第九十一話 小競り合い
レイは聞こえた叫び声にすぐ反応する。叫び声の方には既に人垣ができつつあるが、その合間をすり抜けるように足早に移動する。そして辿り着くと、転んでしゃがみ込むニーナを見つけて、慌ててその傍へと駆け寄る。ニーナは駆け寄ったレイを見つけるとすぐにしがみ付き、涙を零し始める。レイはそんなニーナを抱きかかえその頭をやさしく撫でながら、目の前で背を向けるメルテに話しかける。
「メルテ、何があった?」
「大丈夫、私がニーナを守る。ニーナに危害を加えた奴はこの場で燃やし尽くす」
メルテが不穏当な発言をして見据える先には、同じDクラスのフラガ他数名の貴族の子息らしい生徒がいる。その生徒達は何やら不満げな表情でこちら側を見て、駆け寄ったレイに言いがかりを始める。
「チッ、クロイツェルか、貴様その小娘の関係者か? その小娘のせいでこの俺様の服が汚れてしまったじゃないか? 貴様どう落とし前をつけてくれるんだ?」
そう言ったのはフラガの取り巻きらしい貴族の子息。良く見るとその貴族の子息の服には僅かながら食べ物の汚れが付いているように見える。レイはそれを見てその貴族は無視し今度はメルテの方を見る。メルテはそれに対しこちらに非は無いと反論する。
「お前らが無駄に道に広がって歩いている方が悪い。小さい子供殴るなんてクズの所業。燃やされたいの?」
レイはまあ大体何があったのかを把握し、さてどうするかと口を開こうとしたところで、セリアリスの声が響く。
「貴方達、こんな小さい子に声を荒げて貴族として恥ずかしくないのかしら」
そして人垣の中から男装の麗人の姿でセリアリスは登場し、メルテの前に立ってフラガ達ボンボン貴族を睨みつける。ボンボン貴族は一瞬セリアリスを見てたじろぐが、すぐに気を取り直しセリアリスに食って掛かる。
「うるせーっ、今貴様は関係ないだろうっ。俺達はそこのガキとクロイツェルに用があるんだっ。こっちは被害者、そっちは加害者、相応の対応をしたまでだっ」
「ふん、小さい子に暴力を振るっておいて被害者が聞いて呆れるわ。貴方どこの家の者? これ以上喚きたてるなら、ノンフォーク公爵家として正式にあなたの家に抗議させて貰いますわ」
セリアリスがノンフォーク公爵家の威光をもって相手を追及すると、そこで漸く取り巻きのリーダーであるフラガが、前に出てくる。
「おいセリアリス嬢、余り調子に乗るなよ? 例え公爵家でも侯爵家に対しそうそう偉そうな口を利けると思っているのか?」
「あら、レイに模擬戦で負けたフラガじゃない。貴方レイに敵わないからって小さい子に手を上げるほど狭量なのかしら? ならその事実を公然と話させていただくだけだわ」
「クッ、貴様っ、……チッ、まあいい。お前がそうしていられるのも今の内だけだ。精々最後の栄華を楽しむんだなっ。おいっ、貴様ら行くぞっ」
フラガはセリアリスの安い挑発に睨み付けつつも悪態をついてその場を離れて行く。取り巻きもフラガの後に慌てて付いていき、その場は丸く収まる。レイは、そんなセリアリスの傍まで行くと、素直に礼をいう。
「セリー、助かったよ。なんだか面倒臭い事になりそうな感じだったから、そうならずに済んでホッとした。有難うセリー」
「ん? ……ううん、別に大した事をした訳ではないから気にしないでいいわ。それよりその子は大丈夫?」
セリアリスはフラガの最後のセリフが少し気になったが、所詮捨て台詞よねと思い直しレイに抱っこされる少女に目を向ける。
「ああ、この子には風の守りが付いているから実際に痛い思いとかはしていないと思うよ。それよりもビックリしたって言うのが正直な所かな。な、ニーナ、痛い所はないだろ?」
するとレイの方に顔を埋めていたニーナがひょこっと顔を上げ、レイを見る。
