の想定すら越えて。
その事実が、せめてもの慰みとなる。
「ごほっ、ぐ、くくくく……! いいさ、今回は俺の負けで……! また会うときに、縛って絞って果たしてやるさ……!」
口の端から鮮血を垂れ流しながら、破綻者、何を笑うのか。
自室に一人、躁状態のメール=ブラウは彼方の二人を想う。




