114話 真奇攻落その8
もう何度目かの《屍従》との遭遇ともなると、バスティもウィーエももう叫ぶ気力もなくなっていた。
集団と遭遇すると、無言で踵を返して走り出す。エリオン真奇坑、この第一層たる立体迷宮は《屍従》の徘徊するスポットであり、それ以外のトラップは殆どない。あったとしてもその多くを先行した踏破者たち───理の庵やカストラスたち───が解除しており、再配置するだけの時間的余裕と魔術的リソースは今のマゴシェラズにはないため、走り回っても危険はない。
《冥窟》自体には、だが。
《屍従》から逃れて、そろそろ振り切ったであろう頃合い。二人の少女が曲がった先の曲がり角にいたのは、魔術生物ではなく、
「あ? カモが向こうから来やあがった」
ガンゴランゼとその配下。
バスティが振り返る。
彼女の後ろにいたウィーエに「逃げろ」と叫ぶ。
ウィーエが懐に手を突っ込み、何かを取り出そうとする。
彼女たちが行動できたのはそこまでだった。
魔術の致命的弱点が存在する。発動に必ず何らかの動作が必要とされることだ。
詠唱や印契、魔法陣の構築や魔導書の開封なども含まれる。思考のみで発動する魔術は存在しない。
───《信業》は、そうではない。
思考の速度で発動する、ガンゴランゼの殺意がバスティを一閃。彼女の細っこい胴が見るも無残に切断される。
飛び散るのは、血と肉と骨の代わりの、義体構成要素。鋼線と発条と歯車───のように見えるが、どれも希少金属で組成された代物だ。
「ッッ───!」
大丈夫、致命傷ではない、下半身の機能がまるまる喪失しただけだ。バスティの致命傷とはただ一点、心臓の位置にある神体を破壊されることのみ。義体の破壊程度、掠り傷のようなもの。
床面に物のように転がりながら、ウィーエが姿を消したのは見届けた。義体のバスティと違って、生身のウィーエが今の一撃を喰らえば絶命は必至だ。
ガンゴランゼが無造作に歩を進め、バスティの上半身を拾い上げる。右手を掴まれぶらりぶらりと揺れながら、ガンゴランゼに検分されるのにされるがまま、無抵抗。
バスティは一撃を受けた瞬間、咄嗟に神体と義体の間の接続を、一つを除いて全て断った。彼女の意思はすべて義体に反映されなくなり、ガンゴランゼに拾い上げられても人形そのものといった姿勢を崩さない。
先立っての一撃が、致命傷であったような偽装。
目前でウィーエを取り逃がしたのだ、こんな魔導仕掛けの傀儡など放置して進んでしまえ。下半身がないのは不便だが、なに義体だからどうとでもなる。そういう腹積もりだったのだが、しかし。
唯一義体と接続を保った聴覚に、その言葉が届いた時、彼女は自身の失策を悟った。
「おい、キャラン、それ回収しとけ」
「はい」
ガンゴランゼは一人ではない。気になる魔導人形の上体くらい、部下に命じて運ばせればよい。
バスティは復旧する期を完全に見失って、聖讐隊員の背中で《冥窟》を進むこととなってしまった。
うんともすんとも言えない状況の中、彼女は先行しているユヴォーシュのことを思う。
いったいあの莫迦はどこをほっつき歩いているのだろう。