「うんとね、さっきの人が急にバーンってきたから風さんがニーナをフワッとしてくれてニーナ転んじゃったの。そしたらメルテお姉ちゃんが怒ってニーナもびっくりしてキャーって言っちゃったの」
「うん、ニーナが無事で良かったよ。メルテもニーナの為に怒ってくれてありがとうね」
「お姉ちゃんがニーナを守るのは当然。私はニーナのお姉ちゃん」
メルテはそう言って、さっきまでの怒気が霧散していつもの調子で軽く胸を張る。まあ今回の出来事自体は運が悪かった程度で済む内容だったので、レイは改めてセリアリスの方に目を向ける。
「取りあえずは今回は大事になってないから、ニーナの事は気にしなくていいよ。さて、折角のお祭りなんだから、こんなところで時間を食ってたら勿体ない。ああ、セリーやユーリはこの後どうするの?」
レイはこの件はもう終わりとばかりに話を替えてきたので、セリアリスも気にする事なくレイの質問に答える。
「私達はこの格好で歩き回れば宣伝になるらしいから、特に予定はないわ」
「うん、なら折角だから一緒に学院内を周ろうか? ニーナやアリス、メルテも一緒になるけど嫌じゃなければね」
「フフフッなら私はアリスさんと手を繋ごうかしら。よろしいですか? レディ?」
セリアリスが珍しく悪ノリをして片膝をついてアリスに手を差し出す。するとアリスは顔を真っ赤にしてテレながらその手を受け取る。そうして人数の増えた一行は、周囲に注目されながらも楽しげに学院祭を楽しむのであった。
◇
レイ達が学院祭の初日を楽しんでいる一方でアレックスは王妃に呼び出され王城へと来ていた。本当であれば明日の演劇や学院祭自体をユーリと過ごそうと思っていただけに正直この呼び出しはアレックスにとって不満の残るものなのだが、相手が母親である王妃とあっては断る事も出来ない。なので致し方なく、今こうして王城内にある王妃の居室に足を向けている。
『ああ、劇は兎も角学院祭をユーリと回りたかったな』
明日の演劇自体は正直自分が良い演技をできる訳でもないので、残念と思う反面、ホッとする自分もいる。ただ学院祭内を一緒に見て回るというのは、前世の自分も体験した事のないイベントだったので、かなり楽しみにしていたので残念で仕方がなかった。
『よりにもよって母上が学院祭に来るなんて、想定外だったよ』
毎年の通例で学院祭のメインイベントであるクラス別対抗戦にくるのは可能性があると思っていたが、まさか2日連続で来るとは思っていなかったのだ。しかも今日は事前の打ち合わせという事で、実際に警備にあたる近衛騎士達との顔合わせもある。アレックスはホスト役なので、それらの人物達も知っておく必要があるのだ。
『面倒臭い、さっさと終わらせて学院に戻りたい』
すっかりモチベーションの下がったアレックスはそれでも重い足取りながら、王妃の居室の扉の前まで来ると、その扉をコンコンコンコンとノックする。
「アレックス・フォン・エゼルバイト、お呼びにより参上しました」
扉を開けそう宣言すると中より、王妃の声がかかる。
「あらアレックスいらっしゃい。今日はわざわざ来て貰って悪かったわね」
アレックスは王妃に促されるままに案内されたソファに身を沈めると、王妃もまたその正面に座る。そしてお付の侍女がお茶を用意しそれを振る舞われた所で、王妃がアレックスに声を掛ける。
「こうして貴方とお茶をするのも随分久し振りね。学院の生活はどうかしら?」
「そうですね。幸い友人にも恵まれていますので、上手くやっておりますよ。クラス別対抗戦でも代表に選ばれていますしね」
アレックスそう言って無難な返しをする。現状学院生活に大きな不満はない。ゲーム進行上も大きな失点はないとアレックスは考えていた。そんなアレックスに対し王妃も返しが無難だったので、やや踏み込んだ内容を聞いてくる。
