第八十八話 暗い炎
王城内のとある執務室内で、ある貴族の会合が開かれていた。
「そろそろ頃合いですかな?」
「確かにノンフォーク公爵が自領に戻っているこの時がチャンスではありますな」
「しかし王太后の目は相変わらず光っておりますぞ」
「いやいや既に現役を退いた身。幾ばくも力なぞ発揮できないだろう」
会合に参加をしている貴族から前向きとも後ろ向きとも取れる意見が行ったり来たりする。最奥に鎮座する派閥の長は目を瞑りながらその意見に耳を傾けている。
結局は何も話は進んでいない。ここ数回同じような会合を開きそして何も決まらない。今この状況はロンスーシー派から見ればチャンスだ。国王不在の中内政に関してはほぼ手中に収めている。宰相が国王とのパイプ役となっているが、此方の政策案に余程の不具合がない限り、承認されるようになっている。むしろ国王の権威は形骸化しつつあるだろう。
ただし軍事力となるとそうはいかない。此処には長きに渡り軍閥の長としてノンフォーク家が君臨している。ただ今現時点では療養中で王都不在であり、噂では容態は良くないと聞いている。当然、此処で軍部に介入するチャンスとなるが、現状ではこれといった案も出ずに悪戯に時間だけが過ぎている。
そこで話の進まないメンバーにウンザリとした溜息を吐き、ロンスーシー公爵が口を開く。
「もう良い、やはりセアドが死んだ訳では無いのだから、大きな動きなど出来ぬだろう。まあ軍部にこそ大きな力を払えんが、それでも国内は我が手中、今暫くは見守るべきだろう」
「「「御意」」」
参加していた貴族から即座に承知する返答がくる。結局は派閥の貴族とはいえ日和見だ。もう少し決定的な出来事がない限り、動くに動けないだろう。そうして会が閉会し、執務室にはロンスーシー公爵だけが部屋に残る。するとコンコンコンコンッとノックをする音が聞こえると、ドアが開かれ身内が顔を見せる。
「兄上も災難ですね。何も決まらず、誰も動かず、ええ本当に時間の浪費とはこの事を言いますね」
「ふんっ、このような状況になったのもお前の手配した輩の失態だろう。あの場できっちり殺しておけば、今やもっと楽にノンフォークを排除出来たものを」
飄々とした表情でからかい半分に軽口を叩くアーネストに対し、ロンスーシー公爵は苦虫を噛み潰したような表情で苦情を弟に言う。
「いや私の計画は万全でしたよ。事実あと一歩のところでノンフォーク父娘を亡き者に出来たんですから。まさかあんなイレギュラーなど本当に想定外ですよ」
「それも含めてお前の情報収集不足だろう。で、結局あの仮面の男の正体は分かったのか?」
ロンスーシー公爵としては、確かに計画に不手際があったとは思わないが、それでも何かしら文句を言いたい気持ちだった。アーネストもそんな兄の心情がわかっているのか、粛々と答える。
「それに関しては、申し訳ありません。名前と所属以外の情報は殆どわかっていません。元々彼の名前が出たのもここ最近の事らしく、誕生会前に暗殺組織が多数摘発されてますが、その主導をしたのが、リオ・ノーサイスという事です。それ以前は一切足取りが掴めません」
「ふむ、違う人物である可能性は無いのか?」
確かに彼は仮面により素顔を隠しており誰か他の人物である可能性は否定出来ない。
「確かにその可能性も考えましたが、冒険者や学院生徒にはあれ程の水魔法使いの該当者がいません。やはり辺境から呼び寄せたとかが現実的かも知れませんね」
「まあそれに関しては引き続き素性を洗え。あんなのにそうそう計画を乱されたら堪らないからな」
「ええ、私も彼には興味が有りますから引き続き調査をします。ああそれと近衛騎士団に関してですが」
アーネストもその事は同じ考えなのですぐさま同意をし、そして次の話題へと移る。ロンスーシー公爵も次の話題に興味があるのか、その発言に乗ってくる。
「近衛騎士団か?」
「ええ、近衛騎士団の取り込み工作ですが、順調に来ています。彼らは今信用失墜で大分ガタが来ていますからね。王太后様に付いている部隊以外は、ほぼこちら側の手中になっています。ああ、私のクラスのアレス君もすっかり懐いてくれてますよ」
「ふふっ、我らの不足部分である武力に関して彼らが手駒になるのは僥倖だな。まあ暗殺組織の弱体化で裏から手を回し辛くなったので、トントンではあるが」
元々軍を抑えていないので、武力に関しては分が悪い。ただここ王城内においては彼らを抑える事でそのマイナス面は無くなる。ロンスーシー公爵はそのメリットにほくそ笑む。
「そうですね。それで兄上、次なる一手なのですが、こう言うのは如何でしょう?」
アーネストはそんな兄の表情を見て、彼が喜びそうな手をその耳元で説明する。
「ふむ、王太后や許婚を排除する策か。確かにセアドがいない今ならばこその策か。問題は失敗した時の話だが」
