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3-20

「貴方様こそは、数百年ぶりにルーラ王国にご誕生になった〈神託しんたく〉。お目もじ叶い、誠に光栄と存じます、チェルニ・カペラ様」


 コンラッド猊下げいかは、そういって、額を床につけるくらい、深い深い座礼を取った。猊下の後ろに座っていた人たちも、一緒に〈神座の間〉に移動してきた神職さんたちも、わたしを先導していたヴェル様まで、すべての人たちが、同じように座礼を取った。腕の中のスイシャク様や、肩の上のアマツ様じゃなく、このわたし、十四歳の平民の少女であるチェルニ・カペラに向かって。


 あまりの衝撃に、わたしは、一瞬だけ気が遠くなった。コンラッド猊下が、わたしを〈神託の巫〉と呼んだことも、立派な大人の人たちが、わたしに座礼を取ることも、簡単には受け止められなかったんだよ。

 どうしたら良いかわからなくて、ふらふらっとよろめいたわたしを、お父さんが支えてくれた。わたしの大好きな、誰よりも頼りになるお父さんは、神霊さんのご分体ごと、わたしを抱き寄せて、微かに震える手を握ってくれた。


 このとき、わたしは、お父さんかお母さんが、わたしのことをかばってくれるんだと思った。わたしの両親は、神霊庁の権威とか、大神使様の身分なんかに関わりなく、絶対にわたしの味方をしてくれる人たちだから。混乱しているわたしの代わりに、〈すぐにお立ちになってください〉〈大事な娘に、精神的な負担をかけないでください〉って、コンラッド猊下に文句をいってくれるんだろうなって、無意識のうちに思っていたんだ。


 でも、お父さんとお母さんは、一言も口をかなかった。お父さんは、わたしのことをぎゅっと抱きしめてくれて、お母さんは、わたしの方に心配そうな視線を向けて……それだけだった。ただ、背中越しに聞いている、お父さんの胸の音が、すごく早くなっていて、心配してもらっているのが、ひしひしと伝わってきた。

 優秀な少女であり、無償の愛情を注がれて育った子供であるわたしは、お父さんとお母さんの気持ちに、ちゃんと気づくことができた。お父さんたちは、わたし自身の力で、コンラッド猊下と向き合ってほしいと思っているんだよ、きっと。


 コンラッド猊下は、わたしに向かって、〈神託の巫〉って呼びかけた。そうじゃないかと予想する気持ちの裏で、まさかそんなことがあるのかって、信じられない気持ちでいたから、ものすごい衝撃だった。そして、物語に書かれているみたいに、〈呼びかけられた瞬間、自分がどういう存在であるかを悟った〉なんて都合の良いことは、全然、まったく、これっぽっちもなかった。

 わたしは、今も、十四歳の平民のチェルニ・カペラだ。勉強が好きで、神霊術が得意で、お父さんとお母さんとお姉ちゃんが大好きで、身分違いのネイラ様に、こっ、恋をしてしまった、迷えるチェルニ・カペラのままなんだよ。


 ただの少女であるわたしは、神霊庁の奥殿おくでんに通されただけでも、かなり緊張していて、荘厳な〈場〉の雰囲気に飲まれそうになっている。〈神託の巫〉だって、急に宣言されても、どうしたらいいのか見当もつかない。でも、ここで口を開くのは、わたしの、わたしだけの役割なんだ。無言のまま、じっとわたしを励ましてくれている、大好きなお父さんの手が、そういっているんだよ。


 ともかく、こんな立派な人たちに、いつまでも座礼を取らせるわけにはいかない。疑問や質問は山のようにあるけど、それは後で尋ねれば良い。わたしは、ものすごく頑張って、自分の気持ちを伝えようと決心した。

 震えたり、裏返ったりしそうな声が、何とか普通に聞こえるように、精一杯の気合いを込めて、わたしは、コンラッド猊下に話しかけた。


「コンラッド猊下」

「何でございましょう、〈神託の巫〉たる御方様おんかたさま?」

「猊下も皆様も、お立ちになってもらえませんか? わたし、普通の平民の少女なので、そんなふうにされると、どうしていいかわからないんです」

「普通の少女だなどと……。貴方様は、〈神託の巫〉であられます。いとも尊き御神霊が、貴方様の御身位(しんい)を示しておられます」

「そうじゃなくて、いや、そうかもしれないんですけど、それでも、わたしは、ただのチェルニ・カペラで、それ以上にもそれ以下にもなれないんです。どうか、普通に立ってお話してください。そうしていただけないのなら、わたしにも考えがあります」


 思い切っていうと、コンラッド猊下は、ゆっくりと顔を上げた。上品で優しくて、慈愛と威厳に満ちた顔なんだけど、今はちょっと変だった。すごく真面目な表情なのに、瞳の奥が面白そうに揺れてるんだよ。コンラッド猊下ってば、絶対にこの成り行きを楽しんじゃってるよね?


