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絶対服従幸福論  作者: 十和井ろほ
二章 鷲の巣の雛たち
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十一話 魔女の噂

 異端審問官、異教徒狩り、絶対原理主義者――様々な呼び名はあるものの、結局全ては同じものだ。

 人間界には、大きく分けて二つの宗派が存在している。()から直接の啓示を受けることを目的とするクライオス教(・・・・・・)と、神族や天使族を通して主の意思を聞くというボスディオス教(・・・・・・・)だ。

 ボスディオス教の人間が神族や天使族を崇拝し、その声に従って行動するのに対し、クライオス教の人間は全ての種族に上下はなく、神族や天使族もあくまでも「ヒト」の一部であるという考え方をしている。主はそのように世界を創ったのだから、特定の種族だけが権力を持つべきではない、というのが彼らの主張だ。


 主という存在が何なのかを知っている人間は少ない。そのため大多数はどちらの宗派にも属している自覚はない。ただ、自覚がないだけで行動自体はボスディオス教のそれという人間が多いのも事実だ。

 クライオス教に入信する人間の多くは、「自ら主の声を聞いた」という者であり、それは結局のところ虚言や妄言の類として片づけられてしまうことも多い。

 そのため、あくまでも主流はボスティオス教であり、クライオス教は少数派――ボスディオス教から言わせれば異端派である。


 もっとも、それらの宗派とは別に、もっと東の国などでは人間界に降り立った神族が妖族を通して人間に加護を与え、共存するということもあるようだ。また、神族の力を借りずに精霊族や魔族と強固な繋がりを持つ人々もいる。

 しかしながらボスディオス教の教えによれば彼らもまた異端派であり、たとえ神族であろうとも神界を捨てた神族はもはや神族にあらず、という意見もあるらしい。

 そして、そんな異教徒を粛清すべく作られたのが異端審問官なる存在だった。彼らは主にザングランツ大司教国から各国に派遣され、神族に仇なす存在を捉える。その後は口にもしたくないような尋問と拷問をされ、最終的には処刑される。

 当然ながら、過去に僕を追い回していたのも彼らだ。

 ここ数年はなりを潜めていたとの話を以前にコトカさんから聞いたものの、最近また動き出したらしい。

 けれど、まさかこのレイラハード公国にまでやってくるとは――。


「なんで、異端審問官なんかが……」

 レイラハード公国はボスディオス教を国教として掲げている国ではあるが、でもだからこそ異端審問官はほとんどやって来なかった。公爵が敬虔な信徒であるということで寛大な措置を受けているのだ。

 とはいえ、公爵のそれはあくまでも表向きであって、実は彼は宗派に関しては寛大であるという話も、以前に修道院を訪れた旅人から聞いたことがある。

 実際、僕たちの住むクライオス教の修道院も税が通常より高いというだけで、直接的な危害を加えられるようなことはなかった。公爵が本当に敬虔な信徒であるのなら、あの修道院はさっさと異端審問官に突き出されているはずだ。

 それなのに、なぜ今更になってこの国に審問官がやってくるのか。色々と嫌な想像が脳内を巡り、胃液が逆流しそうになる。

「なんでも、この周辺に魔女が隠れているとか」

「魔女?」

 魔女――とは、基本的に魔族に魂を売ったとされる人間の女性を表す言葉だ。

「あぁ。いや、でも……多分、魔女じゃないな」

「どういうことですか?」

「魔女ってのは、魔族と正式に契約を交わした人間のことだろ? 少なくともこの国に、正式な契約を交わしている人間はいない」

 そんなことをバッサリと言い切ってしまうことを不思議に思いながらも、話の続きが気になって、ただ静かに彼の次の言葉を待った。


「八年前の戦争で滅ぼした国の王族が、魔族と契約をしてたらしいな。戦争には大司教国が勝ったし、当然王族は滅ぼされたわけだが……」

 僕はその戦争の当事者だ。確かに相手の国は魔族の力を借りていた。だから戦争は長引いたし、双方の被害も甚大になってしまった。結果として大司教国が勝ち、敵国の一族郎党全てを滅ぼしたものの、それから暫くは国力の低下が著しかった。最近まで審問官が大人しかったのはこれが理由かもしれない。

「その当時の次期国王……つまり第一王子には婚約者がいたらしい。公式に発表はしていなかったし、その存在を知っているのもごく一部だったとかで、彼女は戦争が激しくなる前に逃がされたらしいんだが……奴らが捜してるのは、どうやらその婚約者なんだよな」

「その女性は、本当に魔族とは……」

 契約している可能性はないのだろうか? そう思って聞き返せば、言い切る前に彼が続きを話してくれた。

「魔族は他の種族と違って()で契約するわけでも、土地で契約するわけでもない。人間個人の欲望と魔族の欲望が合致しなければ契約は成立しない。王族や婚約者が契約してたからといって、本人まで魔族と契約するとは、俺は思えない」

 あくまでも予想だが、と付け加えながら、彼は淡々と話を進めていく。

「これが神族とか妖族とか精霊族ならまだ分かる。精霊は血に憑くし、神族と妖族は土地に憑く。その場合は自動的に婚約者も契約対象になっている可能性が高いが……魔族はまず、有り得ないな」

「どうしてですか? その、一緒に契約をした、という可能性も……」

「魔族の望む欲望はそんな軽いものじゃないからだ。親兄弟恋人が契約しているから自分も契約したいなんて、そんな簡単に契約できるものじゃない。奴らが望んでいるのはもっとどす黒く重たい、希望すら許さない純粋な欲望だ。叶えて『はい、終わり』とはならない。この世の何よりも、それこそ生きることよりも、ただそれだけを望み続けなければ契約は成立しない」

「そう、なんですね……」

 このヒトはどうしてこんなにも詳しいのだろうか? ふとした疑問を胸に抱くも、それを口にすることはなんとなく憚られた。何か話題を変えた方が良いような気もしたのだけれど、上手く話題を提供することもできなかった。

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