負けヒロインは初詣に何を願う4
断片的な記憶がフラッシュバックした俺はいつの間にか涙を溢していた。
「湊川君…大丈夫?」
その声を聞くだけで、胸が締め付けられるように熱い。
この感じは何なんだろうか?
分からない、けどこの涙は悲しみから来たものではなく嬉しくて流れた涙だとなんとなく思った。
「…悪い、ちょっと嫌なこと思い出した」
そう言って俺は、溢れている涙を服の袖で乱雑に拭う。
それでも、涙は止まらず留めなく流れ続けているため服の袖は重くなっていく。
止めようと思うのだが、この涙は自分の意志とは関係ないのか奏の制止を振り切りしばらく流れ続けた。
涙が枯れてしまうまで、どれくらい時間がかかったのかは分からないが、そんなに長くはなかった気がする。
大量の水分で重くなった腕を下ろし、そっぽを向く。
(気まずい)
泣き止んでから、最初に思ったのはこれだった。
突然、頭を押さえて苦しみ出した後に泣き出したのだ。
普通ならドン引きも良いところだろう。羞恥心と申し訳なさが全身を駆け巡りまた顔に熱が集まるのを感じた。
(恥ずかしいし、本当水瀬に申し訳ない。周りの人視線が集めてしまった。謝りたい。でも、話しかけるのはなんか不味い気がする)
と思っていたタイミングで頰に温かい物が当てられ、ビクッ!と反応した後、頬を抑え距離を取る。
「ふふっ、案外可愛い反応するんだね」
視線を向けるとそこにはペットボトルを二本持っておかしそうに笑う水瀬が居た。
「…ほっとけ」
「拗ねないでよ。ほら、お茶あげるから機嫌治して?」
そう言って彼女は笑ったままお茶を突き出した。
「ありがとな」
お茶を受け取りながら、少しぶっきらぼうに礼を言う。
「これで、クリスマスの日のことはチャラね」
「値段釣り合ってないけど」
「そこは気にしちゃ駄目だよ」
「それもそうだな」
そうして俺達は笑う。
「なんて言うか、似てるな俺達」
「人前で泣くっていう情けないところだけどね」
そう言って苦笑いを浮かべる水瀬。
「まぁ、でもさ。…そのおかげで水瀬と話すようになった訳だし案外悪くないかもな」
「そうだね、私もあの時湊川君と出会えて良かったと思う。あの時、湊川君に出会わなかったら今こうしていられない自信がある」
「役に立てたようなら良かった」
あの時の、彼女は本当に世界から消えてしまいそうだと思うくらい弱っていた。そんな彼女の役に立てて良かったと思う。
「あ、あのさ」
「ん?」
少しだけ不安そうで、強張った表情の水瀬は少し視線彷徨わせた後、やがて意を決したようで真っ直ぐ俺の顔を見てこう言った。
「湊川君。今度さ私の話を聞いてくれる?聞いててつまらないと思うけどあの日私に何があったのか、湊川君に知って欲しいんだ」
俺は突然の話にどうしたらいいか分からず迷った。
けれど、彼女の不安に揺れている目を見てしまえばどう答えるかなんて決まっているようなものだ。
「分かった。聞くよ」
「……ありがとう。湊川君」
ほっ、と安心したのか白い息を吐いた後、お礼を言ってきた。
「今日それを言うべきなのは俺なんだけどな」
今日助けられたのはどう考えても俺だ。彼女が何も触れずにいてくれたから、俺達はこの距離感を壊さずにいられたのだ。
お礼を言うのはどう考えても俺の方である。
だから、俺は苦笑い浮かべながら言った。
「それでもだよ。あっ…進み始めたね」
この長い間動きがなかった行列がようやく進み出したので俺達も歩みを進める。
「水瀬はさ、今年どんなことを願うんだ?」
ふと、気になったので水瀬に質問した。
「今年は良いことが沢山ありますようにかな?」
「それ、良いな。俺もそれにするわ」
「なら、二人でお願いするから効果二倍だね」
「そうなったらいいな」
「なるよ、きっと」
そう言って俺達は笑い合った。
それでいて確信していた。
絶対に今年は良い年になると。