「もちろん、お嬢様の仰せの通りにいたしますが、今後の参考までに、そのお考えをお聞かせいただけませんでしょうか?」

「ずっとそんな感じでいらっしゃるなら、わたしも対抗します。コンラッド猊下のことは、これからずっと、猊下とお呼びします。ミル様とかチェルニちゃんとかは、なしです。オルソン猊下も、二度とヴェル様なんてお呼びしませんので、わたしのことはカペラ嬢とでも呼んでください」

「これはまた、中々に急所を突いた攻撃ですね。そうは思いませんか、パヴェル?」

「ですから、〈宣旨せんじ〉の後は、速やかに別室に移りましょうと、申し上げましたのに。いきなり大勢に平伏される、チェルニちゃんの身にもなってくださいませ、コンラッド猊下」

「ええ? オルソン猊下だって、さっきは、同じようなものだったじゃないですか? 少なくとも、今日一日、呼び名はオルソン猊下です。絶対に、ヴェル様なんて呼びませんからね、わたし」

「……。チェルニちゃんのお怒りが解けなかったら、責任を取っていただきますからね、コンラッド猊下」

「おやおや。〈冷然れいぜんたること鏡の如し〉とうたわれるパヴェルが、チェルニちゃんの前では、かたなしですね。の御方様といい、何とも面白きことですね」

「ともかく、早々にお立ちくださいませ、コンラッド猊下。貴方様より先に、我らが立つわけにはいかないのですから。まだ、立ち上がるのが大変になるほどのお年ではございませんでしょう?」

「まったく、わたしの愛弟子は、師につらく当たるので困りますね。どれ、静かな部屋に移るとしましょう。チェルニちゃんも皆様も、そこでご説明をさせていただきますからね」


 そういって、コンラッド猊下は、流れるみたいに優雅な動きで立ち上がった。続いて、ヴェル様が立ち上がり、〈野ばら亭〉に来てくれていた、パレルモさんが立ち上がり、次々とすべての神職さんたちが立ち上がった。

 コンラッド猊下とヴェル様以外の人たちは、目線を下に落として、わたしのことを見ないようにしているんだけど、わたしの腕の中にはスイシャク様、肩の上にはアマツ様がいるんだから、そこは仕方がないだろう。


 荘厳で厳粛な〈神座かみざの間〉に、どことなくのんびりとした空気が流れたところで、わたしたちは、別の部屋へと案内された。何度か扉を開けてもらって、何度か廊下を曲がると、だんだんと人の気配が満ちてくる。静謐せいひつな奥殿のたたずまいの中でも、たくさんの人が集まって、生き生きと動いている気配が、感じられるようになってきたんだ。


 そして、わたしたちが通された部屋は、真っ白じゃなかった。床と天井は、温かみのある茶色の杉板で、ふんわりと温かい気がする。すごく幅の広い板で、木目がうっとりするくらい美しくて、節とかもまったくないから、きっと最高級の板なんだろう。

 壁は、淡いクリーム色の漆喰しっくいで、薄っすらと光っている。ほんのりと柔らかな色合いが、床や天井の杉板とも合っていて、荘厳すぎる〈神座の間〉よりも、ずっと落ち着いた気持ちになれた。

 部屋の奥には、大きな飴色の机や飾り棚があって、真ん中には十人以上は座れそうな応接セットが置いてある。多分、杉板を痛めないためだと思うんだけど、机や応接セットの下には、複雑な紋様を織り出した、絹の絨毯じゅうたんが敷かれていた。〈野ばら亭〉の娘だから、これでも装飾には詳しいんだよ、わたし。


