第九十三話 Aクラスの異変
リーゼロッテにいきなりしがみ付かれて、レイは慌てて振り解く。
「ちょっ、お姫様がいきなり何してんの?それになんで1人で?あと、なんで制服姿なのさ?」
「もう、ちょっとくらいくっ付いたって良いじゃない。護衛は先に王城へと戻らせました。アレが付いてたらお忍びじゃ無くなりますもん。それに制服姿ならお忍び感が増すじゃない」
リーゼロッテはレイに引き剥がされた後、頬を膨らませ不満顔をしながら説明する。レイは帰らされた護衛を不憫に思いつつ溜息を吐く。
「お忍び感って……。一国の王女にあるまじき発言だね。まあとは言え、大体事情は察したよ。ちなみに公式の行事は何があるの?」
「勿論レイ君に会いに……て、ごめん、ごめん。だから睨まないで。もう折角久しぶりに会ったんだから、もう少し甘い雰囲気を出してくれても良いのに。今回はエゼルバイト側からのご招待。明日のクラス別対抗戦の観戦もそうだけど、何でも新しい古代遺跡が見つかったんでしょう?将来共同研究するにあたってセルブルグ連邦の魔法学園と王立学院で交流を深めましょうというのが目的。ほら私、学園では生徒会会長だから、学園生徒代表なのよ」
リーゼロッテはそれ以上レイの機嫌を損ねたくないのか、素直に来訪の理由を説明してくる。
エゼルバイト王国とセルブルグ連邦は同盟国だ。セルブルグには多数の古代遺跡が国内にあり魔法学的にはエゼルバイト王国より進んでいる。当然魔法学園も最先端知識を所有しており、共同研究の話も理解できる。そしてリーゼロッテがその学園の生徒会長というのは知らなかったが、彼女の家からすれば当然の事だろう。
レイとリーゼロッテは旧知の仲だ。ちなみにリーゼロッテはレイより2つ年上で2人が出会ったのは3年前まで遡る。
レイはその頃エゼルバイト海軍の遊撃兵として時折軍船に乗っていた。ある日レイが軍務に付いている時に海難事故が発生した。海での移動では魔物による事故は少なからず発生する。エゼルバイト近海の安全確保に軍は定期的に船を出すのだが、運悪く魔物に襲われている船があり、それを救助にあたったのがレイの乗る船だった。魔物は大型のクラーケンでレイ達がついた時には既に救命ボートでの避難まで進んでおり、クラーケンの一撃で救助ボートまで大破されようとした時に助けたのがレイだった。レイはその後クラーケンを退け、クラーケンによって沈められた船の乗客を救い出した。その乗客の1人が今目の前にいるリーゼロッテである。彼女はその後、2ヶ月程クロイツェル邸に滞在しすっかりレイと仲良くなるのだが……。
「そう、ちゃんと理由があるなら良し。改めてリーゼ、久しぶり。元気そうで何よりだよ」
「もう最初からそう言ってくれれば良いのに。ちなみに私の気持ちは変わってないからね」
「いや、それはもう断ったでしょ?俺は君の婿にはなれないよ」
そうリーゼロッテは自分を助けてくれたレイをすっかり気に入ってしまい、その後国に戻った後国王を説き伏せてレイを婿にと正式な申し込みをしたのだ。因みに彼女の国ハミルトンは連邦の1つの国であり小国でありながら歴史の古い王国である。そして彼女の兄弟は全て女子で、彼女自身が王位継承権一位という存在である。だから彼女は婿を取らなければならないのだが、レイはそれをあっさりと断っている。いくら王配の座が約束されているとはいえ、彼は彼とてクロイツェルの名を捨てる訳にはいかないのだ。
「もう、折角私がお父様を説き伏せたって言うのに、断るなんて酷いわよ。私は絶対に諦めないんですからね」
「いやそう言われても困るんだけど。俺はクロイツェルを継がなきゃいけないんだから。それにリーゼだったら、他に良い相手は幾らでも見つかるだろ?すごく綺麗で王女様なんだから」
レイはそう言って話を躱そうとする。実際にリーゼロッテは綺麗な女性だ。その明るい性格も魅力的だと思う。ただそんなレイの発言を王女様はお気に召さない。
「だからそういう風に言い寄ってくる人は嫌なの。そういう人は権力だったり、見てくれだけだったり、私の内面を知ろうとしないもの。レイはちゃんと私の内面を知っててくれるでしょ?それに王女だって聞いた後も変わらず接してくれて。だから私の側にはレイにいて欲しいの」
「はいはい、そう言ってくれるのは嬉しいし、俺もリーゼの事は幸せになって欲しいと思ってるよ。大事な友達だからね」
レイはリーゼロッテに率直な想いを告げられ少し照れるが、その想いには応えられないので、応えられる最大限を伝える。リーゼロッテもレイの気持ちが変わらないのがわかっているのか、そこで小さく肩を竦める。
「もう、頑固なんだから。まあ良いわ。今日でどうこうなるものでもないし、折角偶然レイのエスコートを受けられるんだから楽しまなきゃ損よね」
「ははっそう言ってくれると助かるよ。麗しの王女様」
レイはこの場はなんとか収めてくれたリーゼに苦笑いで返す。するとリーゼが一つ注文を出してくる。
