第六十八話 セリアリスの憂慮
再び舞台はダンスパーティーに!
さてレイはこの少女をどうしたものかと思い悩む。まずエルフ族というこの王都では珍しい種族である。当然、軍に預けてはいさようならとはいかないだろう。一般の孤児院に預ける訳にもいかない。と言って学院に連れて行く訳にもいかないのだ。
それにこの場所に捨て置かれた理由も問題だ。レイだからこそ事なきを得ているが、本当であれば魔力を暴走させ、あたり一帯地獄絵図となっているだろう。むしろそれを狙って捨て置かれていたと見るべきだ。
それを仕掛けた人間が、今後、惨事が起こらなかった事態に対し、少女も含めてどう行動するか全く読めないのだ。
「さて、どうしよう?」
ただそこで思い悩んでも結局答えは出ない。レイは仕方なく少女を抱きかかえて、表に出る事にする。表ではやはり逃げ出た構成員達がいたようで、警備隊が忙しなく動いている。そこにレイの姿に気が付いたガストン少尉がやってくる。
「リオ少佐、ご無事でしたか……、っとその少女は?」
「地下の実験施設らしきところで、保護したんだ。命に別状はないよ。ただ衰弱してるから、どこか安全な場所で休ませたいんだけど」
レイはそう言って、少し顔を曇らせる。今少女にはレイの着ていたマントを頭から被せてすっぽりと包んでおり、少女がエルフだという事を判らせないようにしている。するとガストンもまた、首を捻り悩ましげな表情をつくる。
「成る程、そうなると警備隊の詰所という訳にもいきませんね。寝泊りするような場所はありますが、小さい子供をおいておくような場所ではありませんし、今はほら、客人が大勢いますからその傍ってのも良くないでしょう?」
確かに今警備隊詰所には多数の暗殺者が拘留されている。基本、レイは今回の捕り物に対し、命を奪う事まではしていないし、彼らは今後貴族側の関係者割り出しに多少なりとも貢献して貰わなければならない。やはり、エルフという事情を抜きにしても、警備隊に引き渡す訳にはいかないだろう。
「うん、わかった。この子の預かり先は俺の方で用意しよう。後で馬車を一台用意してくれるか?一旦は知り合いの貴族の家にでも預けるようにする。それとこっちは任せても大丈夫か?」
「はっ、畏まりました。馬車は至急用意させましょう。またこちらは少佐のお蔭ですこぶる順調です。お任せいただいても問題はありません」
「うん、じゃあそれでお願いするよ」
レイはガストンにそう指示を出すと、馬車がくるまでその少女を抱きかかえながら、のんびりと過ごすのであった。
◇
アレックスの誕生日会では、今、アレックスとユーリのダンスが行われている。先ほどのアレスとのダンスよりは、格段にましだが、アレックスとセリアリスとのダンスに比べるとやや凡庸。ただ双方の外見的なスペックからすれば、十分にさまになるダンスだった。そんな様子をセリアリスは生徒会メンバーの近くにいながら、誰と会話するわけでもなく眺めていた。
『アレックス様はやっぱりユーリにご執心よね。でも最近はアレスもなんだかユーリを見る目が違ってきているみたいだし、ユーリも大変よね』
アレックスの許嫁であるセリアリスとしては、本来であればその許嫁であるアレックスが熱心な相手に嫉妬の一つも覚えなければいけないのだろうが、生憎、むしろその相手の方に心配の目を向けてしまう。ユーリはセリアリスにとって、大事な友人だ。友人の望むものなら、むしろ手放しで応援するが、やはり彼女の表情を見ると手放しでは喜べないのが現状だ。
『ユーリはやっぱりレイがいいのかしら』
2人の共通の友人である子爵家嫡男の事を思い浮かべる。ユーリがレイに対し、好感と信頼を抱いているのは分かる。自分の友人でもある彼は、それに値する人物である。ただ彼もいつかは王都を離れて、自分の領へと戻ってしまう。ユーリは慈母神の加護を持つ聖女と謳われる女性だ。素直にクロイツェルという辺境に引き籠れるような立場ではない。レイもそれが分っているからこそ、ユーリに対しそういった色目を使わない所もあるのだと思う。
『はぁ、中々ままならないものよね』
セリアリスは内心で溜息を吐く。自分は既にそういう幸せは諦めている。好きな人と結ばれ、温かい家庭を築くといったごくごく平凡な幸せをだ。公爵家の娘として生まれた以上、その責務は付いて回る。
幸い自分は、敬愛できる人物と婚約関係を結べた。中には政略結婚で、嫌悪感を抱くような相手との婚約を強いられるケースもある。それに比べれば遥かに恵まれている。とは言え相手が王族である以上、普通の幸せには縁遠い。
