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絶対服従幸福論  作者: 十和井ろほ
二章 鷲の巣の雛たち
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十三話 合流

「いや、本当にすまなかった。無事で何よりだ」


 あれから何事もなく約束の場所に辿り着いた僕を見るなり、院長はそれこそ地面に頭を擦りつける勢いで僕に謝罪をしてきた。ただ、僕はそれほど大したことはしていないし、何よりそんな院長の姿を見るのは忍びなくて、それ自体は早々にやめてもらいはしたのだけれど。

 その後も宿に向かう道すがら、院長はずっと僕に謝り通しだった。そんなに謝ってくれなくて良いのにな……と思いはするものの、きっとそうでもしないと院長自身の気が済まないのだろう。

 止めるのもほどほどに、「大丈夫ですよ」とか「気にしないでください」とか「院長たちが無事で良かった」とか、そんな適当な言葉を返しつつ、頭の中では先ほどのレイさんの言葉がずっと回っていた。


「あの、院長……」

「ん? なんだい?」

 何を聞こうと思ったわけでもない。だけど、何故だか呼ばずにはいられなかった。

 いつも通りの反応を返してくれる院長に心底ホッとしつつ、けれどそのいつも通りにそこはかとない不安を覚えてしまうのは何故だろう。

 院長はやはりいつも通りの優しい瞳に僕を捉え、何を言うでもなく僕の次の言葉を待ってくれる。多分、きっと、考えすぎなだけだ。

「いえ、あの……そうだ、コトカさん! コトカさんは大丈夫でしたか?」

 あの状態のまま外で待たせるのも酷だろうと、二人は先に宿を取り、コトカさんには部屋で待っていてもらうことにしたらしい。今ここに居ない彼女がどうしているのか気になるのは、誤魔化しでもなんでもなく、僕の純粋な本音だ。

「コトカなら多分大丈夫だろう。ここに着く頃には痛みも引いたようだったし、宿に入ったときにはもうけろっとしていたよ。それでも大事をとって休ませることにしたが」

「それなら良かったです。それにしても、どうして急に痛く……熱く? なったんでしょうね?」

「さぁね。そこまでは流石に分からない」

 夜とはいえ、まだ日が暮れて間もないこの時間帯、表の人通りはそこそこ多い。先ほどよりは安心して歩けるのは確かだ。でも油断は禁物だ。ゴロツキどもと違って、異端審問官は必要とあらば大衆の面前だろうとお構いなしに襲い掛かってくる。

 下手に警戒する方が怪しまれるだろうから、あくまでも普通を装いつつ、気持ち足早に宿を目指す。

「色々と話したいこともあるんだが、まずは宿に戻って一息つこう。ここでは人目もあるしね」

 との院長の言葉もあり、情報交換は宿に戻って三人揃ってから、ということになった。

 それにしても――表向きはこんなにも平和なこの街に、まさか異端審問官が入って来ているだなんて、誰が想像できるだろうか。

 もっとも、この街に住んでいるヒトのほとんどはボスディオス教徒のはずだから、それほど心配する必要もないのかもしれないけれど。


 着いた宿を評するなら「無難」という言葉が一番合っているだろう。

 特別綺麗なわけではなく、かといって汚いわけでもない。石造りの外壁に反して、中に入ると古い木の匂いが鼻腔をついた。ギシギシと軋む床と、ところどころ曇ったお世辞にも綺麗とは言えないガラス窓。最低限のセキュリティだけは確保されている――つまり個室で扉と窓に鍵をかけることができる――中の下程度のよくある宿だ。

 とはいえ、僕たちが普段暮らしている修道院に比べれば格段に綺麗なのは事実で、僕にとってはこんなに綺麗な場所に眠るのはほとんど初めてに近かった。一度だけ、軍で何かのときにどこか少しだけ綺麗なところに泊まった気がするけれど、それ以降は臭くて汚い兵舎暮らしだったし。

 やけに仏頂面の受付の男性に軽く挨拶をしつつ、この時点で三人二部屋分のお金を渡す。仮に何かあったとしても、これでいつでも心置きなく逃げることができる。

 そのまま二階に上がり宛がわれた部屋を目指す。部屋番号は二○二と二○三だった。コトカさんは二○二に居るらしく、まずはそっちに入るように院長に促される。


 扉を開けると、先程院長が言っていた通り、何事もなかったかのように元気なコトカさんの姿がそこにはあった。彼女は寝台に腰かけ、外を眺めていたようだった。扉が開いた瞬間、ほぼ反射的にこちらを振り向いた。僕と院長の姿を確認して安心したのか、一瞬硬直した体から、力はすぐに抜けていった。

「おかえり。フェイト、ありがとう。ごめんね。怪我、しなかった?」

 なんとも言えない複雑な表情で彼女はそう告げる。珍しく優しく微笑んでいるようにも見えるし、泣きそうな顔をしているようにも思える。多分どちらも正解なのだろう。コトカさんは嘘が下手なヒトだから。

「大丈夫ですよ。コトカさんも、体調は戻りましたか?」

「私も、大丈夫。あの場所から離れたら、すぐに治った」

「それなら僕も安心です。けど、なんだったんでしょうね?」

 とりあえず様子を見てみようか、ということでコトカさんの目にかかっている包帯を外す。相変わらず綺麗な深紅だった。白目の部分が晴れているということもなく、虹彩や瞳孔にも異常は見られない。今は熱さも痛みも全く感じないということだそうだから、それこそ原因不明だ。

「見え方はどうでしょうか?」

「う~ん……この目、元々よく見えないから……」

 以前に比べれば鮮明に見えるようになったとはいえ、それはあくまでも「以前に比べれば」の範疇に留まってしまうらしい。具体的には、半年前まで真っ暗だった世界が突然光に溢れ、世界を眩しく感じるようになった。そしてここ二ヶ月ほどできちんと色の判別ができるようになった、とのことだった。

「じゃあ、今回の件では見え方にも異常はない、ということで……」

「うん、そうなる」

「だったら、今はその件はとりあえず保留にしておくのはどうかな?」

 そう言ったのは院長だ。確かに分からないことを延々と考え続けても仕方がないというのはある。僕もコトカさんも院長の意見に賛同し、次に、この街に来た本題について話し合うことになった。

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