「駄目、今日の私は王女じゃなくレイ君の同級生よ。王女様とか敬語とか禁止だからねっ」
「ああわかったよ、リーゼ。なら我が学院の学院祭を楽しもうか」
そう言ってエスコート役のレイはその左手を前に出す。するとリーゼロッテは嬉しそうにその手を取り、うん、と頷くのだった。
◇
レイがリーゼロッテと学院祭を楽しむ中、Aクラスでは異変が起きていた。今日は演劇の本番。舞台開演の時刻が迫ってくる中、王妃の元へ挨拶に行った後、セリアリスが出演者控室に戻ってこないのだ。最初は王妃の所で引き留めでもあっているのだろうとさして心配をしていなかった。ただ時間が経つにつれ心配する声が上がり、アレックスが王妃を来賓席に案内した後、陣中見舞いとばかりに控え室に来た時、セリアリスは大分前に戻って行ったと言ったのだ。
「アレックス様、それではセリーは何処へ行ったのでしょう?」
そう告げられたユーリは半ば食ってかかるようにアレックスに言う。勿論、行き先を知らないアレックスも困惑顔だ。
「いやすまないが、私もここに戻ったのだとばかり思っていたのだ。本人もそう言っていたしな。それに母上を大講堂の貴賓席へ案内する際に、セリアリスらしき人影は見ていない。だから行き先は見当も付かない」
「セリアリス様の事ですから、何処かで困った人でも助けてらっしゃるんじゃ無いでしょうか?」
そう伝えてきたのはエリカだ。彼女も劇の出演者で重要な登場人物の1人である。確かにセリアリスの性格なら正義感でそういう行動をとってもおかしくはない。ただ仮にそうだとしても、連絡くらいはする卒のなさもある。だからユーリは首を横に振る。
「ないとは言えませんが、それにしても不自然です。セリーは責任感が強いので連絡しないような考えなしな行動はしないでしょう。取り急ぎ手の空いている人で探しに行って貰った方が良いと思います」
「うむ、ならクラスで手の空いている人間に探させよう。ただもしも戻ってこなかった場合、劇そのものも如何するか考えないと」
そう言ってエリクは、ユーリの意見を尊重しつつ、もう一つの問題点を提起する。この演劇は多くの来賓者が観覧するのだ。迂闊に止める訳にはいかないのだ。ただセリアリスを信じているユーリはその発言が気に食わない。なので思わずエリクに噛み付いてしまう。
「今はセリーの身の安全が第一ではないのですか?それを帰ってこないなどと不謹慎では?」
「いや君が心配する気持ちはわかるが、常に最悪の状況に備えるのも私達の仕事だ。今回は国内外の要人が観覧する。それらの人に国としての失態を晒す事は出来ない。君も貴族なら状況に応じた判断をするべきだ」
エリクの言い分は正論で今回の演劇は貴族のみならず平民の子達も含めたクラス全員で積み上げてきたものだ。なのでユーリもそれ以上は強く言えず言葉を詰まらせる。するとエリカが優しくフォローを入れてくる。
「セリアリス様が戻って来れば、全て元どおりになります。まずは見つけ出すことをクラスのみんなに託しましょう。ただ備えもまた必要です。とは言え誰が代わりになりますでしょうか?」
そこでエリクとエリカは顔を見合わせ悩み出す。セリフ含めてキチンとこなせる人間など、同じ役者メンバーでしか考えられない。なので脇役メンバーから誰かをあてがって、脇役を急造するしかないかなどと話をしている時に、アレスがそこにやってくる。
「ふむ、それなら俺が対応しようか?」
「アレスが?」
思わずそう声を上げたのはエリクである。今回のアレスの学院祭での役割は学内の見回りである。これは各クラス1名が代表で選出され組織されるメンバーであり、このメンバーは原則クラスの催しの参加免除となる。当然、アレスもこれまでクラスの催しには不参加だったので、エリクが怪訝な表情を見せるのも仕方がなかった。ただアレスはそんなエリクの視線を気にする事もなく平然と答える。
「ああ、まあ俺が一番時間の都合を付けやすいというのが一点。それと今回の劇に関して、俺なりに興味があって、台本の内容は一通り頭に入っている。まあ台詞回しで閊えるような事は無いだろう」
アレスはそう言うとセリアリスが言うべきセリフをつらつらと諳んじて見せる。エリクは軽く目を剥くが、そのセリフ回しを聞く限り、本人の言っている通りなのだろうと納得する。
「いや正直アレスがこの演劇にセリフを覚えるまで興味があるとは知らなかった。うん、それなら代役も務まりそうだ。ならすまないが、セリアリス嬢がもし戻らない場合は代役を頼めるか?」
「勿論、俺もクラスの一員だからな。まあセリアリス嬢が見つかるのが良いだろうから、俺も見回りのメンバーにはそれとなく声を掛けておこう」
アレスは鷹揚にそれに応じて、かつセリアリス探しの手伝いも買って出る。ユーリはそんなアレスに感謝しつつも、セリアリスの不在に胸を痛めるのだった。
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