第九十七話 セリアリスの思惑
レイ達はその後、紐で縛ったフラガを連れて建物の外へと出る。フラガの罪状は明白であり、セリアリスの他にレイも証言する事が出来るので、お咎めなしは無いだろうと話し合った結果だ。因みに意識を戻したフラガは縛られている事に喚き立て、煩わしいので口も縛っている。今では流石に観念したのか、大人しく付き従っていた。
「それで取り敢えず何処へ連れて行こう?」
「フラガを引き渡すにしても学院を通さずにという訳にはいかないでしょうから、まずは先生方のいる場所に向かうのが良いのでは」
確かに直接軍に引き渡すのも難しいかとレイはその考えに同意する。
「うん、ならそうしようか。ああリーゼもそろそろ戻らなくちゃ駄目なんじゃない?」
「うっ、もう少しレイ君と一緒に居たかったのに。そんなに早く私を帰したいの?」
「いや、お付きの人達が可哀想だろう。それに明日も来るんでしょ?」
リーゼはレイが素っ気ない態度をするので少し拗ね気味。ただレイとしてもリーゼが我儘を通しているのを知っているので、そこは絆されない。
「あーもう、レイ君のケチ。なら明日少しでも良いから私に時間を取ってねっ、約束だからね」
「はいはい、まあ明日は俺も対抗戦に参加だからそう多くは時間が取れないけど、一度会えるようにはするよ」
レイはそう言って少しだけリーゼロッテに譲歩する。明日まで会えないというと、このまま残ると我儘を言いかねない。そしてフラガを連れて3人で校舎の方へと移動していると、切羽詰まった形相をしたアレックスがセリアリス達の方へとやってくる。
『なんか慌ててる?ん?怒ってもいるのか?』
何やら凄い勢いでやってくるアレックスをレイは呆然と見ながら、まあ後の事はアレックスに任せればいいかなどと思っていたら、突然アレックスが抜刀した。
ガキンッ
アレックスはやってきた勢いのまま剣を抜くとフラガに対し思いっきり剣で切りつける。レイは慌ててその剣を止めて何事かとアレックスを見る。
「おい貴様、邪魔立てするなっ、フラガの奴は此処で切るっ」
「は?」
何やらフラガを切る気満々のアレックスにレイは何が何だかわからない。フラガといえば顔を蒼白にさせてその場にへたり込み完全に腰を抜かしていた。するとそこにセリアリスがアレックスに言う。
「ア、アレックス様?ちょ、ちょっと待って下さい?一体どうされたというのですか?」
アレックスはセリアリスの声を聞いてはっとした顔をすると直ぐに剣を投げ捨てセリアリスの両腕を掴み、セリアリスを上から下まで確かめるように眺める。セリアリスはなんだかその視線に居心地の悪さを感じるが、アレックスの掴む手の力が強く、顔を背けるので精一杯だった。そしてアレックスは一頻りセリアリスを眺めた後、ボソリと呟く。
「せ、セリアリス、無事か?無事だったのか?」
セリアリスはアレックスの意図がさっぱり判らなかったが、言葉の意味だけを捉えてそのまま答える。
「はい、無事ですが……?」
「本当か?何かその……いや、なんでもないが、本当に本当か?」
「はぁ?見ての通り五体満足ですが?……アレックス様?どうされました?」
セリアリスは余りに念を押されるので、訝しげな表情になりアレックスをじっと見る。するとアレックスはそこで掴んでいたセリアリスの両手を解き、誤魔化す様にそっぽを向く。
「いや何、無事ならいい。無事ならいいんだ。うんうん、それが一番だ」
するとそんなアレックス達の元に生徒会メンバーもやってくる。そして真っ先にユーリが駆けつけてセリアリスの胸へと飛び込んでくる。
「セリーッ」
セリアリスはそんなユーリをやさしく抱き留めて、謝罪の言葉を告げる。
「ユーリ、演劇に参加できなくてごめんなさい。それと心配してくれてありがとう」
「ううん、劇の方はいいの。アレス様が代役を買って出てくれたから。それよりもセリーこそ大丈夫?どこかヘンな所はない?」
ユーリは首を横に振って問題無かった事を説明すると、先ほどのアレックスの様に体中をくまなく眺め、無事であった事を確認してくる。セリアリスは心配してくれるのはいいのだが、必要以上に確認してくるユーリに再び訝しい顔をする。
「ちょっとユーリ?別に怪我とかはしてないわよ?一体どうしたって言うの?」
するとユーリもアレックス同様に口ごもる。セリアリスはなんだかわからず、駆け寄ってきたメンバーに目を向けると、アレスが一歩前に出て説明を始める。
「その問いには俺が答えよう。許嫁であるアレックスや友人のユーリからでは言い辛い事だろうからな。実は今から1時間程前か、我々学院の見回りメンバーの本部に君が拉致されたという密告文が届いた。その内容には君に対し性的な酷い事をした事が書かれていた。密告文を書いたものは自分のした事に恐れを抱いて密告書を作成したらしい。なのでアレックス達はその身が大丈夫だったのかかどうか心配したのだろう。ちなみにその密告書にはフラガの関与が示唆されており、それでアレックスは激高したのだ」
セリアリスはそれを聞いて漸く諸々に納得がいく。既に目的が果たされたと言っていたその事も含めてだ。そして心配するような目で見つめるユーリに対し、優しく言葉をかける。
「ユーリ、安心なさい。少なくとも私には酷い事をされたという自覚は全くありません。勿論、そういう類の辱めも受けておりません。まあ私自身はそう思っていますので、心配は必要ないですよ」
