150話 最短経路その2
ロジェスは動じず、《人界》に駐留していた征討軍指揮官に矢継ぎ早に命令を下している。
「明日明後日には《魔界》から残存征討軍が帰還するから、迎え入れるように。明後日いっぱい待って一切の連絡がなければ突入し帰還を支援すること。その際にはブリアルを貴官の指揮下に入れて構わない」
名前が挙がっているのは《人界》に残っていた神聖騎士だ。彼ともう一人、グオノージェンという神聖騎士でこちらの守りを固めていたのだが、彼はこれからのヒウィラ輸送に回すという説明を事前に受けている。ディゴール内で待機していたグオノージェンが、征討軍に道を譲られて出て来た。
「グオノージェン、行けるか」
「毎度まいど急ですよね、貴方は」
俺の倍くらい体重のありそうなグオノージェンは、そのガタイにも関わらず後方支援を得意とすると紹介されていた。彼はずいと一歩前へ出ると、懐から何か鉱石を取り出した。掌に載せてブツブツと詠唱しながら、左手でめまぐるしく印を結んでいく。
……徐々に、手中の鉱石が成長する、あたかも結晶のように。しかし結晶にしたって早回しすぎるし、形が人工的で不自然に感じる。当然のことながら、一連の鉱石造形はグオノージェンの《信業》によるものだ。
鉱石は見る間に鳳を模る。陽光を反射して煌めくそれは、軽やかに羽ばたくと軽々と離陸した。実物の鳥のように空を舞い、鳴いてみせる声は高い金属音。
あれで俺たちは、デングラムの安定《経》まで直線で向かうのだ。───その先にある、《魔界》インスラを目指して。
グオノージェンが籠を形成する。魔族たちはこちらに乗り込んで、あの鳳の鉤爪に運ばれるのだ。グオノージェン以外の神聖騎士と俺は、鳳の背。
大空を悠然と飛翔する鳳は神聖不可侵に思えて、悍ましくも天空を支配した《真龍》とは一線を画している。アレを攻撃しようという気分には、俺ならならないだろうが。
「───ホントにいるのか、あれを。撃ち墜とすようなやつが」
「いなければそれに越したことはない。それともなんだユヴォーシュ、貴様、高所恐怖症か?」
「ぬかせ」
その材質と巨体に見合わず、風の音だけを立てて着陸する《信業》製の鳳。全身はつるりとしていて羽も生えていないが、その脇腹はご丁寧に梯子状になっていた。
軽口をたたき合いながら登っていく俺とロジェスの背後で、グオノージェンが、
「言っておくけど、籠の中も快適とは言い難い! 揺れるからな!」
そう魔族たちに説明してるってことは、背はもっと酷いんじゃないか?
全く休ませてもらいたいもんだぜ、こちとらオヒメサマを抱きかかえて一晩走り通し、ぐったり疲れてるってのに。
鳳の背には風除けに潜り込めそうな凹凸があり、掴まるための手すりもある。そりゃあつるっとした表面だったら《信業遣い》でも掴まり続けるのは厳しかろうが、細やかな気配りに涙が出そうだ。こんな配慮、今までにも鳳を造り出した経験がなければできるものではない。それはつまり以前にもこの鳳を造り出したことがあり、それは神聖騎士ならば見たことがあり得るということで───
「……なるほどね」
神聖騎士同士の内ゲバは、こういうときに面倒だ。知っているならきっと墜としにかかるヤツがいると、俺は納得させられた。




