第七十七話 胸の痛み
ユーリは1人学校内を歩いていた。今日はセリアリスが王城で王太后様からの王妃教育で不在。アレックス様達も賊の侵入や古代遺跡での力不足を痛感したのか、今日は修練場に行っており生徒会も休みの為、1人放課後の時間を過ごしていた。こんな時はレイと時間を過ごせればとも思うが、残念ながら彼もセリアリスに同行しており不在である。なので少しだけセリアリスに恨めしい気持ちになる。
『でもこればかりは仕方がないわよね』
そうそれは仕方がない事だ。先日の誕生会での出来事は、ユーリにとっても衝撃的な出来事だった。近衛騎士が太刀打ちも出来ず、自分自身も動けないままただ時間だけが過ぎていき、セリアリスやノンフォーク家の方々だけがその身を危険に晒されていた。結果は事なきを得たが、その結果だけに安堵して良い事態では無い。アレックス様達もその事を考えて行動を起こしており、そこは素直に尊敬の念を抱く。
『でも結婚相手となると別よね』
これもユーリにとっては素直な感想だ。アレックス様の人となりは好感が持てるが、何処か本当の姿を見せていない気がするのだ。自惚れではなく、自分に対して好意は持っているのだろうと思う。でも何処か本物の様な気がしない。その腑に落ちない部分が有るだけに、ユーリとしても戸惑いが先に来るのだ。
『まあでもアレス様よりかはマシか』
ここ最近の悩みの種はアレスの事だった。以前までのアレスであれば、守る事を使命としてそれ以上に介入してこようとはしなかった。ただ誕生会以降、その守りがユーリに関わるもの全てを排除するかの様な言動や行動になりつつある。それはセリアリスに対してもそう見せるので、ユーリとしても最早看過出来なくなってきている。
ユーリのアレスに対する答えはもう決まっている。仮に交際を申し込まれても断るだけだ。今彼の家は、信頼失墜で大変なことになっている。仮に断ったとしても、大きな問題はない。とは言え、申し込まれてもいないのに断る事も出来ないので対応が難しいのだ。
『いっその事誰かと婚約でもしちゃおうかしら』
ユーリは誰かと言いつつも思い浮かぶ人物が1人しかいない事に苦笑する。候補としてはレイしかいない。ただレイは自分の事をどう思ってくれているのだろうと考えると少しだけ胸がズキリと痛む。彼はいつか自分の領地に帰る。自分が彼に付いて行ければ、彼と共に過ごす未来も有るのかも知れない。でも自分の身には神の加護が与えられている。いつか有るだろうその使命と彼の最終目標であるクロイツェル領は多分交わらない気がするのだ。
『まあ、こんな事考えてても不毛ね。今私にできる事をやらないと』
ユーリはそう思って肩を竦める。未来はまだ何も確定していない。もしかしたら彼と交わる道があるかも知れないのだ。ただその時になって自分の力が足りずに彼の迷惑になるのだけは我慢できない。彼と共に過ごすのであれば、彼の隣に立ちたいのだ。後ろにいて守ってもらうだけでは意味がないのだ。
ユーリはそう思い、一人決意を新たにするのだった。
◇
そんなユーリの決意も知らず、レイとセリアリスは王城へと向かう馬車の中にいた。今日はこれからセリアリスの大叔母にあたる王太后からの王妃教育があるからだ。王妃は先日の交流会であった事もあり、その人となりは理解しているが当然王太后はあった事が無いので、レイはその事をセリアリスに聞いてみる。
「ねえセリー、王太后様というのはどういう方なの?」
「大叔母様ですか?そうですね、いかにも武門の出の女性と言ったところでしょうか。今はお年を召されていますからそんな事はないのですが、若い頃は当時の国王陛下と共に皇国との戦場に赴き、姫将軍などと言われていた事もあったみたいですよ」
「ハハ……、それは中々に豪胆な方だね。それなら俺もどやされない様に気を付けないと」
レイは乾いた笑みを浮かべつつ、気を付けようと心に誓う。するとそんなレイをセリアリスはおかしそうに笑う。
「フフフッ、そう警戒する事はないわよ。大叔母様はクロイツェルの事もご存知ですしもしかしたらレイの事もご存知かも知れませんし」
「へっ、なんで?王太后様に名前を知ってもらう機会なんて無かったと思うけど?」
「大叔母様は家の母と仲が良いのよ。王都に来たら必ずお茶会をしているみたいですし。だからお母様のお気に入りのレイの事なら、きっとそこから話が繋がっていると思うの」
するとレイの笑いは乾いたものから、引き攣ったものへと変わる。まずカエラさんのお気に入りという事実とそこ経由での情報共有という事実がレイに嫌な予感を抱かせるのだ。
「へ、へぇー……、そ、そうなんだ」
「クスクスッ、そうなの。だからレイがどやされるような事はまずないと思うわ。どう安心した?」
レイとしては違った意味で安心できないのだが、それをこの場で言っても仕様がないのでそこは軽く流す。まあ実際に会ってみてその人となりを自分の目で判断するしかないのだ。
「うっ、まあ良かったと言っておくよ。少なくとも王妃様と対峙するよりは気が楽そうだ」
「そうね、そこは間違いないと思うわ。大体、大叔母様と王妃様は余り仲が良くないからそこは余り心配しなくてもいいと思うわ」
