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 それからは、何もかもが急だった。まるで激流に流されるみたいな勢いで、すべての物事が激しく動いていったんだよ。


 まず、オルトさんたちの話を聞いた大公は、執事っぽい男の人に命令して、大公騎士団を動かした。ヴェル様の解説によると、ルーラ王国の大公家は、近衛騎士団の代わりに、大公直属の騎士団を持つことを許されているんだって。 

 ドーラっていう名前の、執事っぽい男の人の手配で、すぐに大公の執務室にやって来たのは、二人の騎士だった。そのうちの一人は、フェルトさんを誘拐しようとして失敗したことを、オルトさんに教えた男の人。もう一人は、見るからに威張いばった感じの、年配の男の人だった。

 大公は、冷たい無表情のまま、年配の男の人に話しかけた。


「来たか、団長。事情は聞いているな?」

「はい。報告は受けております。愚息がお役目を果たせず、誠に申し訳ございませんでした、大公閣下」  


 団長って呼ばれた男の人が、そういって頭を下げると、誘拐犯の方の男の人も、一緒に頭を下げた。クローゼ子爵家に派遣され、フェルトさんを拘束しようとしていた騎士って、大公騎士団の団長の息子だったのか!


「申し訳ないと思うのなら、新しい任務を果たせ」

「何なりとご命令くださいませ、大公閣下。わたくし自身が、ことに当たらせていただきます。二度と失敗はいたしません」

「その言葉を違えるなよ。ドーラ」

「はい、閣下」

「差配をせよ」

御意ぎょいにございます、閣下。詳細は、歩きながら説明しますので、ついて来てください、団長。今夜中に始末をつけなくてはならないのです」

「承知した、ドーラ殿」

「では、行け。決して抜かるなよ」

 

 ドーラさんたちは、そのまま執務室を出ていった。大公は、うるさい虫でも追い払うみたいに手を振って、残ったオルトさんたちを追い出しにかかった。


「お前たちは、応接間にでも行って、待機していろ。ほどなくマチアスが来る。そのときは同席を許す」

かしこまりました、閣下。わが屋敷におりましても、宰相の手の者に捕縛されないとわかるまで、こちらに滞在させていただいてよろしいのでしょうか?」 

「仕方あるまいが、そなたたちを本邸に寝泊りさせては、うるさい者もいる。別邸に用意を整えさせるので、そちらに行け。わが敷地内である以上、別邸であっても、宰相が手出しすることはできないからな」

「ありがとうございます。そうさせていただきます」

「ところで、エレナやカリナはどうした?」

「買い物に出ていたので、置いてきました。あれらは何も知りませんし、宰相も手荒な真似はしないと思いまして」

「よかろう。エレナの狂乱きょうらんにも、カリナの甘えにも、飽き飽きしていたのだ。放っておけば良い。若いときの容姿だけで、しつこい女に手を出すと、ろくなことがないものだな。もういい。行け」


 オルトさんは、何となく不満そうだった。まあ、自分たちの母親が〈しつこい女〉っていわれたんだから、気分が悪いんだろう。わたしにいわせれば、さっさと置き去りにしてきたオルトさんたちも、似たようなものだと思うけど。


 しばらくすると、大公騎士団が動き出した。スイシャク様の雀が、夕闇の中で見せてくれたのは、目立たない平服姿の男の人たちが、一人二人とばらばらになって、大公のお屋敷を次々に出ていく姿だった。

 わたしと一緒に、その動きを見ていたヴェル様は、綺麗なアイスブルーの瞳を凍らせ、冷たい笑顔を浮かべながらいった。


「何かと専横せんおうの目立つ大公騎士団も、今回は人目を忍ぶつもりのようですね。忍べるかどうかは別にして」

「はい! はい!」

「何でしょう、チェルニちゃん?」

「あの人たち、大公騎士団を四十人も動かすって、いってましたよね? ばらばらに移動するにしても、そんな人数の騎馬が動いたら、王都やキュレルの街の門で、止められるんじゃないですか?」

「とても思慮深い質問ですね、チェルニちゃん。普通はその通りですよ。しかし、大公騎士団の騎士たちは、〈詮議御免せんぎごめん〉の特別な通行証を持っているので、とがめられないのです。大公という地位は、ルーラ王国では正式な王族には入りませんが、王位継承権は持っていますし、いろいろな特権もあるのです」


