第六話 王都散策
その日はなんだかんだ疲れたので、夕食を取りに食堂に一度行った以外、部屋にこもって、片付けに費やす。
とは言え、レイの荷物は決して多くはない。学校内では、制服が支給されているので、それ以外の服は然程必要なく、礼服や軍服なども念のため持ってきているが、それらは、必要な時以外は着る事がない為、主にタンスの肥やしになる予定だ。その他、運動や訓練に適した服も学校支給の物があるので、それらも必要ない。一番の大荷物は、実際にレイが王都まで移動してきた際に着用していた旅装で、これらは魔物や盗賊等との遭遇に備えての武器防具の類なので、手入れも含めて片付けに時間がかかった。
そして次の日、レイは朝食をとるべく、寮の食堂へと足を運ぶ。昨日は比較的遅い時間だったのか、食堂内には人がおらず、食事も提供時間終了直前で、慌てて食べた為、あまり食堂自体の印象はない。
今日は、それでも朝としては早めの時間ながら、何人か人もおり、ポツリポツリと席が埋まっていた。彼らは制服姿で、恐らく平民の学生だろう。レイが食堂に入った時に、「コイツは誰だ」的なやや不躾な目線を送ってくるが、レイが貴族だというのが判らなかったのだろう。とはいえ仮に貴族でなかったとしても見知らぬ相手に威嚇するのはどうかと思う。
『いや、ただ朝飯を食べに来ただけなんだけど』
レイは内心、少し鼻白んだが、表面上は特に顔色を変えずに、そのまま給仕のおばちゃんに話しかける。
「おばちゃん、今日の朝食は何?」
「朝はパンにベーコンエッグとスープにサラダだよ。パンなら御代わりもあるから、声かけて頂戴」
「ああ、有難う。飲み物は?」
「お茶にコーヒーに果実水がある。好きなものを選んでおくれ」
「ならコーヒーをお願いします」
レイはレイの他に人が並んでいない事を確認した上で、それとなく給仕のおばちゃんに話しかける。
「そういえば、おばちゃんはここに勤めて長いのかい?」
「うーん、そうさね。働き始めてもう20年くらいにはなるかね。家の子が生まれる前からだから、そのくらいかね」
「へー、そんな大きなお子さんがいるんだ。もっと若いかと思ってたよ」
「ははっ、こんなおばちゃんにお世辞なんて言うもんじゃないよ、まあでもその位はベテランね。家は旦那もこの学院に勤めているし、家も学院の敷地内にあるしね。ああ、そう言えば家の子も今年から学院生だから、苛めないでおくれよ」
「優秀なお子さんなんだな。平民の子で学院に入るのは、結構大変って聞くし。貴族に絡まれるような事があれば、それとなく目をかけておくよ」
「ありゃ、あんた貴族様かい。あんまりにフランクだから、てっきり平民の子かと思ったよ。ああ、こりゃ失礼しました」
「いいよ、いいよ。別に貴族だからって、自分が偉い訳ではないからね。それに貴族もピンからキリまで、家は子爵家だから、そんな大した地位じゃないしね」
レイが貴族だと気付いて慌てて頭を下げる給仕のおばちゃんを、レイは手でそれを制して、首を振る。言ったことも本心だし、偉い、偉くないでいえば、偉いのは爵位を受けている父であり、その息子であるレイは、ただの貴族の息子というだけだ。
しかもレイは貴族の息子といわれるより、領主の息子でありたいと思っており、領民にとっての良い主でありたいと考えているので、貴族の立場にこだわりもなかった。
「へぇー、偶にあんたみたいな変わった貴族もいるけど、この学院の中では、貴族主義みたいな子も多いから、気を付けた方がいいよ。まあ今は春休みだし、学院にいるのは平民の子ばかりだから、問題ないけどね」
「うん、有難う。その辺は心得ているつもりだよ。そう言えば、さっき言ってたお子さんって、名前はなんて言うの?」
「ああ、家の子はアンナって言うの。平民だからただのアンナ。なんだかんだあの子はずっと学院育ちだから、周りに可愛がってもらってね。教授先生がたが、目をかけてくれて、親に似ず、優秀な子になったのよ。ああ、いくらあんたが良い男だからって、お手付きしたりしちゃ駄目だからね」
「はははっ、大丈夫。これでも真面目に学生をしようと思っているからね」
レイはそれを一笑に付すと、出された料理をトレイに乗せて空いている席へと向かう。給仕のおばちゃんは、まあレイがその手の悪さをするようなタイプではないのはなんとなく判るので、むしろ良い男過ぎて、娘がのぼせあがらないかを心配するのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
レイは食事をとり終わった後、制服ではなく、簡易な旅装に着替えて王都内を散策しようと、正門前まで移動する。制服姿でも良かったのだが、恐らく街中では色々目立ちそうであるし、身の安全と考えると帯剣もせずに歩くのもどうかと思ったので、装備類は最小限にしつつ、旅装といういでたちを選択する。そして正門前まで歩いていくと、門を過ぎるところで守衛に挨拶をする。
「おはようございます。これから街を見て回ろうと思うのですが、問題ないでしょうか?」