まあ共に対抗している勢力同士の出身だ。それぞれの思惑がある以上そこは致し方ないのだろう。なのでレイはそこで明るい声をだし話題をかえる。
「まあそう言う事は田舎領主の嫡男には縁のない事だけどね。それはそうと、セリーはアレックス様とはどうなの?昼の感じじゃ、まだ余所余所しい感じだったけど」
「私自身はもうさして気にしてないのだけど。あの場で殿下が動く訳にはいかないのは理解してますし、どちらかというとそれを謀ったものや護衛にあたるべき近衛騎士達の方にこそ問題があると思っていますもの。私はそのレイの指輪があったから、身の危険自体は余り感じなかったですし」
セリアリスは少し困った顔をして、レイにそう言う。まあ賊の侵入で王子自らそれを討ち果たしに行くなど、よっぽど武勇に自信のある人物でなければやらないだろう。それに所詮はまだ成人したての若年者達だ。やはり近衛騎士なり宮廷魔法士達なりの責任が大きいのだろう。
「あー、ちなみに指輪で防げるのは1、2回が精々だから気を付けてね。あの時は俺が近くまで来てたからシルフィに先に守りについてもらうようお願いできたけど、近くまで来ていなければできない事だから」
「あら、そうなの?てっきり指輪の守りで身に危険がないのだと思っていたわ。なら今度シルフィにお礼を言わないと」
「はは、それなら大丈夫。今近くにいてお礼されて嬉しがっているから」
セリアリスはそこでふわっとした楽しげな風を感じる。確かに喜んでくれているみたいだ。セリアリスはその事に気が付くと自身も頬を緩める。そしてそんな会話の中でふと気になった事を思いつく。
「そう言えば、レイ、貴方ユーリの事をどう思っているの?」
「ん?ユーリ?」
何かを思い出したかのようにセリアリスは質問してくるが、レイは何を聞きたいのか分からず思わず首を傾げる。セリアリスはそんなレイに少し説明が足りなかったと補足を加える。
「ああ、ごめんなさい。説明不足よね、ほら、誕生日会の時も今日の昼でもあったでしょう?アレスのユーリに対する態度。アレックス様はそこまで強硬な態度ではないけど、アレスは最近ユーリに対して強硬な態度を見せてるの。ユーリだけでなく私にまで迷惑がかかる位に」
「うん、それで?」
「ええ、なのであなたがユーリをどう思っているかを一度ちゃんと聞いておきたかったのよ。もしあなたがユーリの事を好きなのなら、結婚を前提とした付き合いという立場を確立してもと思っているの」
するとそこでレイはどう返答をするべきか思い悩む。ただレイを見つめるセリアリスの目が真剣な思いを含んでいたものだったので、適当な言葉で逃げる訳にはいかず本心を語るべきかと諦める。
「うーん、そうだね。まずユーリの事を異性として好意を持っているかどうかでいえば、好意を持っていると思う。彼女と結婚をして夫婦になれたら楽しく幸せな人生が送れそうだとも思うしね。ただ俺がユーリと実際に結婚するかと言えば、多分できないだろうね」
「身分差とかが理由ではないのでしょう?」
「そうだね。有難い事にアナスタシア卿と話した時にそうなっても構わない位の事は言われているから、それは大きな問題ではないね。ただ彼女は神の加護持ちだ。セリー、加護って代償なしに受けられるものだと思っている?」
「それは……」
セリアリスはそう言われて口ごもる。レイが言いたい事がなんとなくだがわかってしまったのだ。
「そう、加護が無償で受けらるなんてことはない。それには代償が必要なのさ。僕らクロイツェルの代償はそう難しいものじゃない。クロイツェルの場合は、血と名によって紡がれるからその血と名を継続させる事がその代償なんだ。だから俺もその血と名を紡ぐ必要があるから、いつかはクロイツェル家を継ぐ事になる。では神の加護の代償はというと神託を受ける事。受けた神託を全うする事が彼女の加護の代償なのさ。そしてそれは決して小さくない内容だ。それが俺の目的に沿うものならいいけど、多分そうならないような気がするから俺からユーリと付き合うとかは言えないかな」
これがレイのユーリに対する本心である。人として、異性として彼女は自分には勿体ない位、素敵な女性である。ただしそれはあくまでお互いの立場や背負っているものがない場合に限る。そこが不明のままではレイとしても恐らくユーリとしても今以上の関係になる事はないのだと思っている。
「……そうですか。貴方がユーリと一緒になってくれたら私としても嬉しかったのですが、中々上手くいかないものですね」
「まあとは言えユーリが大事な友人であるのは間違いないから、何かあれば助けるのは変わらないけどね。取り急ぎ今のところはそう心配する必要はないと思うけど」
レイはそう言ってニッコリと笑顔を見せる。その笑顔はユーリに対する親愛であり、レイの誠実さの表れでもある。そしてセリアリスはその笑顔を見て自分の胸がチクリと痛むのを感じるが、それが何を意味するのかは皆目見当がつかなかった。
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