144話 悪嫁攫取その2
「俺はユヴォーシュ・ウクルメンシル。長いからユヴォーシュって呼んでくれ」
神聖騎士の監視を誤魔化し、魔王城の警備の目をかいくぐって、あちこち探し回ってやっと見つけたと思ったらもうこんな時間。お姫様───ヒウィラはもう就寝の時間だったらしく、俺は内心のばつの悪さを隠せているか不安になる。
これから場合によっちゃ連れ出そうなんて恥知らずなやつが、気まずそうにしているよりは堂々としている方がマシってもんじゃないか?
「ユヴォーシュ……。《人界》からの客人の一人ね。見覚えがあります」
「マジか」
魔王アムラとの謁見のおり、《人界》の一行の並びで名乗った記憶はある。だがそれを覚えられているとは思わなかった。魔族側も幾人か紹介された記憶まではあるが、正直、彼女と魔王アムラ以外の名前と顔は一致しない。
とはいえ素性を知っていてもらった方が話は早くていい。俺は本題に入ることとする。
「ヒウィラ。君は大魔王との婚礼について、どう思ってるんだ?」
「どうして答える必要があるのかしら。貴方、自分が何をしているのか理解していますか?」
分かっている。魔王城に招かれたのをいいことに、姫君の居室にまで踏み入ったのは完全な越権、不法侵入だ。バレたらとんでもないことになるのは分かっているし、ヒウィラがその気になって誰かを呼べば俺は魔族社会的に死を迎えるだろうよ。
「危ない橋を渡ってるのは十分承知さ。けど、どうしても確かめたいことなんだ」
「なぜ? 貴方には関係のないことでしょう、ユヴォーシュ」
「ないさ。ないが、見過ごせない」
ヒウィラが政略結婚に乗り気でないなら言うに及ばずだし、もしも彼女が乗り気ならばどのみち止めなければならない。どうあれこのままではロジェスは魔王アムラの頼みを請け、《魔界》インスラの大魔王のもとへ彼女を連れて行ってしまう。そしてその先で待っているのは、聖究騎士と大魔王の天地を揺るがす死闘となる。
どちらが勝っても、彼女は《魔界》インスラで寄る辺を失う。ロジェスが勝てば彼女は生まれた世界でもない《魔界》インスラで後援者を失うこととなるし、大魔王が勝ったとして───彼女を連れて来た人族が襲ってきたなら、彼女も同罪と考えるのが自然ではないか?
彼女は何も悪くないだろう。だから、俺が出張るしかない。
「私にどうしろと? 結婚について、とやかく言う立場ではありません。王がそう望んだのですから、私はそれに従うまで。それとも、貴方がそう望むのかしら、ユヴォーシュ?」
「そうだと言ったら、君は従うのか、ヒウィラ」
「ふふ。どうでしょう。でも興味は湧きました」
艶やかに微笑む。《悪精》の年齢を推し量れるほど類例を見ていないから定かではないが、おそらく俺と同年代かそれより下だろうに、ぞくりとくる気配は姫君という立場が作るものなのか?
「案内なさい、ユヴォーシュ。不相応な場所へ連れて行けば、どうなるかは分かりますね?」
差し出された手を取る。魔族───《悪精》であっても、女性の手だ。男性のとは違う、柔らかに触れるもの。
「仰せのままに、お姫様」
逃亡の準備など何もしていない。ヒウィラが荷造りするのを待つような余裕はない。俺は「失礼」と短く告げると、彼女の脇の下と膝裏を支えて横倒しに抱きかかえる。《信業》も非論理式《奇蹟》もある俺にとっちゃ、この程度、羽みたいなもんだ。
俺はヒウィラを伴って《魔界》の夜に身を投げ出した。




