第七十一話 圧巻
今年最後の投稿となります。年明けは三ヶ日中に一本は上げたいまあと思ってます。
その時セリアリスとダークエルフとの間に、突如、水の壁が現れる。水の壁は黒い靄からセリアリスを守る盾となり、その靄を飲み込むとその場から霧散する。
「なっ」
ダークエルフから驚愕の声が漏れる。込めた魔力は相応のもので、簡単に防がれるようなものでは無かった。それがいとも簡単に霧散したのだ。一方のセリアリスはというと、その事実に安堵する。自分が最も信頼する存在が助けに来たのだ。
『レイッ』
叫んだ筈の声が響かない。セリアリスは慌ててもう一度声を出そうとするが、やはり声は響かない。訝しい表情を見せながらも周囲を見る。するとそこには見慣れない仮面を付けた軍服の青年がそこにいた。
『仮面!?……で、でもあれは……』
困惑の表情を見せるセリアリスは、そこに現れた青年をジッと見入るのだった。
◇
色々間一髪だった。レイは、この状況に内心溜息を吐きたくなるが、何とかセリアリスを助けられた事に安堵する。そしてセリアリスが声を出そうとするのを防げた事もだ。
そうセリアリスがレイと名前を呼ぶのを防いだのは、レイ自身だ。今は仮面を付けて変装している。王国軍特務機関のリオ・ノーサイスでなければならない。なので、迂闊にレイの名前を出されては困るのだ。ただそれによって、セリアリスは困惑顔だ。だからレイはセリアリスにだけ分かる様にウインクをする。するとセリアリスは少しだけ憮然とするが、でも直ぐに安堵した表情を見せる。
さて如何しようか、レイは周囲を見回す。何故かノンフォーク公が倒れ、カエラさんがノンフォーク公を抱きかかえている。今度はカエラさんと目が合う。彼女は最初こそ驚いた表情を見せていたが、直ぐに何かを察したのか、1つ首を縦に振る。好きに動きなさいという事だろう。レイはカエラさんの察しの良さに苦笑いを浮かべる。
彼女達の周りには誰もいない。周囲は彼女達を避ける様に人垣を築いている。
『何だこれ?近衛は何をやっているんだ?』
近衛は近衛で突然現れた国軍の将校に警戒心を見せている。いや、賊に警戒心を払えよと内心突っ込みを入れるが、一旦それは無視する。レイはそのままダークエルフとセリアリスの間まで移動して、セリアリスを庇う様にその前に立つ。
「貴様が賊か?」
レイは冷たく言い放つ。賊は言葉を返す事もなく、ただレイを警戒する。するとディーネから声がかかる。
『主様、不自然な魔力に包まれた人間が周囲に2人おりますわ』
『なら宜しく』
レイの合図と共に水柱が2本立ち昇る。
ゴボッゴボボボッ
突然立ち昇った水柱に貴族の男女が閉じ込められ、水柱の中で溺れる。
「キャーッ」
「おい貴様、何をっ」
周囲から悲鳴やら怒声が響き渡るが、レイはそれを無視して、目の前のダークエルフだけに集中する。すると水柱の中にいた貴族らしい人物達はその姿をダークエルフのそれに変えていき、息が続かなくなったのか、次第に動きを止める。
「クッ」
目の前のダークエルフは焦った様な表情を浮かべ、レイを睨み付ける。ただレイはそれに対し、涼しい顔だ。
「如何やらお仲間はこれでおしまいか?」
「何故俺の仲間だとわかった?貴様は一体何者だっ」
「さあな、お前には関係無い事だ」
レイは嘲笑しながら、冷たい目線をダークエルフに向ける。すると今度は目の前のダークエルフに水柱が立ち昇る。
ゴボッゴボボボッ
ただそのダークエルフは手に持つ杖に魔力を込めてそれを振るとその水柱が弾ける。
「キャーッ」
「ヒ、ヒーッ」
周囲の人間達は飛び散る水飛沫に悲鳴を上げる。すると目の前からダークエルフが居なくなっている。レイはそれはそれで良いかと然した関心を示さない。逃げるなら逃げれば良い。どうせ居場所は分かるのだ。ただ周囲の人間は黙っていない。そんなレイに怒声を浴びせる。
「おい貴様、賊は如何したっ、逃げられたのかっ、何故追わん、さっさと追わんかっ」
レイはそんな怒声を上げる貴族に射抜く様に鋭い視線を送る。
「何の義理でそこまでする?言うべき相手を間違えていないか?」
「な、何っ?」
「此処は何処だ。奴を逃がさない様に追い掛けるのは、誰の役目だ?此処の人間はどいつもこいつも愚図ばかりか?」
レイは軍の将校だ。助けるのは100歩譲って仕事と思おう。但し、それを捕らえに行く義理はない。何故なら此処は王城内なのだから。本来であれば、助けるのも捕らえるのも近衛騎士の役目だ。
「クッ、貴様、たかが将校の分際で、この私に盾を付くのかっ」
「残念ながら、俺は特務の人間だ。貴族だろうが王族だろうが、指揮系統外の人間には従わない。俺に命令したければ、ノンフォーク公に頼むか、国王陛下にでも頼むんだな。ああ、今は特命を受けているから、頼まれても断るしかないがな」