ユーリもそんないつものセリアリスらしい物言いに、漸くそこで安堵する。セリアリスがもし嘘をついていたら、そんな表情ができるはずがないのだ。ただアレックスはまだ少しだけ懐疑的なのか、気になった事を聞いてくる。
「セリアリス、自覚が無いと言っていたが、もしかしたら気を失っていた時間があるのか?」
「はい、囚われる時に不意をつかれ気を失いました。その後気が付いた時には椅子に拘束され、魔法を阻害する魔導具の手錠をはめられておりました。ただその際にも着衣の乱れ等も無かったので、私自身は特段何も無かったと判断しております」
セリアリスはそう言って、あえてアレックスの懸念を誤魔化そうとはせずに事実を答える。セリアリス自身は身の潔白を確信しているからだ。
「ふ、ふむ。そうか。……ふむ、ならば信じるよりほかあるまい」
アレックスはどこか自分に言い聞かせるような口振りで納得しようとする。セリアリスはそこでアレスに向き直して、現状を確認する。
「それでアレス、今この場には貴方達が来たという事だけど、他にも私の事を探している人がいるという事かしら?それとフラガの身をどうするか先生方に指示を仰ぎたいのだけど」
「セリアリス嬢、君の捜索は我ら見回りのメンバーと教員たちが手分けしてやっている。フラガに関しては、今私の父が王妃様の護衛で部隊を連れてきている。先生に話してだが、王城の牢獄にでも繋いでもらうのが妥当だろうと考えるがどうか?」
セリアリスとしては出来れば軍の憲兵に預けたいと思う所だが、逆に軍閥の長の娘という見られ方をするかも知れないので、第三者扱いの近衛騎士団に預けるのは致し方ないかとも考える。
「ならそうしましょう。アレックス様もそれでよろしいでしょうか?」
「ん、ああ。それで構わん。少なくともフラガには相応の報いは受けさせるよう近衛にも伝えておこう」
アレックスもまたアレスの意見に同意をしてフラガを睨みつける。睨みつけられたフラガは、モガモガと何やら弁明をしているようだが、誰も聞く気を持たない。そうして後から合流した教師達と共に、フラガは近衛騎士団に引き渡されるのだった。
◇
レイはフラガの引き渡しまでセリアリスに付き合った後、リーゼを連れて学院長室へと向かっていた。ちなみにセリアリス以外の人間にリーゼの素性は明かしていない。彼女は友人で偶々居合わせたので付き合って貰っただけと説明している。まあもしかしたら明日にでもバレるかも知れないが、今日に限ってはお忍びでの来訪なので本当の事を言う必要は無いと判断していた。
「それにしてもセリアリス様も大変ね」
並んで歩くリーゼロッテがぼやくように呟く。レイはその言葉の意図を探るようにリーゼロッテを見る。
「そりゃ拉致されたんだから、大変は大変だろうけど、もう解決したんじゃないのか?」
「レイ君、それは甘いわ。これって結構面倒臭い話なのよ」
リーゼロッテはそう言って、駄目な生徒を叱る様な口調でレイに言ってくる。面倒臭い?レイは訝しく思いながら言葉を返す。
「何が面倒臭いのさ。許嫁であるアレックス様の誤解は解けたようだし、実際にセリーに危害はなかっただろ?少し危なかったけど間に合ったわけだし」
「うーん、でもそれって証拠はないでしょ?」
「ん?助けた時に着衣の乱れも無かったし、それは俺もそう伝えたけど?」
「でも意識が無かった時の事は判らないじゃない」
そこで漸くレイは成る程と思う。確かに気を失っている時の事は誰にもわからない。それが判るのは犯人だけである。セリアリスは身の異変は何一つないと言っているのでレイは素直にそれを信じれるが、すべての人がそうであるとは限らないのだ。
「ああそういう事か。そうするとセリアリスいやノンフォーク家が疎ましいと思っている連中には、良い攻撃材料になるっていう事か。そうなると確かに厄介だね」
「フフフッ、レイ君正解。そうセリアリス様はアレックス第一王子の許嫁なのでしょう?どこの国もそうだけど反対勢力というのは必ずいる。それが気に食わないそういう連中にしてみれば、純潔を奪われたかもしれないセリアリス様を許嫁に相応しくないと言って来ても不思議はないもの」
確かに黒装束の男は言っていた。セリアリスが乱暴をされたというのが事実である必要は無いと。攫って噂を流す事さえできれば十分目的を果たした事になるのだと。
「えっ、ならこの事をセリーに伝えないと。そういう思惑があるって事を」
「あら、セリアリス様なら気が付いていると思うわよ」
「はっ?そうなの?」
「勿論よ。そして試されているのはアレックス様ね。多分、セリアリス様はどっちに転んでもいいんだと思うわ。だってレイ君、貴方はセリアリス様の事を疑っていないのでしょう?」
「えっ?そりゃ疑っていないけど……、それなんか関係あるの?」
勿論レイはセリアリスを疑っていない。自分が助けたというのもあるが、もしなにかあったならあそこまで自然でいられる筈がない。それぐらいにはセリアリスの事をわかっているつもりだった。ただそれは当然なわけで、それとセリアリスが何を考えているのかは全く繋がらない。
「残念、レイ君落第ね。でももしそっちに転がると私もうかうかして居られなくなっちゃうな。よし、私も頑張るぞーっ」
リーゼロッテはそう言って俄然やる気を見せる。レイはもう何が何だかわからないので、そんなリーゼロッテを見て思わず苦笑いをするのだった。
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