153話 最短経路その5
悶々と考えている間に休憩の終わりが告げられる。
まだ疲労の色が見えるグオノージェンはしかし再びの創造を行い、籠を抱えて鳳は飛翔する。
俺たちは鳳の背中で、《魔界》インスラ突入の算段を立てていた。もうデングラムは間近で、何ならそろそろ見えてくる頃合いだからだ。
「デングラムの安定《経》に連絡はしていない。だからザワつくし剣も向けられるかもしれないが、そこは俺が出て行って何とかする。キシ、お前は残って事情説明だ。ユヴォーシュ、お前は姫を《経》に突っ込むことを最優先にしろ」
「部下じゃないから命令を聞く義理もないんだが、いちおう聞いておいてやるよ。どうして俺なんだ?」
「お前の《信業》が一番守るのに向いているからだ」
おーう、簡潔明瞭な説明。
「メール=ブラウが好き勝手に干渉できるのは《人界》だけで、ちょっかいを出すためだけに《魔界》まで追いかけてくる可能性は薄い。裏を返せば、俺たちも《魔界》じゃ自由にできないってことだ。突入して終わりじゃない、気を抜くなよ」
「やれやれ。まだ休めないのか……」
待てよ。俺はこんなに不平不満を漏らす男だったか?
征討軍時代は、多少無理のある行軍も、不寝番も日常茶飯事というと過言だが、そうだな、ちょくちょくあった。俺は割と真摯に寡黙に軍務に打ち込んでいた気がするんだが、今のありさまはどうだ。
ちょっとハードスケジュールだとすぐ疲れた、なんてこった、大変だの羅列。こんな気の抜けたヤツではなかったはずだ、ユヴォーシュ・ウクルメンシルは。
それとも───
宙にあって、鳳が震えた。
「ッ、お───」
バランスを崩す。上体は何もつかめない、左足爪先を手すりにねじ込んで全体重を支える。風圧とあわせて足首があらぬ方向へ曲がった───折れたのを感じながら、俺はよれた体勢を立て直すことはせず、何が鳳を襲ったのか、下を見た。
鎖を見た。
進路からそれた少し遠方に都市が見える。前線都市トトママガン、最もデングラムの安定《経》に近い大都市だ。デングラムを監視する征討軍の拠点でもあるそこは、《転移紋》が敷設されているから先回りされている可能性があるから注意しろとロジェスが言っていた。だが、気を付けるにしたってこれは───!
撃ち込まれた鎖は、鳳の鉱石の身体に突き刺さって抜けそうにない。今はまだ猶予があるが、この弛み具合だとデングラムまで到着する前に鎖がピンと張る。
「来たぞッ───!」
「だろうな。───《鎖》のメール=ブラウだ」
何かが、トトママガンから鳳まで伸びている鎖を疾走、駆けあがってくる。それは常人の視力でも人と分かる距離までをあっという間に詰めると、風に揺れる不安定な鎖の上で仁王立ちした。
「あれが───」
聖究騎士の一人、《鎖》のメール=ブラウ。あるいはメール=ブラウ・フォシェム。
名前からてっきり男性だと勘違いしていたが、黒髪を切り揃えた女性だったとは。だが、あの頭の飾りは何だ?
自己主張のつもりか? あんな風に鎖を巻いて。