レイはそう言ってその貴族を軽くあしらう。まあ実際には、仮面を付けているからこそ出来る芸当だ。その貴族は何やらその後も喚き立てるが、レイは無視をし、ノンフォーク公の元で片膝を付く。レイはカエラさんにだけ聞こえる音量で話しかける。
「カエラさん、ノンフォーク公が倒れられてからどの位の時間が経ってますか?」
「1時間は経っていないけど、もう随分昏倒したままよ」
カエラさんは心配そうな顔をしてそう言う。やはり事態はあまり良くない。するとレイはセリアリスの方を向いて、簡単に状況を確認する。
「セリー、ノンフォーク公は簡単に言うと呪いの様なものに掛かっている。ただ此処では俺の力は使えない。ユーリかエリカさんの力を使いたいけど、如何いう状況?」
するとセリアリスは顔を曇らせる。
「ユーリはアレックス様とアレスの引き留めで、動けないの。エリカさんもユーリが動けないので二の足を踏んでるみたいで」
「はあ?ノンフォーク公が倒れてるのを見てたんだよね?」
「そうね、見ていたわ。その上で危険だと押し留めているみたい」
レイはそこで深く溜息を吐く。あまりの馬鹿さ加減に苛立ちさえ湧いてくる。
「うん、わかった。なら此処は俺に任せて」
レイはそう言うとスタスタと人垣の前まで歩いて行き、大声を張り上げる。
「此処に神の加護を授かった加護持ちがいると聞いた。ノンフォーク公はダークエルフの姦計により窮地に陥っている。神の加護による力が必要だ。何方かわからんが、名乗り出てくれっ」
「はい、私がそうです」
「コラッ、ユーリ、危険だっ」
レイの呼びかけにユーリが素早く返事をするが、それを脇にいたアレスが慌てて遮ろうとする。レイはそんなアレスを完全に無視し、ユーリにだけ向き合う。
「貴方が神の加護持ちか?ノンフォーク公はダークエルフによる呪詛に侵されている。既に昏倒してから1時間近く経っていると言う。何故、そこまで放置した?君なら治せるのではないか?」
レイはあえて厳しい事をいう。ユーリの事だ。直ぐにでもセリアリスの元に向かおうとしたに違いない。ただ押し留められて動けなかった。でも今後、彼女が神の加護を授かったのなら、この先それではいけない。自分の意志を通す強さが必要だからだ。そして今この場でもだ。
「貴様、神の加護を持ち聖女と称えられるユーリに対し、無礼な口をっ」
そう言っていきり立つのはアレス。ただレイはそんなアレスを一刀両断にする。
「黙れ、守り抜く気概のない軟弱ものがっ。危険を自身の力で跳ね除ける力がない弱者に用はないっ」
「ぐっ、貴様っ」
レイはそこでまたアレスを無視し、ユーリに向き直る。すると彼女は決意した表情を見せる。
「アレス様、お下がり下さい。仮面の方、申し訳ありません。私は私に出来る事を怠ってました。ただ、魔は払います。友人と言ってくれるセリーの為にも、私がやります」
「うん、なら貴方は私が守ろう。ああ、この場に私より強いものがいるので有れば、文句の一つも受け付けよう。但しこの場を収めたのはこの私だ。王国軍特務であるリオ・ノーサイスであるこの私がだ。たかが賊3名に右往左往する近衛騎士共と同じだと思わない事だな」
レイはそう言って周囲からの敵意を一身に引き受ける。どうせ架空の人物である。多少は傲慢さを演出しても罰は当たらないだろう。
そしてユーリと連れ立って再びノンフォーク家の元へと戻る。するとまずユーリがセリアリスに深々と頭を下げる。
「ああ、セリー、本当にごめんなさい。仮面の方に言われた通り、来ようと思えば来れた筈なのに、ただ見ているばかりで……、本当にごめんなさい」
「ユーリが来てくれようとしたのは、わかっているわ。だからそんな気にしなくても良いのよ。勿論謝罪も受け入れます。その上で、ユーリ、お父様を助けて下さい」
「うん、任せて!」
ユーリがそう言うと、ノンフォーク公の前に手をかざし、集中し始める。レイは正直ユーリの魔払いは少し心配だったが、その姿を見て杞憂だなと判断する。そこには聖女に相応しい威厳のある姿があり、失敗する事など想像出来なかった。
それはセリアリスも同感だった様で、レイと目が合った時、思わず2人で笑顔を交わす。
ユーリの発する光はより神々しさを増していき、そしてノンフォーク公は真っ白い光で包まれた。
「うん、これでなんとか大丈夫。ただ体力は落ちていると思うから、暫くは安静が必要だけど」
そう言ってユーリはセリアリスに笑顔を見せる。
「有難う、ユーリ。貴方は私の父の恩人よ」
するとセリアリスはお礼と共に、感極まって、思わずユーリに抱きついてしまう。
「えっ、ちょっ、セリーっ」
そんなふうにセリアリスに抱きつかれるとは思っていなかったユーリは思わず、目を白黒させる。
レイはそんな2人を見て、微笑ましく思うと共に、さあこの後、如何言う着地にすべきかと真剣に悩み始めた。
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