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108話 真奇攻落その2

「戻る道も分からないし……。クァリミンは何て言ってたかな」


 皆の言葉、昨夜焚火を囲んで打ち合わせた時の会話を思い出す。確か───


『エリオン真奇坑から脱出したいときは、道中にあるオブジェに触れればいいわ。他と違って発光しているから、一目でそれと分かるはず』


 そうそう、言ってた言ってた。


 ぶらぶら歩きまわってみると、あっさりとそれらしきオブジェが見つかった。光っていて、曲面で構成された像……と言うべきか。何かを象っているんだろうが抽象的すぎて何にも連想できない。


「どれ」


 ぽん、と触れると世界がひん曲がる感覚がして、気づけば俺は屋外に立っていた。


 目前にはエリオン真奇坑の霧を湛えた穴、背後には森。つまり、脱出成功となるわけだが問題発生だ。


 この穴は俺が入ってきた穴ではない。周辺風景に見覚えもない(目印になる木を覚えておいた)。慌てて進入口を探し、まあ空中歩行の《信業》も外なら気兼ねなく使えるからすぐ見つかりはしたが、駆け付けてみても誰もいないのだ。


「……マジか」


 俺の声が届いていたのだろうか。だとすれば何か返事をしてくれたはずだろうにそれらしき音は全く聞こえなかった。にも関わらず全員の姿がない。まあ、四人が俺の声がしないからと待機しているとは思っていなかったが、俺は誰もいない時点で既に嫌な予感がしていた。


 もう一度穴に飛び込む。やけに長い墜落の後、着地した先は最初に入ったときと違う場所だった。


 似たり寄ったりの迷宮でも、スタート地点の景色を見間違うことはない。つまり別の位置で、あの穴から入ったとしても同じ場所に出ないから皆は俺と違う位置に到着したに違いなく。


「マジかー……」


 先に入ったはずの俺がいなかった時点で、他のメンツはその事実を認識しているだろうから。


 合流を面倒がって、きっとバラバラに奥部を目指して進み始めているはずだ。俺が出たり入ったりを繰り返している間に。


「ああもう面倒だな。最終的にその魔術師を押さえればいいんだろ」


 どうすれば合流できるか、まず第一に合流する必要があるか、ぐちぐち考えるのは止めることにする。魔獣テルレイレンの一件で学んだが、俺がじっくり思案したところで大した考えは浮かばない。それどころかあれやこれやと不安要素、懸念事項が俺自身を縛ってしまって動けなくなってしまうばかりで、いいことはないに等しいのだ。


 ならば行動してしまおう。大丈夫、最終目的は共有しているからどっかで落ち合えるさ。




◇◇◇




 ユヴォーシュが当てどなくエリオン真奇坑を進み始めたのと、同時刻。


 複数存在する進入口のうちの一つに、複数の人影が飛び込んだ。


 彼らは同時に飛び込み、全員で揃って同じ位置に転送された。だが彼らを真似してユヴォーシュが誰かと同時に入ったとしても同じ結果は出力されない。結局は《冥窟》の支配者たる魔術師によって別々の位置に転送されてしまう。


 彼らが同一地点に転送されたのは、進入口に充満している欺瞞魔術を中和したからだ。


「───やはり。この程度の干渉、我ら理の庵(・・・)ならば弾けて当然よな」


 十日近い前の話。ユヴォーシュが交易都市モルドリィで宿泊した際、気軽に撃退した魔術師の襲撃者たち。彼らが白状した(・・・・)のが理の庵という秘密結社の名前だ。


 ユヴォーシュはその組織名どころか、襲撃された事実すら半ば以上忘却の彼方にあるが、理の庵は西方では侮れない大組織である。


 市井に潜む彼らの同士たちの手引きで、ハヤ・モスタムを含む襲撃者六名は釈放されている。彼から情報を得たことでユヴォーシュらは監視対象として各都市で目を付けられており、そのユヴォーシュがゴルデネスフォルムを出て一般には何もないと思(・・・・・・・・・・)われている(・・・・・)山岳部へ真っすぐ進んだのを見て、彼らは確信した。


 目的地はエリオン真奇坑(・・・・・・・)だと。


 彼らはもともとそこに目を付けていたが、どうにも手を出しあぐねていた。そこに実力は確かなユヴォーシュの一行が向かっているのを見て、一団の長は決断した。


 ───ユヴォーシュを使って、《冥窟》の支配者の目を攪乱しよう、と。

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