「ああ、おはようさん。んっ?制服で出かけないのかい?」
「はい、学生とみられるより、普通の旅人として接してもらった方が、色々面白いかと思いまして」
「成程、まあ、ここの学生は良い意味でも悪い意味でも、街では色々目立つからな。この辺、近辺の店なら制服の方がいいんだが、君は何処まで行くんだい?」
「ええ、ちょっと知り合いに紹介されたので、大通りから商業区に入ったマーブル商会までいって、その周辺からぶらぶら見て回ろうかと」
「へっ、マーブル商会っていやあ、王都1、2を争う大店じゃないかっ。あんなでっかい店で何買おうってんだい?」
実はクロイツェルの商業ギルドの長が、マーブル商会の末の弟で、王都に行ったら挨拶するといいと言われただけなので、挨拶だけして帰ろうかと思っていたのだが、どうやら思った以上に大物だったらしい。長から紹介状も貰っていたので、あまり気にもしてなかったが、この場は適当にごまかすことにする。
「いや、ちょっと父の仕事絡みなので、細かい話はちょっと、ハハハ・・・・・・」
「ああいや、すまん。まあ君は貴族の子息らしいから、色々あるのだろう。まあ気を付けて」
「はい、行ってきます」
レイは守衛に挨拶を返すとそのまま徒歩で、街並みを眺めながら進む。昨日は馬での移動だった為、大通りを通っていたが、今日は路地に入って、中央まで行こうと考えていた。
王都の中は、大通りと主要な道路は整備されているが、少し路地の中に入ると、大小の店が立ち並び、少し迷路のような様相を呈してくる。ただ時折家と家の間や、道の奥に王城の姿を見る事ができるので、方向感覚がずれる事はない。なので、そんな街並みをレイは楽しみながら、進んでいく。
店の人々や行きかう人々の表情、偶に聞こえる話声や中には喧嘩なのか言い争いのような声も聞こえる。勿論、言い争いもあくまで痴話喧嘩の範疇で、さして危急性がある訳ではないので、気にしない。街の喧騒の一つとしてそれすらも楽しんで、歩いていく。
『街の人々はそれなりに生活が安定しているのかな』
それが王都の中にいる人々の概ねの感想だ。勿論昨日見た城壁の外にいるスラム街の生活者はまた別だ。いわばあれは、王都の負の側面だろう。ただ城壁内に住む人々はそこまで貧困に窮することはなさそうで、むしろ現王国を税収面で支える側面を担っているのだろう。
ちなみにクロイツェルには貧民街というのは存在しない。仕事はあるし、街の規模も王都に比べれば大きすぎる事はない。両親を亡くした子供には孤児院を運営し、教育含めてきちんと領主側がフォローを入れている。ちなみに孤児院の院長は、レイの母であるレイネシアがしている。実務をすべてこなしているわけではないが、少なくない機会、孤児院に行き、その子達と過ごしている。レイや妹弟達も孤児院に一緒に行き、良く遊んでいたりしている。
そしてほどなくして、再び大通りに出ると、今度は商業区といわれる区画を目指す。王都の商業区は王国だけでなく、他国の商会の拠点もあり、様々な商品が集まる大陸随一の商業区画だ。
クロイツェルも多くの商品が集まるが、王都は種類だけでなく、物量も多い。特に人口も多いので、その消費も含めてやはり経済が回るのだ。とは言え、王都にはクロイツェル程集まらない商品もある。それが、この人族の大陸以外でとれる品々だ。これらは海路を経由してもたらされるものであるので、王都に届くのは本当に少量でしかない。したがってその価格も希少性からより高価となるので、クロイツェル程市井には出回らないのだ。
『王都でエルフ産のワインやドワーフ産の火酒を手に入れようとしたら、いくらするんだろう』
これらは王都で取引しようとしたら、金貨で何十枚もの金額がつけられる。ちなみにクロイツェルで手に入れようとしたら、いいとこ金貨数枚だ。それでも結構高いのだが、王都に持ち込めば、何十倍となって利益を生むのである。
マーブル商会がわざわざ身内をクロイツェルの支部に派遣しているのは、そんな背景もあったりする。ちなみに派遣されている当人は、すっかりクロイツェルの街が気に入って、自宅も街中に構えており、今更王都に帰る気は更々ないようだ。
レイはマーブル商会につくと、店の受付に話しかける。店は王都で有数の商会だ。造りも大きさも周囲の店を圧倒するような店構えである。受付もキチンと教育されているのが判り、レイも少しだけ構えてしまう。
「すみません、マーブル商会のクロイツェル支部で支部長のエンツェルさんの紹介で来たものなんですが」
レイはそのままその受付に紹介状を渡す。受付の男性は、その紹介状を受け取ると、レイを来賓用の席へと案内する。
「お客様、今主人に確認してまいりますので、こちらの席でお待ちいただけますでしょうか?」
「ええ、判りました」
レイはその豪華な椅子に遠慮なく座り、周囲を見渡す。店はショーケースの中に貴金属の調度品が並べられ、貴族らしい夫人やら、身なりを着飾った商人やらが、店の店員と会話を繰り広げている。