 たくさんいた神職さんたちが退出して、最後に、お茶とお菓子を運んでくれた女の人が出ていくと、部屋に残ったのは、コンラッド猊下とヴェル様、わたしたち家族、フェルトさんと総隊長さんの八人だけになった。スイシャク様とアマツ様は、わざと気配を薄くして、相変わらずわたしの腕の中と肩の上にいたけどね。


 不意に訪れた沈黙を破って、コンラッド猊下が、椅子の上で深々と頭を下げ、ヴェル様もそれにならった。


「先程は、さぞ驚かれたことでしょう。チェルニちゃんにも、カペラ家の皆様にも、心よりお詫びをいたします。いとけないチェルニちゃんに、重荷を背負わせるような真似をいたしましたこと、誠に申し訳ございませんでした」

「どうか、頭をお上げくださいませ、コンラッド猊下。近日中に、猊下より〈神託の巫〉の宣旨を賜るかもしれないと、オルソン猊下よりお言葉をいただいてはおりましたので、わたくしどもも、覚悟しておりました。娘も、薄々は察していたようでございます。本日、突然の宣旨になるとまでは、予想しておりませんでしたが」

「ありがとうございます、カペラ殿。本来であれば、本日はわたくしの執務室、つまりはこの部屋にお越しいただき、チェルニちゃんにご説明するだけの予定でございました。〈神座の間〉での宣旨は、チェルニちゃんがレフ様に会われてからでも、遅くはございせんでしたので。ところが、目障りなねずみが、いろいろと嗅ぎ回ろうとしておりましたので、急遽きゅうきょ、宣旨を優先させていただいたのです」


 えっと、コンラッド猊下のいう〈鼠〉って、ちゅうちゅういう本物の鼠じゃないよね? 何となく、いつもの面倒ごとの予感がするのは、気のせい……だといいな……。


     ◆


 コンラッド猊下の言葉とともに、部屋はどんよりした空気に包まれた。お父さんやお母さんは、失礼にならないように我慢しているみたいだけど、わたしは、思わず溜息を吐いちゃったよ。またか……って。


 この夏、子供たちの誘拐事件にかかわってから、わがカペラ家は、本当に次々と事件に遭遇している気がする。事件っていういい方が不適切だったら、変化でもいいけど。

 ネイラ様と出会って、王立学院に推薦してもらって、アリアナお姉ちゃんとフェルトさんが婚約して、神霊さんのご分体が顕現けんげんして、わたしとネイラ様が文通友達になって、王都に家を買って、〈野ばら亭〉の支店ができることになって……。これは、良い方の変化だね。

 一方で、クローゼ子爵家に目をつけられて、結果的には何ともなかったけど、殺されそうになっちゃって、神霊庁に告発して、フェルトさんの出生の秘密が明らかになって、大公家を継ぐ話になって、裁判に参加しなくちゃいけなくて……。こっちは、悪いとはいい切れないものもあるけど、面倒な変化であることは確かなんじゃないだろうか。


 そして今日、わたしには、決定的な変化が訪れた。十四歳の平民の少女であり、神霊庁とも貴族とも関係のないわたしが、よりにもよって〈神託の巫〉なんだって、コンラッド猊下に宣言されてしまったんだ。

 あんまりおじいちゃんでもなかった校長先生は、神霊庁のことにも詳しくて、いろいろ教えてくれたから、お父さんやコンラッド猊下のいう〈宣旨〉についても、わたしなりに理解している。宣旨っていうのは、神霊庁の神使に選ばれている人たちが、〈くつがえらない事実〉を、おおやけに宣言することをいうんだ。大神使は国王陛下、神使は王族と同格だから、宣旨を取り消すのは、王家でもむずかしいらしい。


 ここまで考えて、わたしは、またしても気が遠くなった。大神使であるコンラッド猊下が、宣旨を下してしまった以上、わたしは、〈神託の巫〉だとみなされる。国王陛下にだって、そう簡単には変えられなくて、コンラッド猊下が〈間違いでした〉っていわない限り、わたしは〈神託の巫〉なんじゃないの?