「そうそれは良かったわ。そう言えばセリアリスさんとの仲も順調なのかしら? それにユーリさんやエリカさんと言ったかしら? 明日は彼女達とも会えるのでしょう?」
「そうですね、何をもって順調なのかと言われれば困りますが、特段喧嘩する事もなくと言ったところでしょうか。勿論、ユーリやエリカは生徒会メンバーでもありますし、お会いする機会もあると思いますが」
「フフフッ、アレックス、母には全て御見通しなのですよ? あなたがセリアリスさんよりもユーリさんの方に熱心だという事もね。勿論エリカさんも候補と言われていますが、貴方はユーリさんをこそ傍に置きたいのでしょう?」
アレックスは突然王妃より突っ込んだ話題を振られてドキッとする。確かに現状アレックスにとって、ユーリこそ一番気になる女性だ。許嫁のセリアリスは勿論、エリカも魅力的な女性ではあるのだが、ユーリは別格だと思っている。だからこそその図星を突かれて軽く目を剥く。
「い、いや確かにユーリは魅力的な女性ですが、セリアリスやエリカも十分に魅力的な女性ですよ。勿論セリアリスは許嫁でもありますしね」
「あら、それならばもし仮にセリアリスさんが許嫁でなければ、貴方は誰を選ぶとでも言うのかしら?」
「それは勿論ユー……、いやセリアリスは許嫁ですからそんな仮定の話は想像できませんよ。それよりも今日はこのような話だけでしょうか? であれば、学院でやる事もありますので戻りたいと思うのですか?」
アレックスは一瞬考えなしにユーリと答えそうになるが、迂闊に変な事を言って王妃に掻きまわされないとも限らないと思い、慌てて話を逸らしにかかる。
「もう、偶の親子の会話でしょう。息子がどんな女性に興味があるのか位聞いても罰は当たらないでしょうに。まあ、良いですわ。既に引き合わせる人は呼んであります」
王妃はつれない息子に少しだげ不満げな顔をするが、すぐに人を呼びに行かせる。すると少しして一人の壮年の男性がアレックス達の前に現れる。勿論アレックスも見知った相手であり、アレックスはその人物を見てニコリと笑みを見せる。
「やあグレイス伯爵、久しぶり。今回の母上の警護はグレイス伯爵自らがするのかい?」
「ええ殿下、お久しぶりです。今回の王妃様の警護役は私の部隊が担当致します。王妃様や王子様に危害が及ぶような事はこの私が許しませんので、どうかご安心下さい」
今そう言って挨拶したのは、前近衛騎士団騎士団長で、アレスの父でもあるグレイス伯爵である。彼は誕生会の近衛騎士団の失態でその責で騎士団長を降格させられていたが、彼が実際に警護の場にいたわけではなく、責任者としての責を負わされたに過ぎない。実際は近衛の中でも随一の剣技を誇る実力者であり、当然アレックスもグレイス伯爵の実力は知るところだった。
「ははっ確かに伯爵自ら護衛を担当してくれるなら、非常に心強い。その際は是非よろしく頼むよ」
「ではアレックス、明日当日はあなたはホスト役として私の案内をなさい。私達の護衛はグレイス伯爵が行いますのでそのように。ああ後、ユーリさん達にも会いますからそのつもりでね」
「うっ、は、はい。承知しました」
アレックスは念押しをするように明日の予定を喋る王妃の言葉に一瞬言葉を詰まらせるが、まあこればかりは仕方がないと素直に承知する。王妃はそんなアレックスを満足そうに見た後、スッとグレイス伯爵と目を合わせる。王妃のその瞳は怪しく揺らめき、グレイス伯爵は決然とその視線を受け止めていた。
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