 なるほど。だから、強引な襲撃計画を立てちゃうわけか。悪い人に権力を持たせると、ろくなことにならないっていう見本だね。わたしの大好きな〈騎士と執事の物語〉でも、〈愚者の持つ権力など、厄災に他ならぬ〉って、主人公の騎士が怒ってたし。


 大公騎士団が出ていく頃、わたしの視界はくるりと変わって、もう一度、大公の執務室に移動した。ちょうど、ドーラさんが戻ってきて、大公に報告するところだった。


「先ほど、大公騎士団の四十名が出発いたしました。王都の門を出てから、風の神霊術で先を急ぎ、月が出る頃には、目的地に到着する予定でございます」

「騎士たちには、何といい含めたのだ?」

「わたくしからは、〈キュレルの街の守備隊には、大公家に害をなした賊を引き渡すように伝え、連れ出した者たちは、人目のないところで消せ。フェルトは、証人の名目で連行し、やはり消せ〉と。炎の神霊術を使えるものが複数おりますので、死体は燃やさせます。大公閣下の徽章きしょうを持たせ、大公騎士団の身分を保障いたしましたので、守備隊には逆らう権限はございません」

「よかろう。姉上の方は?」

「念のため、急ぎこちらにお越しいただくよう、風の神霊術で使いを出しました。オディール様の執事は、こちらが派遣した者ですので、即座にお連れするものと存じます」

「姉上の屋敷に、風の神霊術を使える者はいたか?」

「おります。執事がなかなかに術を使いますので、早々に到着いたしますでしょう」

「後は、マチアスか。わたしが出かけるまでに、終わらせておきたい」

「しかし、閣下。この度のことは、あまりにも人目につき過ぎておりますし、証拠も存在しております。宰相を黙らせるのは、いかに大公閣下でも、容易ではございますまい。かなりの詮議があるやもしれません」

「……。王城に手紙を届けよ。晩餐会の後、陛下に時間をいただきたい、と。念のために、根回しをしておこう」

「御意にございます」

「それから、状況が改善されなければ、早々にオルトたちを国外に出す。あれらも覚悟はしておろう。念のために、準備はさせておけ」


 そういって、大公は着替えをするために、執務室を出ていった。マチアスさんが来たら、〈すぐに呼べ〉っていって。

 少女の教育に熱心なスイシャク様は、わたしに大公の着替えを見せたりはしないで、その合間にくるりくるり、いくつかの情景を映してくれた。


 まず最初に、マチアスさんと使者AB。それぞれ馬に乗って、王城に向かって進んでいた三人は、遠目に純白のお城が見えてきたあたりで、風の神霊さんが運んできた手紙を受け取った。

 素早く封を切って、中を読んだマチアスさんは、何だか悪い顔で微笑んでから、馬を反転させた。


「大公の屋敷に行く。オディール様を殺されたくなければ、証拠を持ったまま来るようにと、命令されたのでな」

「想定内ですな、閣下。というか、想定した出方のうち、もっとも好都合な展開ではありませんか?」

「ああ。予定より早く終わりそうで助かるな。宰相閣下と〈読み合い〉をして、大公ごときが勝てるものか」

「これが終わったら、近日中に〈野ばら亭〉に行きましょうよ。閣下もご一緒に。ルルナの顔を見ながら、あの店で食事をするんです。冷たいエールを飲みながら。アイギス王国でいうところの、天国というやつですな。あいつらは、地獄行きですが。くくくっ」

「妙な笑い方をするな。相変わらず自由だな、ギョーム。まだ、何も終わっていないんだから、気を引き締めてくれよ」

「わかってますよ、ロマン様。わたしたちも処刑されるかもしれないんだから、今くらい、夢を見させてくださいよ。わたしは、こう見えてもできる男なので、大丈夫ですって」

 

 マチアスさんは、使者AとBの話に笑いながら、素早く印を切って、手に持っていた手紙を飛ばした。はっきりと詠唱は聞こえなかったけど、水色の光球が旋回していたから、風の神霊術だと思う。マチアスさんってば、風の神霊術も使えるんだね。

 マチアスさんの飛ばした手紙は、薄っすらとした水色の光の尾を引いて、勢い良く飛び去った。向かった方角は、純白の巨大な白鳥城。宰相閣下がいるはずの、ルーラ王国の王城だったんだ。


