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015話 神誓破談その1

 ほろ酔いに抑えて宿に帰ったらバスティがいなかった。


 どこか子供に見える義体でも飲める場所を探してブラついているのかと考えたが、まさかそんなこともあるまい。───異常事態だ。


 簡素な部屋を見回せば、すぐに答えがあった。ベッドの上に一枚の紙っぺらが落ちている。


 拾い上げて読んでみれば、へたくそな字でこうあった。


『娘は預かった。誰にも言うな。返してほしければ、有り金全部持ってこい。次の夜明け、忘れじの丘で待ってる』


 ……おそらく、犯人はバスティを拉致し、保護者の居所を聞いて宿のこの部屋を特定。この置手紙を残したのだろう。『娘』とか書いてあるのはバスティが適当なことを吹き込んだに違いない。


 それにしても、なんと。


 信じられないことに、神が誘拐された。


「マジか……」


 驚くべき事態だ。確かにバスティは神とはいえ、義体は少女。荒事には不向きだ。そして“神である”という心理的抵抗は、その事実を知らなければ働かない。


 一人で帰したのは失敗だった。今後は気を付けるとして。


 実のところ、参ったなという感情と、あまり心配していないという本音がある。


 ───酔っ払っているせいで緊張感も緊迫感も出ない。


「明日の朝か……。不味いな、寝たら起きられなそうだ」


 ボヤきながら俺は言われた通りに金を用意する。幸い、俺には征討軍時代の稼ぎがまだかなり残っている。特に趣味もなかったから、何も考えず蓄財に回していたんだ。しばらくは働くことを考えず、きままに酒をかっ喰らいながらの旅を続けられる程度には蓄えているが、バスティの身の安全には替えられない。《信業》があるからいざというときは力づくで奪い返せるだろうが、もしもには備えるべきだ。


 金勘定を済ませると、後夜の鐘が遠く鳴り始めた。明け方まではまだちょっとありそうだ。俺はさっき自分で言ったことも忘れて、少し仮眠でも取ろうと決めた。大丈夫、ベッドに横になりはしない。行軍時のように、座って目を閉じるだけだ。もう二回鐘が鳴ったら起きて……それから、忘れじの丘に……。




 ───忘れじの丘ってどこだ?


 俺は跳ね起きた。




◇◇◇




 遠く、鐘が鳴り始める。


 定刻ごとに鳴らされる鐘とは違い、物見の塔から日の出が観測されたときに鳴らされる夜明けの鐘。


 俺はあのあと“ハシェントの日時計”亭にとんぼ返りして、もうまばらにしか残っていなかった酔客に必死になって忘れじの丘の場所を聞き出したからくたくただ。仮眠なんて取れなかったし、目的地は予想よりもずっと遠かった。


 忘れじの丘はディゴールの共同墓地。いくら共存していると言ったって、《冥窟》に潜るのにはいつも危険がつきものだ。命を落とすことは、並みの都市と比べれば圧倒的に多い。だから《冥窟》で亡くなった人を弔うために、場所を取れる街はずれに設けられているのだ。


 もしや、誘拐犯は俺から金だけ受け取って、俺とバスティを始末してそこに埋めるつもりじゃないだろうな。


 走り回って時間も経って、酔いが抜けてくると不安が芽を出してくる。《信業》があったとしても、戦いが始まれば“もし”は枚挙にいとまがない。ちょっと油断して、ちょっと状況が悪くて、ちょっとした偶然で。征討軍にいた頃も、そんな話はしばしばあった。


 そんな話のオチは、決まって誰かの死傷だ。


 ゾクゾクするのは夜の気配が残っているから、というだけではない。命のやり取りの予感がするときはいつもそうだ。俺は忘れじの丘を囲っている柵を乗り越えると、ゆっくりと道なりに歩いていく。片手はいつでも愛用のロングソードを抜けるように備えている。


 徐々に白みつつある空の下。


 小柄なバスティの義体と、その隣の人影が見えてきた。

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