第九十六話 救出
フラガはセリアリスを見ながら愉悦に顔を歪ませる。今の彼女は身動きの取れない状況。いわば彼のしたいようにする事が出来る。
「で、どうだいセリアリス、今の状況は?自分が縛られて何もできない状況は?ああ、わかってると思うが、今君は魔法が使えない。その腕につけられた手錠は魔法阻害の手錠だからね」
随分と得意になっている。セリアリスは相手を見ながらそう冷静に分析しつつ、言葉をかける。
「ふんっ、それでどうすると?私を殺すとでも言うのかしら?それとも何処かへ売り飛ばしたりとでもする?」
「そんな事はしない。それに明日にはちゃーんと返してやるさ」
フラガはセリアリスの安い挑発に乗ることもなく、余裕さを崩さない。それだけ現状に余裕があるのだろう。セリアリスはそれでもなんとか揺さぶりをかける。
「貴方、私が行方不明になって捜索がされないとでも思っているのかしら?此処が見つかれば、いくらランズタウンとは言え只では済まないでしょうに」
「ああ確かにこれが俺の仕業だとわかればそうかも知れないな。ただし、俺だと言う証拠が無ければ、やりようは幾らでもある。それに捜索を期待するなら諦めた方が良い。なんせ捜索するメンバーは俺の配下だ。ああお前の頼みのレイ・クロイツェルも駄目だぞ。彼奴は今、他国の王女のホスト役で動けないだろうからな」
フラガはセリアリスの言葉にも余裕をもって答える。捜索メンバーがフラガの手の内というのは、各クラスから選抜された巡回メンバーのことだろうか?それにレイが動けないというのもセリアリスを動揺させるには十分だった。
「その珍しく余裕ぶった態度は、その辺が理由という事かしら?たかが小娘一人に大仰な事。それでこの私をどうしようというの?」
「クククッ、ようやくその澄ました顔に焦りが混じったな。なあに、お前には躾をしてやるだけだ。男に従順な人形にする為のな。ああ、心配はしなくていい。俺はこれまで色々な女を躾けてきた。何奴も此奴も最後にはヒーヒー泣き喚く従順な人形になったもんだ。お前もじきにそうなる」
フラガはそう言って腰に帯びていた剣を引き抜く。そしてその剣をセリアリスのドレスの胸元に掲げてそのドレスを引き裂こうとする。その表情はどこまでも下種のそれで、セリアリスは流石に羞恥と屈辱で顔を背けてギュッと目をつむる。
カーンッ
ドレスが引き裂かれると思ったセリアリスの耳に聴こえてきたのは、甲高い剣が弾かれる音。
ガキンッ
そして剣と剣が激突したかのような鈍い金属音。セリアリスは何故か安堵にも似た気持ちが広がりその目を開くとそこには自分の前で剣を重なり合わせるレイの姿を捉える事ができた。
「ああ……、レイ……」
思わず溢れる安堵の声。セリアリスは目の前で敵と対峙するレイを見て、嬉しさと申し訳なさがごちゃ混ぜになった複雑な感情を抱くのだった。
◇
レイは部屋の様子を窺った時にフラガがセリアリスに剣を向けているのを見て、咄嗟に体が動く。
カーンッ
初撃でその剣を掬い上げ、驚愕するフラガに対し返す刀でフラガを斬りつける。
ガキンッ
すると後方に居た筈の黒装束の男にその剣を止められる。その男は力でレイの剣を押し返し、レイとの距離をとる。
「チッ、偉い速い奴だな。初撃は完全に間に合わなかったぜ」
黒装束の男は軽い口調で悪態を吐く。むしろそれはレイの台詞だ。フラガに斬りつけるタイミングは決して手を抜いたものではない。レイは剣を構えつつ目の前の黒装束に対峙する。
「それはこっちの台詞だろ。邪魔だてする気か?」
レイは怒っていた。レイが咄嗟に動いたのはセリアリスの苦悶に満ちた表情を見たからだ。彼女は強く優しい。それを不当な手段で踏みにじろうとしたのだ。だからこそ振り下ろす剣にも迷いは無かった。
