第八十九話 学院祭開幕
ようやく学院祭の開催です。と言っても次回以降がメインですが。
王立学院の学院祭は王都の住民にしてみれば、大きなお祭りの一つだ。学院内にはクラスが出店した飲食店やアトラクションが立ち並び、魔法を駆使した大道芸らしきものも披露される。普段は一般の人々が立ち入れない場所だけに、興味もそそられるのだろう。3日間の開催にも関わらず多くの来場者で学院内はごった返す。レイは学院祭が近付くにつれ、学院内が様々なデコレーションをされていく様を見ながら、自身もそれを楽しみにする気持ちが強くなっていくのを感じ、少しだけ恥ずかしそうに苦笑する。
『まあお祭りだし、楽しまなきゃ損ではあるんだけどね』
レイ自身は学院祭準備で特段役割は無い。なぜならクラス別対抗戦の選手に選ばれたからだ。今年のクラス別対抗戦は例年と違い少し特殊だ。例年は学年毎によるクラス別対抗戦であり、3学年ある年代毎で優勝者が決まる。そしてその後学年選抜が学校一を競う形なのだが、今年は3学年合同のクラス別対抗戦となっている。何故この形になったかというと、その優勝者に与えられる賞品が例年と違い特殊だからだ。
『まさかあの古代遺跡の探索権が優勝クラスに与えられるとはね』
そう先日ユーリと見つけた大神殿地下にある古代遺跡の探索権が優勝者に与えられる事になっているのだ。ちなみに古代遺跡探索の参加メンバーは優勝したクラスから5名選抜される。その他優勝したクラスの担任や遺跡に関する研究者などが学院長指名で参加する事になるらしいが、これは栄誉と共に実利のある魅力的な景品だった。ただ参加人数を無闇に増やす訳にはいかず、その上、実力の無いものを参加させるわけにもいかない為、なら一気に決めた方がいいだろうとの思惑で3学年合同の形となった。
『まあミリアム先生が納得できる範囲で頑張ればいいか』
今回レイの所属するDクラスメンバーはレイとジークとメルテの3名。優勝候補といわれる3年Bクラスの生徒会長率いるクラスや2年Cクラスの現役Aランク冒険者のいるクラス、1年Aクラスのアレックスのいるクラスなどに次いで前評判は高い。ミリアム自身は優勝を目標に掲げているが、実際はベスト4にでも行けば御の字だろうとレイは思っている。
そして今レイは学院の喧騒の中、修練場へと足を向けている。今日は此処でセリアリスが修練を行っており、引き続き護衛の任を行う為だ。
「いやーっ」
セリアリスが女性の剣士に気合を入れて剣を振るっている。女性の剣士はそれを冷静にいなしつつ、セリアリスに対し距離を取る。セリアリスはそこで剣を持っていない手を前にかざし、魔法を発動させる。
「サンダーッ」
バリバリッと音を立ててその剣士に雷が直撃すると相手の剣士は一時体を硬直させる。
「せいやーっ」
セリアリスはその隙を見逃さず、一気に間合いを詰めるとその剣士の首筋へと剣を振り下ろす。
「クッ、参った」
女性の剣士より降参の言葉が告げられるとセリアリスの振り下ろした剣が女性剣士の首筋でピタッと止まる。そしてセリアリスはその剣を鞘に戻すとフーッと大きく一呼吸する。
「セリアリス様、お見事でしたね。それとサラ、久しぶり。今のは受けちゃ駄目だよ。回避で動かないと」
レイはそう言って、2人に向かって声を掛ける。セリアリスはそれに笑顔で応えつつ、降参した少女の方に目を向ける。少女の名前はサラ・ブライトナー。Bクラスの女子で以前レイとは交流会でダンスを踊ったりした仲でもある。サラは少し不満そうにレイに向かって文句を言う。
「そうは言っても雷魔法って速いんだよ?避ける前にバリバリって来て直ぐ動けなくなっちゃうんだもの。あんなの避けようがないじゃない」
「ははっ、あれは発動したら避けられないよ。発動前に視界から逃れるのさ。あれは速いだけに魔法自体は直線的だからね。狙う所は融通が利かないのさ」
「ちょっとレイ、人の弱点を堂々と他クラスの生徒に言いふらすのはどうなのかしら?サラさん、いい訓練になりました。またお手合わせをお願いしますわ」
セリアリスもまたあっけらかんと人の魔法の欠点を言うレイをひと睨みしつつ、サラに右手を差しだし礼を言う。するとサラもそれには気持ち良く応じる。
「はい、こちらこそ勉強になりました。私は剣技一辺倒な所があるので、ああやって魔法を絡めて攻撃する方とは余り対戦経験が無いので、また手合せしてくれると嬉しいです。……っと、それとセリアリス様とレイはお知り合いなのでしょうか?」
「ああ、俺は今、セリアリス様の護衛をしていてね。今もその任務でここに来たんだ」
「へっ、護衛?」
サラはレイから護衛といわれて驚いた表情を見せる。まあ普通に考えて同じ学院の生徒がいくら上級貴族の令嬢とはいえその護衛に付くのは異例といえば異例だった。なのでレイは驚くサラに補足の説明を加える。
