001話 異端認定その1
「ユヴォーシュ・ウクルメンシル。君を、イタンとニンテイする」
信庁本殿、その最奥に存在すると思われる秘密法廷の中央。壇の上でユヴォーシュ・ウクルメンシルこと俺は両腕を拘束されたまま、どうやらそう宣告されたらしい。
最初は意味が分からなかった。少しして、鼓膜から受け取った音声情報が脳まで到達し、そこで変換されてやっと、『“異端”と“認定”する』と言われたのだとじわじわと理解した。
信じられない。
俺が一体何をしたと言うのだろう。何もしていない。
神に誓って、ただ部隊長に疑義を呈しただけなのに。任務の妨害やら敵前逃亡なんかしなかった、ちゃんと仕事はした上で少し部隊長に相談をして、部隊長も考えてくれると言っていた。自分に軍は務まらないのかもしれないと思っていたし、精神鑑定までは覚悟していたし、最悪職を失うかもしれないとは薄っすらと思っていた。けれどまさか、征討軍の上役、信庁が出張ってくるなんて思いもしなかった。軍法会議すらすっ飛ばして、何だこの秘密法廷は?
異端認定。
それがどういう意味か詳しくは知らないが、どう考えてもイイことではないのは間違いない。裁判神官が俺の言い分を全く聞かず、一方的に罪状を並べ立てて、最終的に下した判決なのだ。無罪放免でないのは間違いない。
「待って下さい。俺はそんな───」
「君の名誉は保存される。だが、君の権利は凍結される。神庁の威光のため、君の声が誰にも届かないよう、君は破棄されることとなった」
何だそれは。権利凍結だの破棄だの、要するに失踪という体を装って秘密裏に殺す、とこの男は言っているのだ! そんな無法が通るものか!
俺は本当に何もしていないのに!
「待ってくれッ! 俺は何もしてない、ただ質問しただけじゃないか!」
「それが問題なのだよ、ユヴォーシュ君。君は信じていない。それだけで、信庁の威光にキズがつくんだ」
どうやら異端認定とは恐ろしいものらしい。やっとそれが分かってくる。
だから軍内の事案のはずなのに信庁本殿まで連行されたのか。
だからこんな奥まった秘密法廷で裁かれるのか。傍聴人も、弁護人も、検察もなく、ただ裁判神官が一人だけで裁くのか。本来なら記録に残すはずの書記官さえつけず、闇から闇へと葬り去られるのか。
「ユヴォーシュ・ウクルメンシルを《虚空の孔》刑に処す。連れていけ」
俺の両脇に立って俺の一挙一動を見張っていた《信業遣い》たちが、二人がかりで俺を押さえつけて連行する。抗っても無駄だと知っているから、項垂れて引き立てられるしかない。
《信業》があるだけで、一人で千の兵にすら匹敵すると言う。
最強の《信業遣い》は、単独で《悪精》の軍勢を相手取り、その全てを跡形もなく消し去ったとされる。百や二百ではきかない。彼は死体も残さなかったので、その正確な数すら分からないというのだ。
そんな生ける伝説そのものたる《信業遣い》が二人も、わざわざ俺を取り押さえるために出向いている。───異端とは、それほど罪深いというのだろうか?
分からない。
信じられない。
異端認定も、《虚空の孔》刑とやらも、聞いたこともない。
「さようなら、ユヴォーシュ君。もう二度と会うことはないだろう」
裁判神官を務めた彼、信庁最強の《信業遣い》にして神聖騎士筆頭ディレヒト・グラフベルが無感情に俺を見下ろしながら告げる。
俺は混乱したまま、彼を恨むことすらできずに、彼の直属の《信業遣い》に拘束されて───そうして。
俺の未来は閉ざされた。秘密法廷の扉が閉まる音と共に。
◇◇◇
《九界》。
人族と、魔族と、妖属と、龍族が在る世界。
彼らは決して同じ界の住人ではなく、各々の界に属している。
人族なら《人界》。魔族なら《魔界》。
《経》で繋がる界どうしは行き来が可能だが、それが必ずしも交流のみを発生させるとは限らない。
各界には神が御座す。
そして、神には神の関係が存在する。
異なる界、神の敵対する界の存在は、神を信仰することによって得られる力───《信業》を旗印に、血で血を洗う闘争を繰り広げている。
これは、そんな世界のお話。
神が在る世界にて、神を信じられない青年ユヴォーシュのお話。
───勇者のお話である。