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116話 真奇攻落その10

 エリオン真奇坑は全四層と、その下の最奥からなる。


 《真龍》が《人界》侵略のために造りだした自然洞窟式の《冥窟》は、内部を徘徊する魔獣や《龍人》の暴力的脅威と、意識を集中し感覚を研ぎ澄まさねば命に係わる類の罠がその主な障害として知られている。


 対して魔術師が作り出した人工建造物式の《冥窟》は、魔術的なトラップに満たされている。


 その差異は、《冥窟》を造ったものが何に重きを置いているかの違いだ。


 《真龍》の《冥窟》ならば腕っぷしの強さ、野性的な力そのもの。


 魔術師の《冥窟》ならばその知性。魔術についての知見もないような愚か者には与えるものなど何もないと言わんばかりの傲慢。


 よって魔術師の《冥窟》ならば、魔術師の探窟家が求められ。


 理の庵のスフォルクら一行が、複数組の挑戦者の中で、一番に最奥に到達したのは道理だった。


「さあ、《冥窟》踏破したぞ。主たる者は顔を見せよ!」


 スフォルク・フォージンゲリオが吠える。外見年齢は老境に踏み入っているような、長い鬚を蓄えた賢人そのもののイメージではあるが、ギラギラと欲望に飢えた瞳は隠しようがない。


 《冥窟》とはその深奥に宝物を蓄えた迷宮。スフォルクが求めるそれとは、むろんこの《冥窟》を造り上げた魔術師の叡智そのもの。物質的《遺物》などには目もくれず、真っすぐに最奥ここまで突き進んだのは貪欲な知識欲あるがゆえ。


「……来てもらったところ悪いけれど、この《冥窟》には大したものはない。信庁にも真なる《冥窟》として認定されない程度だろう。それはここまで踏破した貴方も分かっているんじゃないのか?」


 一団が転移してきたのは広々とした一室。彼らに背を向けるようにして佇んでいた人族の男性───マゴシェラズが、ディスプレイから向き直ってそう返した言葉に、スフォルクは嘲笑を向ける。


「───フ。まあ、だが利用価値がない訳ではない。貴様が作ったこの《冥窟》、我らが有効活用してやる」


「そうはさせるもんか。この《冥窟》は恩返しのためのものだ、貴様らのためにあるんじゃない」


「恩返しとは、笑わせる。我ら魔術師はいかなる欲求よりも知識欲を優先する種族だろう」


 理の庵の構成員たちも、スフォルクに同調してさざめくように嘲り笑う。恩返しなどという行動原理は、魔術師としては失格だ。


 第一、()に恩返しするというのか。


「そこの死体(・・)への、か?」


 スフォルクが揶揄したのは、彼らの間、マゴシェラズ寄りの位置にある大机の上だった。


 蒼白の美女が横たえられている。胸も上下せず、血の通っているとは思えない肌色からも、一瞥して死んでいると分かる。


 尖った耳───妖属だ。どこかで、最近見たばかりの気がする顔。───そうか。




 そこで死んでいるのは、クァリミンだった。

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