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127話 悪嫁攫取その1

 ヒウィラは自室に戻ってきた。


 命じずとも侍女メイドがお召し替えを始める。ヒウィラはそれを当たり前だと思っていたが、けれどあちら(・・・)ではそうではないのだという。


 奇怪悪辣なる《人界》には、城も、王も、国も存在しないのだとか。


 知ってはいても、事実としてそんな世界に生きている人族(・・)を目の当たりにすると、困惑が先だってしまう。貴方たちはどうやってやりくりしているのかと、問いたくて仕方がなかったがあの場でそんな発言は王に許されてはいなかった。


 ───王。我らが魔王、偉大なるアムラ・ガラーディオ・カヴラウ=アディケード。


 《魔界》アディケードを治める絶対にして無二の君臨者である、と《人界》からの客人には誇っていたが、多分に誇張が含まれている。もちろん《魔界》アディケードには他にも魔王が存在するし、そのうちの複数がカヴラウ王朝に敵対しているのだから。所詮は群雄割拠の一角に過ぎないのに、稀人の前で大きく出たものだ、父上(・・)は、とヒウィラは思い出し苦笑する。


 ネグリジェへのお召し替えが終わる。レースとフリルがふんだんに用いられたそれは、《人界》基準で言えばドレスと表現しても十分に通用するだろう。そんなことを纏う彼女は知る由もない。常日頃から当たり前のように寝るときの服として着ているから、そういうものとしか認識しないのだ。


「もう寝ますから下がりなさい」


 畏まりましたの返事もなく侍女たちが退室する。無礼ではなく適切。以前、ヒウィラが「いちいちちょっとした命令にまで全霊で応じられるとこちらが気疲れするから、細かい指示に返事は要りません」と言っていたのを律儀に守っているのだ。


 自室に一人になって、天蓋付きのベッドに腰かける。この部屋、このベッドで寝ることも、もうあと何日かで終わりか、と考えてみる。


 特に感慨も湧かなかった。どこであろうと、誰の傍らであろうと、そこを寝床にせよと命じられれば従うまでだったから。


「はあ……」


「なんだ、ずいぶんと憂鬱そうじゃないか、オヒメサマ」


 するはずのない声がして、ヒウィラは反射的に枕の下に手を伸ばす。そこには護身用に《遺物》が隠されている。一刺しで行動を封じる毒が回る短剣だが、不敵にも姫の部屋まで忍び込むような輩を迎え撃つにはいかにも心細い。


「何者ですか。ここを魔王城カカラムと知っての狼藉ですか」


 人影は窓の外。誰何すいかにゆっくりと応じて施錠されているはずのドアを開けると、室内に降りたったのは若さの残る人族(・・)の青年だ。


「魔王城なのは知ってるよ、招かれたから。けどそれよりも、こんな時間に女性の居室を訪ねた無礼のほうを、まずは指摘するべきなんじゃないか?」


 ヒウィラは目を瞠る。夜闇に浮かぶ蒼月とまで評される瞳が、真ん丸に見開かれた。


 侵入者は不敵な笑みを浮かべている以外は無手で、短剣を携えるヒウィラと相対するには油断が過ぎるように思える。しかし魔王城中枢(こんなところ)までたどりつく彼は十中八九《顕業者》───《人界》で言うところの《信業遣い》。武装の有無で、多少の《遺物》の有無だけで、その戦力差は量れない。


 ましてや、彼は《人界》から遣わされた使節団の一人。只者ではないだろう。


 先立って顔見せでも対面はしていたが、あのときは名乗り、使節団の中でどういう立場なのか自己紹介をした程度。だから実質的にはこれが初めてになる。


 《悪精アスラ》の国家カヴラウ王朝の姫君、ヒウィラは出逢ったのだ。


 ───ユヴォーシュ・ウクルメンシルに。

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