 ふらふらっとして、椅子の上でよろめきそうになって、思わずスイシャク様を抱っこする腕に力を込めたところで、コンラッド猊下がいった。


「チェルニちゃんは、ルーラ王国における宣旨というものを、ご存知ですか?」

「わたしの通っている町立学校の、おじいちゃんぽい校長先生に教えてもらいました。神使様たちが、〈覆らない事実〉を、公に宣言することですよね? 宣言した神使様か、その上の大神使様が取り消さない限り、王家でもそうそう口出しはできないんだって聞いています」

「チェルニちゃんのいう、おじいちゃんぽい校長先生は、博識でいらっしゃいますね。そして、そのことをよく記憶しているチェルニちゃんも、とても素晴らしい」

「ありがとうございます。校長先生って、実は有名な学者さんだそうです。ユーゼフ・バラン先生です。王立図書館にも、たくさん著作があるそうなので、王都に引っ越してきたら、探してみようと思っています」

「おお。かの有名な、ユーゼフ・バラン先生ですか! 先生は、教育者としても一流でいらっしゃるのですね。一般には〈学会の反逆者はんぎゃくしゃ〉と呼ばれておられますが、わたくしは、むしろ〈革命者〉であろうと思いますよ」

「それって、めてもらってるんですよね? えへへ。校長先生は、おじいちゃんのふりをする困った先生ですけど、いろんなことを教えてくれる、素晴らしい先生なんです。大好きです、わたし」

「素直にそういえるチェルニちゃんは、誠に愛らしいですね。御神霊が御鍾愛(しょうあい)になるのも、当然というものですね」

「お話が逸れておりますよ、猊下。のらりくらりなさらず、チェルニちゃんに、さっさと宣旨の御説明をなさってください」

「本当に、そなたは可愛気のない弟子ですね。無垢な瞳で〈大好き〉といってもらえる、チェルニちゃんの校長先生が、うらやましくてなりませんよ。まあ、時間も限られていますので、説明に移りましょうか。よろしいですか、チェルニちゃん?」

「はい。よろしくお願いします」

「実は、チェルニちゃんの説明には、補足すべきことがあるのです。通常の宣旨の場合は、チェルニちゃんのいう通りなのですが、大神使が〈神座かみざの間〉で行った宣旨は、さらに重い意味を持ちます。〈神座の間〉は、この現世うつしよにおいて、もっとも神々に近しいやしろ。その神聖なる〈神域しんいき〉で、大神使が行った宣旨は、神への奏上そうじょうとなるのですよ」


 そういって、コンラッド猊下は、わたしの瞳をのぞき込んだ。優しい眼差しなんだけど、ぐぐぐって、大神使様としての威厳が増したような、何ともいえない重みがあった。

 そして、わたしは、さっきの荘厳な部屋のことを思い出した。あの部屋で、わたしに向かって、コンラッド猊下はいったんだ。〈約束の場である神座の間〉って。コンラッド猊下のいう、〈もっとも神々に近しい社〉であり、〈神聖なる神域〉っていうのは、さっきの部屋のことなんじゃないの? だったら、その〈神座の間〉で行われた宣旨は……。


 またしても気が遠くなって、ふらふらしちゃったわたしに、心配そうな目を向けながら、コンラッド猊下は、はっきりといった。


「先程の宣旨は、大神使たるわたくしが、現世の神域に等しい〈神座の間〉において、尊き神々へと奏上したもの。御神々がお認めになられた〈神託の巫〉を、我ら神霊庁がほうじるという、神への約束の儀式だったのですよ、チェルニちゃん」

「奉じる……」

「はい。我ら神霊庁は、神々がお認めになられた貴方様あなたさまを、正しく〈神託の巫〉であると認め、かしずき、神々への信仰の証としてかかげる、という意味です。〈神座の間〉にて宣旨を行えるのは、大神使のみであり、これをくつがえすことは、現世の誰にもできません。次の大神使にも、国王陛下にも、わたくし自身にも」

「……わたしって、本当に〈神託の巫〉なんでしょうか、猊下?」

「もちろんでございます。チェルニちゃんご自身も、本当はわかっておられますでしょう? 天与てんよの称号として〈神託の巫〉、少なくとも〈巫〉を持たない者が、〈神降かみおろし〉などできるものですか」


 その瞬間、コンラッド猊下の言葉を肯定するように、スイシャク様とアマツ様が、神々しく光り輝いた。まぶしいほどの紅白の光は、部屋中を埋め尽くし、手で触れられるんじゃないかと思うほどの確かさで、わたしと、わたしの周りの人たちを包み込んだ。

