第六十九話 異変
遅くなりました。
此処から色々動きます。
誕生日会も始まってから大分時間が経ち、会場も幾分か弛緩した空気が流れていた。セリアリスはユーリと2人でのんびりと会話をしながら、ふと会場を見る。
チリッ
何故か会場の中にいる人の中で、その姿が揺らいだ気がしたのだ。セリアリスは慌ててもう一度その人物を眺めるが、特段変なところはない。セリアリスが不思議そうな顔をしているので、ユーリがセリアリスに聞いてくる。
「セリー?どうかした?」
「ううん、多分気のせい。何でもないわ」
セリアリスは隣で心配そうな表情を見せるユーリに頭を振ってなんでもない顔を見せる。ユーリは少しだけ気になる素振りを見せるが、直ぐに笑顔を見せて別の話題を振る。
「でも本当にセリーの体調が戻って良かったわ」
「フフフッ、私もこれまで病気らしい病気をしてこなかったから、今回は本当にびっくりしたわ。でもお蔭様で今はもうピンピンしてる。国王陛下のご病状も随分と良くなったと聞くし、本当、これで憂いもなくなるわ」
そう国王にかかっていた呪いは、新たな神の加護を得たエリカによって完全に払われている。ただ元々国王陛下は病弱な方でもあった為、呪いが解けたところで体の衰弱は大きく、完全に体調が戻る事はないという話ではあった。
そうなるとそう遠くないうちにアレックスが国王となり、セリアリスも王妃となって王宮暮らしとなる。少なくても学院在学中は自由でいられると思っていたので、そこは非常に残念でならない。
「フフフッ、そうね。私もセリーが傍に居てくれる方が嬉しい。この間の遺跡探索もエリカ様がいてくれたのは非常に有難かったけど、エリカ様はエリク様と行動を共にされる事も多かったので、私も大変だったんだから」
「アレックス様とアレスの事かしら?そう言えば、いつからアレスがあんなに積極的になったの?前まではそこまででは無かったような気もするけど?」
「うーん、交流会の後あたりからかしら?正直、アレックス様が私に興味を持たれるのは、まだ分かるの。王族、しかも国王の妻に神の加護持ちって良い箔付けにはなると思うしね。でもアレス様の場合は、その辺良く分からないのよね。特別親しくしたつもりもないし」
そう言ってユーリは首を傾げる。セリアリスは純粋な好意ではと内心思うが、目の前の友人は自分自身の女性としての魅力には比較的無頓着だ。彼女の聖女としての人気は単純に神の加護を授かっているからだけではない。その可憐な容姿と共に慈愛に満ちたその優しい性格が魅力なのだ。アレックス様やアレスもその彼女の魅力にこそ興味を抱いているのに、ユーリはその事を一切考慮には入れていない為、少しその2人に同情すらしてしまう。
「ユーリ、貴方はもう少し自分の魅力を理解した方がいいわよ。少なくともあなたは可愛いし、優しい魅力的な性格だわ。その2人に限らず、多くの男性から魅力的に見える女性よ。まあアレスのキッカケまでは判らないけど、少なくとも好意があるのは間違いないわ。だからそこは否定したら駄目よ」
「うっ……、まあそこはそうね。でも私が想うかは、また別だけどね……」
「フフフッ、そこはそれで良いわよ。好意を持たれたからと言って、その相手に必ず好意を持たなければいけない訳ではないもの。そこは貴方自身が考えなさい。私の様に選択肢がない訳ではないのだから」
セリアリスはそう言って、優しく微笑む。ユーリにはまだ複数の選択肢が存在する。セリアリスの様に幼少の頃から選択肢が決まっている訳ではないのだ。セリアリスはその事自体を不満に思った事はない。少なくともそこまでアレックス様に大きな不満はないのだ。ただやはり少しだけ残念な気持ちもある。自分に選択肢があるのであれば、どんな道に進むのかを考えると楽しみでしかないからだ。
するとそんなガールズトークを繰り広げていた2人の元に、壮年の夫婦がやってくる。
「やあ、少し話してもいいかい?」
「お父様、お母様っ」
そうやってきたのはノンフォーク家当主であるセアドとカエラの2人である。この会場には様々な上位貴族の面々がおり、その中にはユーリの養父であるアナスタシア枢機卿もいる。当然、セリアリスの両親であり、王国軍のトップであるノンフォーク夫妻もこの場に参加をしていた。
「フフフッ、セリー少し驚き過ぎよ。さっきも殿下の元に挨拶をした時、顔を合わせたでしょ?」
「あっ、はい、失礼しました」