「いえそこは仮に失敗してもあくまで近衛騎士団の責任かと。最悪は彼らが排斥されるだけの事。こちらが痛む事は有りませんよ」
アーネストはそう言って兄の懸念を否定する。この策への手筈は既に整えている。彼らにとって最もリスクのない方法が重要なのだ。
「ならそれは進めておけ。仮に成功すればセアドの悔しがる顔も見れると言うもの。まあ折角の学院祭だ。大いに盛り上げようではないか」
ロンスーシー公爵はそう言って満足そうな笑みを見せる。アーネストもまたそれに倣い口角を上げて嫌らしい笑みを零すのだった。
◇
セリアリスとユーリはとある日の午後、2人で仲良く昼食を共にしていた。その日は護衛のレイはクラスの方で呼び出しが有り、昼食には不参加だった。
「ねえセリー、対抗戦の準備は如何なの?」
クラス別対抗戦の選手に選ばれてから、セリアリスは時折、生徒会メンバーやレイと訓練をしている。因みにレイとの訓練は生徒会メンバーがいない時にしているらしくその事はユーリしか知らない。
「そうね、やはりエリクが言ったようにスピード重視だからその対策は順調よ。ただそれでメルテさんを抑えられるかは微妙だから、もう一つ二つ手は練って置かないといけないけど」
そう言ってセリアリスは少し悩ましげに答える。生徒会メンバーはまあいい勝負が出来ている。セリアリスは魔法重視だが特化ではないので、剣技であしらい魔法で止めを刺す事も可能だ。そう言う意味では、メルテとも相性が悪い訳ではないのでそこまで悲観はしていないが、引き出しは多い方が良い。
「そうね。相手は強敵だものね。私なら太刀打ち出来ないもの。でもセリーが負けちゃうと優勝も危なくなるでしょう?アレス様がレイに勝てるとは思えないし」
「そうね、手合わせでもレイが本気を出したら手も足も出ないもの。手を抜いていても遊ばれちゃうし、あれは別格よね」
そう言ってセリアリスも同意する。実際にセリアリスはレイとの訓練もしている為、より実感が篭ると言うものだ。
「フフフ、本当に別格。まあでもレイの事だから手を抜いて負けちゃいそうだけど」
「なんでもDクラスのミリアム先生からかなりのプレッシャーを掛けられているみたいだから、迂闊に手は抜けないらしいけどね」
そう言って2人は顔を合わせて笑い合う。共通の友達を話題にしているとは言え仲の良い姿なのだが、それを不満そうに眺める人物がいる。同じレストランで離れた席で食事をする人物、それがアレスだった。
『2人が何を話題にしているかは知らんが、セリアリスは邪魔だな。やはりアーネスト先生の言うようにセリアリスがユーリに悪影響を与えているのか?』
ユーリとセリアリスは同性同士と言う事もあり仲が良い。ただ彼女は聖女で聖女たらんとするのに、セリアリスがその神威を妨げているとアーネストは言っていた。それにアレックスの許婚であるのに身近に男を侍らせ、アレックスには最低限の付き合いしか見せない。アレックスが寛容で無ければ許されざる行為だろう。
「アレックス、1つ聞いても良いか?」
アレスは意を決して近で共に食事をしているアレックスに声をかける。
「ん? なんだ、アレス?」
「いや、率直に聞くがアレックスはセリアリスの事をどう思っている?」
「は? セリアリスの事か?」
普段口数の少ないアレスが突然セリアリスの事を聞いてきたので、アレックスは意味がわからず思わず聞き返す。
「そうだ。セリアリスの事だ」
「いや質問の意図がわからんのだが、単純に答えるなら親がきめた許婚だな」
「それは政略結婚以外の感情は無いと言う事か?」
アレスはアレックスの回答に少し踏み込んで質問してくる。やはり質問の意図が読めないアレックスは首を傾げながらもアレスが恋バナか?などと勘違いしつつ返答する。
「うーん、女性として魅力を感じているのは間違いなくユーリだ。セリアリスにはそう言う感情は薄いかな。まあ別に嫌いでは無いが、許婚でなければ、ユーリを許婚にしているな」
アレックスはアレスを恋敵と思っているので、牽制するようにそう語る。本音ではセリアリスも十二分に女性として魅力を感じているのだが、そう言うとユーリを譲れと言われかねないと思ったのだ。アレスはそんなアレックスの回答に云々と頷き、内心で結論を出す。
『ふむ、やはりアレックスも疎ましく感じているのだな。そうなるとやはりセリアリスは邪魔なのか。友人として許婚に愛情が有るのであれば手出しは出来んが、そうで無いのであれば最早我慢する必要もないな』
そう自分の愛する人に悪影響を与え、自分の友人には嫌がられる女性。まして男を侍らせそれを正当化するような女である。
『ならば大義は我にある』
そうこれは正当な粛正だ。アレスの中に燃える仄暗い炎は今まさに勝手な大義を得て、燃え盛ろうとしていた。
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