 思わず腕の中をのぞき込むと、スイシャク様が、丸く可愛い頭をのけぞらせて、わたしを見上げていた。真っ黒に輝く黒曜石の瞳は、まるで優しくわたしに寄り添ってくれるみたいだった。首を回して、肩の上に目を向けると、こっちを向いているアマツ様と目が合った。ご神鏡みたいな銀色にきらめく瞳は、まるで力強くわたしを励ましてくれるみたいだった。


 わたしの大好きな二柱は、わたしに〈天与の称号〉っていうものを、受け入れてほしいと思っているんだろう。イメージを送られるまでもなく、それは伝わってきた。わたしは、本当に〈神託の巫〉で、何かのお役目があって、この時代、このルーラ王国に生まれてきたんだって……。

 怖くて、畏れ多くて、いろいろな悩みもあって、目をつむって逃げ出してしまいたかったけど、二柱の瞳が、わたしにそれを許さなかった。強制されたからじゃないよ? わたしのことを信じて、わたしを大切に思ってくれている、二柱の無垢むくな瞳を裏切ることなんて、わたしにはできなかったんだ。いとも尊い神霊さんに、無垢だなんて言葉は、相応しくないのかもしれないけど。


 うん。さすがに、認めよう。十四歳の平民のわたし、チェルニ・カペラは、どうやら〈神託の巫〉であるらしい。ご神霊がそれを認め、神霊庁の大神使様が、それを受け入れるって宣言してしまったんだから、もう確定事項だ。ネイラ様のことを、すっ、好きだって自覚しちゃったときの衝撃と比べたら、どうってことないよ……多分……。


 気がつくと、部屋を満たしていた光は消えて、皆んなが、心配そうな顔でわたしを見ていた。わたしは、できたてほやほやの決意を胸に、コンラッド猊下を見つめ返した。


「大丈夫ですか、チェルニちゃん?」

「はい、大丈夫です、猊下。もう落ち着きました。わたしって、神霊さんの台座だいざみたいなものだって、考えればいいんですよね?」

「台座……ですか。ふふ。チェルニちゃんは、本当に優秀ですね。〈神託の巫〉は、その存在自体が、〈げき〉ほど強い力を持っているわけではありません。〈神託の巫〉のご威光は、御神霊のありてこそ。本質的な意味において、チェルニちゃんの理解は、的を射抜いたものでしょうね」

「大変僭越(せんえつ)ながら、横から口出しをさせていただいてもよろしいでしょうか、コンラッド猊下?」

「もちろんですよ、カペラ夫人。何なりと」

「ご神霊が、そう定められたのであれば、平凡な幸福をつかんでほしかった愛娘が、〈神託の巫〉であることを、受け入れるしかないのでございましょう。天命を果たしてこそ、娘の幸福があるのだと、信じるのみにございます。ただ、わたくしどもの大切な娘が、人に害される可能性があるのであれば、話は別でございます。先程、猊下が仰せになった〈鼠〉について、お話しいただけませんでしょうか?」

「ごもっともです、夫人。わたくしが、〈神座の間〉にて宣旨を行いましたのは、神霊庁の領域に踏み込もうと画策する、愚劣な鼠どもの動きを、事前に察知したからでございます。元大公に近しい一部の王族と、それらにおもねる〈王家派〉の貴族どもという、いやし溝鼠どぶねずみどもの足掻きでございます」


 どこまでも上品で、清らかで、優しいコンラッド猊下は、穏やかな表情のまま、そういった。王族とか、貴族とかっていう人たちを、〈溝鼠〉っていい切ったんだよ!

 わたし、チェルニ・カペラの人生は、〈神託の巫〉だって認定された上に、さらなる激流に巻き込まれる……んじゃないの、これって?

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― 新着の感想 ―
[一言] あー元大公に近しい王族ねぇ…。 なんていうか本当にルーラ王国の近しい未来が心配なんだけど、大丈夫なのかな。 もし今の王太子が即位したら、今すでに微妙な神霊庁との仲がさらにこじれまくるんじゃ……
[一言] 衝撃ランキングが 恋心の自覚>巫の宣旨 なチェルニちゃんブレないわー 溝鼠たち、さて今後どう動くのかな。鼠の頭は次期王冠を被る予定が永遠になくなるのかなー
[良い点] コンラッド猊下やヴェル様が本当にチェルニちゃんを大事に思っているのが伝わるところ。 本来大神使や神使と神託の巫としてなら、神座の間での振舞いが正しいんでしょうけど、14歳の少女であるチェル…
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