普段、セリアリスは今のような年相応の姿は見せない。公爵家の令嬢としてキチンとした佇まいをしており、そんな友人が今の様に慌てふためく姿は、凄く愛らしく見えた。するとそんなセリアリスを見て目を丸くしているユーリにセアドが茶目っ気たっぷりにウインクをする。
「それでセリー、そちらの麗しい御嬢さんを紹介してくれるかな?先ほどから仲良く話している姿が気になってね」
「あっ、ええ、失礼しました。彼女は同じクラスで同じ生徒会に所属する私の友人、アナスタシア伯爵家のご令嬢でユーリ・アナスタシア。ユーリ、この二人は私の両親でセアド・フォン・ノンフォークとカエラ・フォン・ノンフォークよ。私の両親の説明はまあいいわよね?」
セリアリスはそう言って、お互いの事を紹介する。するとセアドがそれを受けて、笑顔で右手を差しだす。
「初めましてユーリ君。今娘が言ったように、彼女の父であるセアドだ。娘がいつもお世話になっているみたいだね。友人にもなってくれたみたいでとても嬉しいよ。これからも娘をよろしくね」
するとユーリもその手を握り、可憐に礼をする。
「こちらこそセリーには良くして貰っています。ですので引き続き仲良くさせて貰いたいと思ってますので、こちらこそ宜しくお願いします」
「中々公爵令嬢でアレックス殿下の許婚ともなると、そうやって自然体で付き合ってくれる相手がいないから、凄く有難いのよ。だからこれからもそのままで宜しくね、ユーリさん」
そう言うのはセリアリスの母であるカエラ夫人。彼女もまた自身が公爵令嬢であった事からも、そういう気兼ねない付き合いの出来る相手を作るのに苦労した経験があるのだ。だからこそ実感も籠る。
「は、はい、宜しくお願いします」
その後2、3言葉を交わした後、2人はその場から離れていく。その様子をユーリは眺めながら、息を吐く。
「ふーっ、緊張した。でもセリーのことを2人とも大事にされているのは良く判ったけど」
するとセリアリスは少し頬を赤らめて、テレたようにはにかむ。
「うん、両親には感謝しているわ。2人で私の事を大切にしてくれているのが良くわかるから」
セリアリスもそう言って、離れて行った両親の方に目を向ける。両親には本当に感謝している。自分が今、真っ直ぐに揺るがずにいられるのは、この両親のお陰だ。父はその実直さを、母はその柔軟さをセリアリスに教えてくれた。柔軟に物事を考えつつ、その芯は揺るがない。それがセリアリスらしい強さを作ってくれたのだ。
チリッ
まただ。両親の側を通った人物の姿が揺らいだ様な気がする。
『何だろう?』
姿が揺らいだと思っていた人物は、目で追っていたが、人混みに紛れると見失ってしまった。会場を見回しても、姿がブレるような人物は見当たらない。するとそんなセリアリスの耳に母カエラの声が響き渡る。
「あなたっ、だ、大丈夫ですかっ!?」
セリアリスは声のした方に目をやると、前のめりになって倒れていた。
「お、お父様!?」
セリアリスも慌てて父と母の元へと駆け付けようとする。会場ではあちらこちらで悲鳴が上がり、会場警備にあたっていた近衛騎士がその悲鳴を聞いて、駆け付けてくる。
チリッ
父の側でその体を抱きかかえている母の後ろで、先ほどの感覚が蘇る。先程とは違う人物。でも姿が揺らいだ感覚は全く同じだ。その人物が母に近づいているのに、危機感を覚える。
「お母様、危ないっ」
するとその背後に近付いていた人物は、意外そうな顔を見せた後、ニヤリとして再び人混みに紛れてしまう。
セリアリスは慌てて母の元に近付き、母に抱きかかえられた、父を見る。
「お父様、お父様っ」
セリアリスが声を掛けても反応すら見せない。父はただ体をグッタリさせている。見る限り外傷はない様だが、その顔は明かに血の気が引いており、いつ死んでもおかしくない雰囲気を感じる。
「ユーリっ、エリカ様っ」
セリアリスは、2人の聖女に声を掛ける。この場にいて最も信頼出来る存在である。2人は今、生徒会の男子メンバーに守られながら、少し離れた場所に置かれている。ただセリアリスの声が聞こえたユーリは、セリアリスの元へと行こうとするが、アレックス、アレスの2人がそれを押し止めている。エリカもその姿を見て迷っている様だ。ユーリはそんな2人に対し、怒っており、それでもこっちに来ようとしてくれている。
セリアリスはアレックス達の行動が分からないでもないが、心情的には許せなかった。
『この非常時に何をっ?』
その姿を忌々しく思いながら、セリアリスが再び声を上げようとした時である。
ゾクリッ
背筋に悪寒が走る。するとセリアリスの小指から魔力の奔流が溢れ、周囲に風が巻き起こった。




