122話 賢人愚行その6
「───ちぇ。やっぱり、そうしないと駄目か」
こいつは、つまり。
このユヴォーシュという男は、全員倒すのは容易いが、かったるいからどうにか一撃で決められないかと考えていただけだというのか。
《絶滅》のガンゴランゼと、聖讐隊の連携を前にして、そんな甘ったれたことを考えていたというのか。
そして、仕方がないから皆殺しにするというのか。
そんな───そんな殺戮を!
赦せるものか、絶対に!
覚醒以来最大の憤激をもって、ガンゴランゼの《信業》───正と異を隔絶せしめる《絶滅》の不可視の驚異が吹き荒れる。
逃げ場はない。半分だけ持ってきていた義体ごと、ユヴォーシュを細切れにするための飽和攻撃。
そのはずだったのに、しかし、受け止めるは《光背》。
光の間合いのうちにいた聖讐隊の二人、キャランとクーリエが身動きとれぬままに首を横薙ぎにされる。次いでシウ、ハラン、ノーウィ。ガンゴランゼが救い、拾い上げ、同じ憎悪を共有できる仲間として集めてきた二十三名が、悲鳴を上げることもできないままに、次々と黒刃の餌食となる。
讃頌式《奇蹟》が断線していく。ネットワークは穴だらけになり、見る間に機能を喪失して、聖讐隊の少女たちには《信業》を使うことすら不可能な機能不全に陥った。
「リティ───ナバハ───キスティム───止めろテメェ、それ以上は───!」
「悪いな。でもまあ、どうせ許されないんだろう、異端は」
どれほど死力を振り絞っても、抗っても、止められない。
気づけば讃頌式《奇蹟》は完全に停止して、聖讐隊の二十三名は全員倒れ伏している。目前にゆっくりと歩み寄るユヴォーシュが魔剣を振りかざすさまは、斬首刑を執行する処刑人のよう。
その表情には何もない。少女たちを殺したことへの罪悪感も、勝負に勝った喜びも、何も。淡々と決着をつけるだけの、神を信じる機能を持ち合わせない《石従》の如き無感情、無信心。それをこそ赦せないと、ガンゴランゼは憎悪する。
「きっと信庁が正しいってのは分かってる。でも俺も、生きてるからには死にたくないんでな。こうさせて貰うぜ」
魔剣アルルイヤが振り下ろされれば、全ては終わる。《信業》は貪り食い尽くされ、骸となり果てるならば、その前に。
「呪ってやるぞ、ユヴォーシュ……! 神に愛されない貴様は、この《九界》に在処などない! 魂に至るまで安息はなく、永劫を彷徨い続けるが───」
「分かったよ。続きは神の御許とやらでやってくれ」
魔剣が振り下ろされる。背骨を等分するような真っすぐな太刀筋。
「こいつはヴィゼンで喰らった俺の分」
魂まで両断されたような黒い激痛に声も出ない。ああ、聖讐隊も同じ痛みを味わったのかと思う余地すら奪う、憎悪と悲嘆と恐怖の嵐。
「そんでこいつは───」
腰を落として構えるユヴォーシュが見えた気がした。嘘だろう、まさか、この上まだ───
「カストラスの分だ」
首を刎ねる黒を感じたのを最後に。
彼の意識は断ち切られた。
◇◇◇
「───ま、別に殺しやしないがね」
俺も、カストラスも、結局のところ死んじゃいないんだから。
無傷のまま前のめりに倒れたガンゴランゼを見下ろしながら、俺は呟く。
彼も、聖讐隊も、全員生きている。命は奪っていない。
仕掛けは簡単なもので、魔剣で斬ったあと、それを追いかけるようにして《信業》で治しただけだ。切断による激痛と死んだと錯覚したショックで意識を奪って、ダメージそのものはなかったことにする。アルルイヤの《信業》喰らいも、魔剣自体に作用しなければ問題はない。
これで俺を追う気が萎えてくれればいいんだが。こんな小癪な手が通じるのは初回だけで、死なないと分かれば無用の手品だ。だからといって、まあ、悪いことをしているわけでもない神聖騎士とその配下をずばずばと惨殺してしまえばどうなるか知れたもんじゃない。本気で潰しに来られたら、それこそ《人界》に逃げ場なんてなくなっちまう。
「甘ちゃんだねぇ、ユーヴィー。ボクの仇を取ってくれないのかい?」
「生きてんだから仇も何もないだろ。バスティもウィーエも……。あとの二人は?」
「さァー。どこかで元気にやってるさ、きっと」
「なんて適当な言い草だ」
ボヤきながらバスティに手を差し伸べると、しっかりと掴んできた。ひっぱり持ち上げて小脇に抱える。
「もっと丁重に扱いたまえってば。こんな雑に扱って、聖讐隊の方がマシだぞ」
「なんだと。そんなこと言うなら、じゃあ起こしてあっちに引き渡すぞ」
周囲を物色する。この気絶した二十四人、どうにかして片付けたいんだが何かないか。