『あれ、これはちょっと場違いかな?』
レイはちょっと自分の身なりが普通なのに、気後れする気分になるが、まあなるようになるだろうと開き直る。店の中は高価な調度品を扱う区画もあれば、商人同士が商談するようなブースも多数ある。それぞれのブースでは、店側と商人側で真剣なやり取りが成されており、それぞれの取引で金貨数百枚~白金貨クラスの取引が成されている。食糧、原材料、武具、魔導具、扱う商品は様々で、大店といわれるに相応しい商会であるのが感じられる。
「お待たせしました、レイ・クロイツェル様。当マーブル商会の会頭をしておりますヘルムートと申します。いつも弟のエンツェルがお世話になっております」
中年を超えた初老の域に届くかというやや恰幅の良い男性が、人の好さそうな笑顔を見せながらレイに話しかけてくる。レイは椅子から立ち上がり、自然体でその手を差しだし、握手をしながら、挨拶をする。
「こちらこそ初めまして、クロイツェル子爵の嫡男でレイ・クロイツェルです。エンツェルさんにはこちらの方がお世話になっていますので、お気遣いは無用ですよ」
「ホホッ、若いのにしっかりされた方ですな。弟の書状にもいたく褒めていましたよ。ゆくゆくはマクノリア内海を収める海洋王の器だと。ですので私どもとも引き続き良しなにしていただければと思っております」
「海洋王ですか?はは・・・・・・、クロイツェル領を治めるだけでも身に余りますよ。まあそれは兎も角、本日はこうしてご挨拶をさせて頂けて良かった。私自身王都は初めてなので、色々知己を得たいと思っているのです」
「成程、私の伝手であれば、色々ご紹介できる先もありますが、どういった先をご所望ですか?」
ヘルムートはそう言って、レイの出方を伺う。人の紹介位であれば、さした手間ではないし、弟の紹介で且つ重要な取引先の子息だ。弟もその人柄を評価しているようなので、ヘルムートとしては協力を惜しむつもりはなかった。
「有難うございます。ちなみにクロイツェルの所領の中に、いくつか古代遺跡があるのをご存知ですか?」
「古代遺跡ですか?いえ、弟からも特にそのような事は・・・・・・、あ、そう言えば時折弟経由で希少な魔導具が納品されてきたような」
「はい、それです。実はあまり公にはしていないんですが、クロイツェル領内には海にいくつかの諸島を抱えております。基本無人島で、魔物も多く生息するので、開発も手付かずだったりするのですが、数年前、調査団を派遣して、いくつかの島を回らせたところ古代遺跡を発見しまして」
「な、なるほど。そうすると、私めに紹介して欲しい人材というのは?」
「一つは古代遺跡の発掘と研究をしてくれる人物。あ、これは今度王立学院に通うので、そちらで研究をされている方に相談しようと思っています。それともう一つは、冒険者ギルド。実はクロイツェルにも冒険者ギルドはあるのですが、規模が小さくて、本部が王都にあると聞いてますので、ギルドマスターをご紹介頂きたいなと。それと、魔石や魔導具を鑑定できる人材も当てがあればと」
そう言ってレイは要望に一区切り入れる。古代遺跡の発掘は非常に有用な財源となる。出土される魔導具などもそうだし、学術的にも貴重だ。特に今回見つかった遺跡はいまだ手付かずであり、かつ、調査団が把握した範囲でも、かなり大きな規模らしい。ただし、魔境といえるほど、魔物も多いので生半可なメンバーでは発掘も覚束ない。魔物を倒した際の魔石や素材なども商品価値があり、何とか開拓したいと考えている。
「成程、判りました。では王都の冒険者ギルド本部には私からギルドマスターへの紹介状を用意しましょう。ちなみに鑑定能力のある人材も冒険者ギルド側に協力してもらった方が、早いかと思いますので、そちらも書状の中に含めておきます。いやー、そうすると、弟のところにはまた色々な商品が集まる訳ですな。いや、ますます我が商会とクロイツェルの方々には懇意にさせて頂きたい」
「はい、それは私どもも一緒です。エンツェルさんには、良くしていただいていますから。ああ、でも阿漕なのは勘弁してくださいね。領民ともに良くなる事が目的ですので」
「はははっ、肝に銘じましょう。勿論、そんなつもりはありませんよ。大体、敵対するより仲良くさせて頂く方が、ずっと得ですから」
「そう言って、頂けると助かります。それと、このダンジョンの話は内密でお願いします。辺境の島々の話なので、中央の方々が興味を引く話ではないのですが、とはいえ、難癖をつける方もいるかも知れませんので」
「勿論、承知しております。仰る通り中央は足の引っ張り合いですから。王族、貴族の方々もそうですが、我々商人の世界も同じです」
「そうですね。お互い、周囲には気を付けるようにしましょう。では今後とも宜しくお願いします」
そういって2人は互いに笑顔を見せあい、再び固い握手を交わすのだった。
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