 次に、わたしの目に映ったのは、大公騎士団の人たちが、王都の城門に向かって、馬を飛ばしているところだと思う。速度は抑えているんだけど、何十人も列になって、街中を疾走しているんだから、すごく目立っていた。

 極秘任務とかいってたわりには、全然隠せていないのが、ちょっと恥ずかしい。十四歳の少女にそう思わせる作戦って、どうなんだろうね? 神霊さんの助けがなかったら、そんな無茶が通る可能性だってあるんだから、本当に怖いわ、権力。


 そして、三つ目は、一台の豪華な箱馬車が、夜の馬車道を疾走している情景だった。きらきらした水色の光球をまとわせて、馬車はどんどん進んでいく。扉についている紋章を見て、ヴェル様が〈大公家のものです〉って教えてくれたから、そういうことなんだろう。

 もしかして、もしかして。あの馬車の中には、気の毒なお姫様が乗っているのかもしれないの?


     ◆


 風みたいに疾走していた箱馬車は、あっという間に、王都の通用門に着いた。大公家の紋章が、通行証の代わりになったんだろう。速度をゆるめただけで、門番さんに止められることもないまま、王都の中に入ってきたんだ。


「はい! はい!」

「何なりとお聞きください、チェルニちゃん」

「あの馬車の中には、オディール様が乗っているんだと思いますか? 王弟殿下のお姫様って、ルーラ王国に戻っていたんですか?」


 わたしが尋ねると、ヴェル様は、何ともいえない顔で微笑んだ。悲しんでいるみたいで、怒っているみたいで、喜んでいるみたいで、切なそうでもある顔だった。


「ええ。戻っておられますよ。十六歳になった年に、ヨアニヤ王国の王弟殿下に嫁がれたオディール姫は、八年後に夫を亡くされ、喪が明けると同時にルーラ王国に帰国されました。再嫁さいかのお話は、随分と多かったそうですが、病弱で子を産めないからと仰せになり、ご実家の別邸に引きこもってしまわれました。王家が主催する席にも、いっさい参加なされず、やがて姫君の存在そのものが忘れられていきました」

「それって、もしかして、マチアスさんのためでしょうか?」

「姫君のお心はわかりませんが、恐らくはそうなのでしょう。お美しい方だそうですし、王弟殿下の姫君です。亡くなられたご夫君も病弱で、お子もおられませんでしたので、お顔をお見せになれば、縁談をお断りになれなかったかもしれませんからね」


 ヴェル様の話を聞いているだけで、わたしは泣きそうになっちゃった。国の約束のために、大好きな人と引き離されて、結婚した相手にも死なれて、マチアスさんは誓文せいもんに縛られた結婚をしていて……。

 わたしが、お姫様の立場だったら、本当に病気になったかもしれない。マチアスさんをだまして、何十年も二人を引き裂いた大公は、何て罪深いんだろう。死後、〈虜囚の鏡〉に囚われて、罰を受けるっていわれても、わたしたち人の子に大切なのは、〈今〉じゃないの?


 すっごく腹が立って、スイシャク様とアマツ様を、無意識にぎゅーぎゅー抱きしめていたら、優しくなだめるみたいなイメージが送られてきた。〈人の子は強きもの也〉〈誓文の抜け道すらも見つけ出す〉〈流るる日々こそ愛おしき〉って。

 ヴェル様も、何だかいたずらっ子みたいな顔をして、笑いかけてくれた。そして、〈優しいお嬢様が泣かないように、種明かしがありますから、もう少し見ていてくださいね〉って、いってくれたんだ。


 くるりと視界が変わると、大公のお屋敷の応接室らしい部屋が見えた。足首まで埋まりそうな絨毯じゅうたんとか、飾りに本物の金をあしらった椅子とか、高い高い天井とか、ほんのり光っているみたいな壁紙とか、純白の大理石を貼った床とか。とにかく、ものすごく豪華な部屋だった。

 これでも、高級宿っていわれる〈野ばら亭〉の娘だから、わりと見る目のある少女なのだ、わたしは。


 応接室にいたのは、オルトさんたちクローゼ子爵家の人たちと、ドーラっていう執事の人。そこへ、お付きの人を従えて、大公が入ってきた。ひと目で最高級だってわかる、漆黒の絹の正装。肩からは、中のシャツの色と同じ、白い絹の飾り帯を斜めがけにして、勲章がこれでもかっていうくらいつけられている。