「フンッ、まあ俺は与えられた仕事をこなすだけだ。ああこのクソガキは好きにして良い。ただ殺されるのは困るがな。それ以外の面倒は俺の仕事外だ。ただその嬢ちゃんにはもう少し付き合って貰う。必然的にお前にも付き合って貰うがな」
そう言ってその黒装束の男が動き出す。
『速いっ』
その男から放たれた斬撃はこれまで見た事のあるものよりも速く鋭かった。レイはそれでもシルフィの助力もあってそれに反応し、その剣を弾く。
「ゲッ、まじかよ。今のに反応出来るのか!?」
黒装束の男は感嘆の声を漏らす。むしろこれほどの斬撃を繰り出す相手にレイの方こそ驚愕するのだが、やられっぱなしも面白くない。なので今度はレイの方から仕掛ける。
「飛ぶ斬撃って見た事あるか?」
「はっ?」
レイは風をその剣に纏うと、少し距離のある相手に思いっきり剣を振り下ろす。すると剣から風の刃が斬撃となって黒装束の男を襲う。男はそれを剣で横薙ぎに弾き飛ばす。
「クッ」
黒装束の男は辛うじて弾き返すが、その威力に思わず顔を顰める。するとその間合いを詰めたレイが剣を振り下ろす。
ガキンッ
男は済んでのところでレイの剣を遮り、忌々しそうな声を出す。
「あっあぶね〜え、殺す気かっ」
レイは再び距離を取ると訝しい表情になる。どうも調子の狂う相手だった。最初は暗殺者かとも思ったが、剣自体にはそういう邪気が感じられない。態度と言うかその雰囲気も暗殺者のそれとは違う。ただ強者というのは間違いない。するとさっきまで2人の攻防に呆気に取られていたフラガが怒り狂った声を出す。
「おい貴様、さっさとクロイツェルを殺せっ、クロイツェル、何故貴様が此処にいるんだっ」
すると黒装束の男は容赦なくフラガを蹴り飛ばす。
ドカッ
蹴り飛ばされたフラガはその場で蹲り動かなくなる。その部屋にいた他の黒装束の男達は悲鳴を上げて慌てて逃げ出していく。レイは相手の目的が理解できず、その事を問い掛ける。
「これはどういう事だ?」
「ははっ、まあプランBって奴だな。このアホはくれてやる。まあ他の連中は見逃せっちゅう話だ」
黒装束の男はそう言って肩を竦める。既に戦意は感じられない。レイとしても事が大きくならないのであればそれに越した事はないのだが、いまいち相手の目的がわからない。
「そのプランBとは?」
「そこは多くは語れんって奴や。まあそうだな、セリアリス嬢を苦境に立たせたいという輩がいる。既に奴らは現時点で目標を達成したって話だ。本来ならそこのアホが嬢ちゃんを好き勝手にして全てが台無しになるって話だったが、相手にとってはそこまでしなくても十分って事なんだろ。まあ後は戻ればわかるやろ」
すると背後からセリアリスが口を挟む。
「私を貶めるですか。どうやら婚約を嫌がる方々の差し金ということかしら。ならもうこれで結構です。ただフラガは許す事は出来ません。彼には相応の罰があって然るべきですから」
「えっ?良いの?なんなら彼もふん縛って証人にでもなんでも出来ると思うけど」
そう言ってレイはセリアリスに目を向ける。黒装束の男はギョッとした雰囲気を見せるが、セリアリスは首を横に振る。
「構いません。もう良いでしょう。幸い私は無事で首謀者は捕まえました。なら後はなるようになるだけ」
レイはセリアリスにそこまで言われると、それ以上は強く言えないので諦めることにする。すると黒装束の男は、明るい声で軽口を叩いてくる。
「いやー、セリアリス嬢話がわかるね。ほな自分はこれでお暇しますわ。……あっ、そうそう、俺の関与は此処まで。もう敵対する事はない。俺はこういうのは本業ではないからね。それともう一人気をつけた方がいい奴がいる。多分そのボンクラよりかは厄介だから注意したほうがいいよ」
「貴方は一体……、それにもう一人?」
「残念ながらこれ以上は守秘義務だ、じゃあねー」