なので友人には、せめて好きな相手と結ばれて欲しいと思う。それは身勝手なお節介なのかも知れない。自分にできない事を押し付けているのかも知れない。
「……セリ……セリアリス様?」
「あっ、ごめんなさい、少し考え事をしていました。どうしましたか、エリカさん」
どうやらエリカに話しかけられていたようだ。セリアリスは頭の中の憂いを払い、笑顔でエリカの話に応じる。
「あっ、いえ、こちらこそ考え事中に申し訳ありません。そう大した話ではないのですが」
「いえ、問題ありませんよ。どうしましたか?」
少し申し訳なさそうな顔をするエリカに対し、セリアリスは首を振る。むしろこちらの方が申し訳なく思うくらいである。するとエリカは、そんなセリアリスの心情を知ってか、知らずしてか変な事を言ってくる。
「セリアリス様は、アレックス様が側室を取られる事をどう思っていらっしゃいますか?」
「はあ……?いえ王族としては当然の事と思っていますが?」
セリアリスはエリカの話の意図が良く分からず、率直な意見を言う。
「あ、いやそうですよね。あーいや、そうではなく、例えば今のユーリ様や私がアレックス様とダンスをしたとして、妬かれたりはされないのかなと」
「妬くでしょうか?いえ、特段そういう事はないかと思いますが?」
益々困惑するセリアリスは、それでも素直に回答する。妬く気持ちがない以上嘘はつけない。するとその姿を見ていたエリクが呆れた口調でエリカのフォローを入れる。
「エリカ、それでは話が上手く通じないだろう。セリアリス嬢も困るだけだ。実はエリカに神の加護が授けられた事で、周囲の人間からエリカとアレックスの婚姻を望むものが増えたのだ。エリカはユーリとは違い、元々侯爵家の血筋でもある。能力も国王陛下の呪いを払った事で相応に評価されている。神殿もアナスタシア卿の元、一枚岩という訳ではない。なので、特に反対派閥が力を入れてそれを後押ししようとしているのだ。まあエリカとしては、そういう背景もあって婚約者であるセリアリス嬢がそういう事をどう考えているのか、気になったのだろう」
それを聞いて漸く成る程と、セリアリスは納得する。これまで側室候補としてユーリの名前は挙がっていたが、同じ神の加護持ちという事であれば、エリカにも十分に資格がある。セリアリス自体は、エリカに対して特段の含みもないから、笑顔でエリカに言う。
「そういう事でしたら、私には異存はありません。妬くとかも特にはありませんし。むしろ同じ生徒会で過ごした方が、王宮に入られるのであれば、嬉しい話ですわ」
「あ、いえ、正直言えば、まだ周りからそう言う話があったというだけの段階ですので、実際にそうなるかどうかは分からないのですが。それに今アレックス様は、ユーリ様の方にご興味がおありのようですし」
エリカはそう言って、言葉を濁す。セリアリスは少し残念そうな表情を見せながらも、エリカの場合、エリクという候補者もいるので、そう上手くはいかないかとも思う。するとアレックスとユーリがダンスを終わらせて、セリアリス達の元へと戻ってくる。
「アレックス様、凄く素敵なダンスでしたわ。ユーリもお疲れ様」
「うむ、ユーリとのダンスは、セリアリスとはまた違った楽しみがあるな。ユーリも随分とダンスが上手くなったのではないか?」
「いえ、私のダンスはまだまだです。今もアレックス様のリードが無くては、上手に踊れませんでした」
アレックスは、セリアリスともユーリともダンスを踊れて、終始ご満悦である。勿論今回の主賓であるアレックスに対し、ダンス云々で茶々を入れるような人物はいないのもあるのだが、周囲も口をそろえて賛辞を送っており、天狗にならない方がおかしかった。
「なになに、ユーリも上達している。そう畏まるな。私で良ければ何時でも練習相手になろう。まあユーリ程の女性だ。私が独り占めするわけにもいかないがな。なあ、アレス」
「そうですね、私はダンスに関しては正直力を入れてきませんでしたが、ユーリ嬢と踊れるのであれば、もっと精進しないといけないな。ダンスでもアレックスに負けたままではいられないからな」
「クククッ、アレス、言うではないか。まあ剣もダンスも負ける気はないからな」
そう言ってアレックスとアレスは、お互いニヤリと笑みを零しながら頷き合う。如何にも男の友情を確認し合うかのような振る舞いだ。ただセリアリスはそんな2人の姿を見て、そもそもユーリの意見は考慮されているのかしらと、内心溜息を吐いた。
面白い、これからに期待、頑張ってと言っていただける方は、是非ブックマーク並びに評価のほど、お願いします。それが作者のモチベーション!
レビュー、感想もお待ちしております。
よろしくお願いします!