 さっと立ち上がって、深々と礼をしたオルトさんたちを、適当に片手を振って座らせてから、大公はいった。


「マチアスはまだか? 姉君はどうした?」

「マチアスは、いまだ到着しておりません。オディール様は、もう正門からお入りになられました。間もなく、侍従がこの部屋にご案内して参るものと存じます」

「わたしが屋敷を出るまでに、まだ間があるか?」

「晩餐会でございますので、遅れてご参加いただくのは外聞が悪うございます。さほどの余裕はございません」

愚図ぐずな男だな、マチアスは。良い。いよいよとなったら、風の神霊術で馬車を急がせる」

「御意にございます、大公閣下」


 ドーラさんが頭を下げた瞬間、重い扉を叩く音がして、外に立っている護衛騎士らしい人が、こういった。


「オディール姫のおりにございます」


 来た! マチアスさんの大好きな、マチアスさんが大好きな、悲劇のお姫様が、とうとう登場したんだよ! 病弱だそうだけど、大公なんかに呼び出されて、大丈夫なんだろうか、お姫様?


 ゆっくりと扉が開かれると、騎士っぽい人と、執事っぽい人を従えて、一人の女の人が入ってきた。ほっそりとして、白鳥みたいに優美な女の人。年配ではあるんだけど、絶対に〈おばあちゃん〉なんていえない、とっても綺麗な人。目元のしわや、銀色になった髪まで魅力的な人……。

 マチアスさんの大切なお姫様は、どう見ても活力に溢れた、元気いっぱいの様子で、大公にいったんだ。


「顔を合わすのは、三十年ぶりかしら、アレクサンス。完全に名前負けしているわたくしの愚弟は、何の権利があってわたくしを呼びつけたのかしら? 本当にうっとうしいこと。生まれた瞬間から、馬鹿な弟だとは思っていたけれど、馬鹿は何十年経っても馬鹿なのね。おまえのために使う時間など、わずかでも惜しいのだから、さっさと用件を話しなさいな。聞いていますか、アレクサンス? おまえったら、運動神経が鈍い上に、そろそろ運動不足で足腰が弱っているのではなくて? 日頃の行いが悪すぎるから、ぽっくりとはいけないわね。まあまあ、怖い怖い。わたくしは、まだまだ元気よ。おまえが寝たきりになったら、面白いから見舞いに来ようかしら? でも、そんな時間がもったいないわね。馬鹿が移っても困るし。ところで、おまえ、まだ女を叩くことが趣味なの? おまえに近づく女など、身持ちの悪い不義の女に決まっているのだから、構わないといえば構わないけれど。おかしな趣味よね? むちで叩いたり、耳元で恫喝どうかつしたりして、何が楽しいのかしら? おまえ、クローゼ子爵家の毒婦どくふとも、その趣味でつながっているんでしょう? 不思議だこと。ねぇ、人を呼びつけておいて、挨拶もできないほど馬鹿なの、アレクサンス? 何とかいったらどう?」


 すっごい早口なのに、明確に聞き取れる口調で、お姫様は一気にいい切った。絶対に聞いちゃいけなかったことも、いろいろと暴露されている気がする。大公もオルトさんたちも、目を見開いて硬直しているし、わたしだってびっくりだよ!


 ねえ? 何十年も別邸に引きこもっている、高貴な悲劇のお姫様って、こういう感じの人だったの?

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― 新着の感想 ―
[一言] 深窓の姫君とは……?? 中々に強烈な方ですね! マチアスさんとの馴れ初めが気になります 大公よこの姉のどこが忍従の人なのよ脳内変換ひどくない? 宰相とのやり取りはコテンパンにやられるだろう…
[良い点] 超予想外の深窓の令嬢w 好きな展開! [一言] 大公ってこのお姉様の影響で変な趣味になったのでは? いつも姉からけちょんけちょんに言いのめされたのでその反動で鞭うったり恫喝する事で自分を大…
[良い点] また癖の強い人が出てきましたね 悲劇のお姫様とはいったい… [気になる点] 神霊様は見た目が可愛くても神様なんだよなぁ。 時折垣間見える人間への慈悲と神様らしい傲慢さがそれを思い出させます…
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