109話 真奇攻落その3
時刻僅かに遡って、ユヴォーシュが最初にエリオン真奇坑に飛び込んだ直後。
その場に残された四人───バスティ、カストラス、ウィーエ、クァリミン───は、穴を覗き込んでしばし待ったが。
「……反応、ありませんね」
「ないね。まあ、彼が欺瞞魔術に気づいているとは思い難いから、無理もないが」
「やはり、欺瞞魔術でしたか」
「……二人は気付いていて、彼に教えなかったの?」
「私は確信を持てていなかったので……」
「教えてしまえば、ユヴォーシュは対処してしまう。そうなったらつまらない」
いけしゃあしゃあと言い放ったのはカストラスだけだが、ウィーエも察していながら言わなかったのはとどのつまり似たり寄ったりの理由だろう。つまり───実験台。
ユヴォーシュという被験者を送り込んで、欺瞞魔術がどう作用するか、いかな構造をしているのか解き明かす一助とする。どこまでも知的欲求に正直な魔術師の、宿痾とも呼ぶべき性質。
クァリミンはやれやれと首を振る───その仕草も、浮世離れしていると言われがちな妖属のイメージからはかけ離れて、実に気苦労の多い人間らしさを感じさせる。
「いいわ。欺瞞魔術とやら、貴方たちなら無効化できるの?」
「どうかな。ここはその……マゴシェラズだったか、とにかく件の魔術師のホームグラウンドだ。私たちはどうしても後手後手に回らざるを得ないさ」
クァリミンにとってまだほんの二日三日の付き合いに過ぎないが、既にカストラスの人間性は見てとれていた。どこまでも信用ならない男。だが同時にやる気が極めて薄いため、勘定に入れなければ害はないと判断する。
「……それじゃあ、どうにか私たちも向かいましょう」
彼女が提案したのは、全員で手を繋いでの突入。しかしそれにしても、落下中に手を放した感覚がないのにいつの間にかはぐれ、固い床に降りたったとき、クァリミンの隣にはカストラスだけがいた。
「あなたと一緒、というのは。どうにも反応に困るわね」
「素直にイヤだと言ってもいいんだよ。言うだけなら自由だ」
クァリミンの表情はほとんど動かない。色素が抜け落ちたような美貌と合わせて仮面のようなその顔が、人族が見ても分かる程度には歪んだ。これは極めて珍しいことである。
「この状況を作ったのは貴方じゃないの? 私に用があるの?」
「察しがいい子は好きだよ。その通り、私は君に興味がある。……君は、ただの《幻妖》じゃない。そうだろう」
全くユヴォーシュは特異性に疎いんだから、とボヤく彼はどことなく楽しげだ。《冥窟》のただ中であることを意にも介さず、
「《幻妖》の性質と、君特有の性質をごっちゃにしている。君の隠形は、いくらなんでも種族特性で片付けられるものではないと、彼は気付いてない」
例えば───
「《掌握神域》は私とウィーエで作ったものだ。ならば同じ魔術を使えるのは道理だが───君、いったいどこに生体反応を置いてきた?」
「……やはり、気付かれてしまうものね」
「ウィーエも多分、気付いているよ。あれでも私の子孫だからね」
「子孫……?」
「ああ、そこらへんはいいんだ。それで、どうだい?」
「……そうね、語らないワケにはいかないでしょう。───貴方たち魔術師が、その魔術で以て造り出した存在のことを、魔術生物と呼称するのよね」
「そうだね」
例えば、学術都市レグマの禁書庫を警備していた《石従》。あれもその一種で、魔術によって稼働する、命を持たない存在は一括りに魔術生物と分類される。どれも魔術師の命令に従うことをその存在意義としており、破壊しても所有物損壊の罪には問われ得るが殺人にはならない。
「私も、それなの」
彼女のカミングアウトに、カストラスはさして驚く様子も見せない。ははあ、といつもの調子で呟いて、
「なるほど、それはつまり───」
◇◇◇
「これは何だいウィ―エ!」
「《屍従》ですっ! 魔術生物、死んだ肉体を魔術で稼働させて言うことを聞かせてるんです!」
「そうかいそれで対処方法は!」
「二つありますっ、一つは魔術破壊! もう一つは《屍従》と言えど死体ですからっ、人体構造的に動けないよう破壊すればっ」
「どっちなら出来るんだい!?」
「前者なら得意です! 走ってなければっ!」
だが、二人は今、走っているのである。
怒涛のごとく押し寄せる《屍従》の群れに追い立てられて。