その男はそう言ってその場からいなくなる。レイは拘束されたセリアリスを解放した後、俯いてノビているフラガを逆に拘束する。するとセリアリスはレイが立ち上がったタイミングでその胸に飛び込んでくる。
「レイ、ありがとう」
レイは小さく震えるセリアリスの背中に手を回し優しく抱きとめる。
「いや遅くなってごめん。怖い思いをさせたね」
「ううん、私が油断してたのよ。レイは悪くないわ。レイは大事なところで間に合ってくれたから、だから、ありがとう」
レイとしては本来の護衛役の立場もあり忸怩たる思いもある。ただセリアリスにしてみるとそれは我儘であり、それでもそれに付き合ってくれるレイに感謝の気持ちしか無かった。
するとそこにヒョコッとリーゼロッテが顔を出す。彼女は事の成り行きが収まるまで部屋の外で隠れてもらっていたのだ。
「あーっ、レイ君、抱きしめるのはやり過ぎじゃないかしら?」
リーゼロッテは剥れ気味にそう声を荒げる。セリアリスは知らない学生が突然声を荒げて部屋に入ってきたことにビックリする。するとレイはそんなリーゼロッテに苦言を呈す。
「いや今回のは仕様がないだろう?流石に不安だったんだろうから。それに別にやましい気持ちがある訳じゃ無いしね」
「え、えっとレイ?この方は?」
どうやらレイの知り合いらしいというのはセリアリスも分かったので、思わず口を挟む。レイはどう説明しようかと考えるが、それより先にリーゼロッテが答えてしまう。
「私はセルブルグ連邦の加盟国の一つハミルトン王国の第一王女、リーゼロッテ・ド・ハミルトンです。それとレイの婚約者ですわ」
「はっ?王女?いえ、婚約者?って、レイあなた、ユーリの事はどうするのよっ」
リーゼロッテの爆弾発言に抱きつかれた体勢から胸ぐらを掴まれ、セリアリスに問い詰められる。
「い、いや、ちょっと待って、セリー落ち着いてっ、リーゼ、嘘教えないでっ」
レイはしどろもどろになりながら、なんとかセリアリスを振り解くと慌ててセリアリスに弁明する。
「あーもう、リーゼが王女様っていうのは本当。ただ婚約者と言うのは嘘。俺は彼女の申し出を断っているからね。リーゼも嘘を教えないでくれ」
セリアリスはまだ懐疑的な表情でレイを見る。
「って言うか、レイとリーゼロッテ様は知り合いなのかしら?結婚の申込みって、私初耳なんだけど?」
「リーゼはセリーと一緒で、以前クロイツェルに来た事があるんだよ。だから友人関係ではある。結婚云々は断った話だし広めるような事でも無いからね」
するとリーゼロッテが二人の会話に横槍を入れてくる。
「あら私はまだ諦めていないわ。私の旦那様はレイだけだもの。なのでセリアリス様、あまりレイにはちょっかいを出さないで下さいませ」
「あら私はレイの昔馴染みとして接しているだけです。貴方が婚約者なら気にもするでしょうが、断られた相手なら気にする必要はありませんわ」
セリアリスも何故か無駄な負けん気を見せて、リーゼロッテに対抗する。レイはそんな2人に溜息を吐きつつ、ポンポンと2人の頭を撫でる。
「ほらほら、2人とも今の状況はそれどころじゃないだろ?俺にとっては2人とも大事な友人なんだから、無駄にいがみ合わないで欲しいな」
すると今度は2人して少し顔を赤らめ息の合ったところを見せる。
「レイ、私はレイのそう言うところがダメだと思うわっ」
「そうよレイ君、そう言うのは他の子にしたら絶対駄目なんだからねっ」
「ええーっ」
レイは何故か同じような事で責められて思わず顔を痙攣らせる。2人はその後もレイの駄目なところを交互で並べたて、気付けばすっかり意気投合するのであった。
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