「ああ、俺は今は予備役なんだけど一応軍に所属をしていてね。階級も少佐という階級についている。ほら学院内だと流石に軍の人間を入れる訳にはいかないだろ?だから予備役の俺が駆りだされたって訳」
「はい、レイの言う通り。先日の誕生会の事件があったので、私の両親も心配してそう手配したんです。私としても身近にレイがいてくれると安心できますしね」
そこでサラは漸く納得の表情を見せる。
「ふーん、そうなんだ。誕生日会の噂は聞いたけどセリアリス様も大変ですね」
「あっ、そう言えばサラの家も代々近衛騎士の家じゃなかったっけ?そっちの方こそ大変じゃないの?」
「ん、家?家は今回の誕生会には関係ないから影響はないわ。ほら私の父は今、王太后様付きの部隊の隊長だから、それには一切関与してないの。ああでも近衛騎士団自体は信用失墜で大変みたいだから、全く影響が無い訳ではないんだけどね」
そう言ってサラは肩を竦める。レイはそこでそう言えば先日王太后様の所へ足を運んだ際に近衛騎士の方とやり取りしたななどと思うが、説明するのが面倒臭くなりそこには触れずに近衛騎士団だけに言及する。
「そうか、近衛騎士団も大変なんだね。まあサラに大きな影響が無いなら良かったよ。セリアリス様、この後のご予定はどうされるのですか?」
「そうね、折角だからもう暫く訓練をしたいわ。サラさんはどうするの?」
「あっ、私も折角なのでご一緒しても良いですか?私もBクラスの代表ですしもっと訓練をしたいと思っていたので」
「なら俺も体を動かしたいので、3人で訓練しますか?2対1での対戦でもいいですよ?」
レイはそう言って少し挑発込みで自分も参戦する旨を伝える。レイ自身も代表なので修練をしても損は無い。するとその安い挑発にセリアリスとサラが敢えて乗ってくる。
「フフフッ、2対1とは余裕ね、レイ。今日こそは痛い目を見せてあげますわ」
「確かに少し舐めすぎかな。セリアリス様、やってしまいましょう!」
レイはそんな2人を嬉しそうに眺めつつ、口角を上げる。
「なら俺から参ったと言わせれば、今日は2人に好きなものをご馳走しましょう。ただ2人が参ったと言ったら、俺の食べたいものを奢って下さい」
そう言って3人の訓練が始まる。その日結局日が沈むまでその訓練は続き、結果食事は中々やめようとしない2人に根負けする形で、レイが奢らされる羽目となった。
◇
パンッパンッパンッ
上空に景気良く花火が上がる。それは3日間に渡る学院祭開幕の合図だった。既に王立学院の門の前では一般入場を待つ人々が列をなしている。それは毎年行われる光景であり、それだけ王都の人々に根付いたお祭りであることを示唆している。レイ達生徒はそれを校舎内の教室の窓から眺めながら、自クラスの出し物の準備をしている。
「はい、テーブルはキチンと並べて、ほら、店員メンバーは制服に着替えてっ」
そうやってクラスメンバーにテキパキと指示を出すのは、アンナである。アンナはミリアムの無茶振りに耐え、何とかDクラスの出し物であるメイド喫茶の準備を完遂していた。ちなみにレイ達クラス対抗戦メンバーはこの出店準備を免除されていたが、当日には役割がある。レイとメルテに関しては、店内での給仕。ジークは流石に第二王子の為免除をされていたが、当人が何もしないのも決まりが悪いとビラ配りを買って出ている。
因みに今レイが着ているのは黒の燕尾服。髪はオールバックに纏められ、優雅な佇まいを見せている。所謂、執事スタイルである。ちなみにクロイツェル家には侍女はいるが執事はいない。ただレイ自身は執事を見る又は接する機会は少なくない。特にここ最近ではノンフォーク家の執事の方とは話す機会が多い為、今回の所作の参考とさせて貰っていたりする。
そしてメルテやアンナといった女性陣は、所謂メイド服である。ただし、通常のメイド服よりもやや華美な印象を与える服であり、ヒラヒラのフリルがあしらわれたやや丈の短いスカートのものになっている。なんでも学院内に家のあるアンナは毎年の学院祭を見ており、学院祭のこの手の喫茶店ではこれが普通らしいと当人が熱く語っていた。最初こそ女性陣も恥ずかしがる素振りを見せていたが、次第に慣れてきたのか今では嬉しそうに着こなしている。
するとそんな準備の最中、クラス担任であるミリアムが教室内のメンバーに聞こえるように話出す。
「あー、諸君、準備の手を休めずに聞いてほしい。これより学院祭が始まるがくれぐれも一般の来場者と揉める事の無いように頼む。また、もてなす事も大事だが、自らが楽しむ事も大事だ。アンナがそれぞれの仕事の割り振りを作っているので、仕事の時間、空いている時間と上手く使い分けて精一杯楽しむが良い。さあ、これからはお祭りだっ、それぞれ良い思い出を作るがいいっ」
「「「はいっ」」」
ミリアムの宣言にクラス全員が一斉に返事をする。いよいよ学院祭の始まり。それはレイにとって怒涛の3日間の始まりだった。
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