第六十六話 誕生日会スタート!
その日ユーリはアレスが用意した馬車に乗り、王城内にある迎賓館へと向かっていた。今ユーリの前に座るのは、その馬車を用意したアレスである。ユーリはてっきり王城内での合流かと思ったが、彼はわざわざアナスタシア邸にまで迎えに行くと言って聞かなかった。結局、ユーリは折れる形でその申し出を受け入れて、今に至るのである。
『とは言っても、折角馬車に同乗しているのだから、何か話しかけてくれれば良いのに』
同乗した最初こそ、ユーリのドレスを褒めたりと言葉をかけてくれたが、次第にその口数は少なくなり、今は無言だ。ユーリはその沈黙が少し居た堪れなくなり、自分から話しかける事にする。
「えっと、アレス様はアレックス様とはお付き合いが長いのですよね?」
2人の共通の話題となるとアレックスの話をするのが手っ取り早い。なので、その事を聞いてみる事にする。
「うむ、確かにアレックスとの付き合いは長いな。彼此10年位にはなろうか。私の父が近衛騎士団の隊長という事もあり、その護衛兼友人として長く付き合って貰っている」
「そうなんですね。10年、長いお付き合いですね」
「うん、まあな。エリクと共にこの10年、上下は勿論あるが、それでも対等な友人として接して貰っている。彼は本当に素晴らしい友人だよ」
アレスはそう言って、アレックスに対する賛辞を惜しまない。ユーリには幼少の頃の対等な友人などいない。孤児院時代でも下の子はいたが、同年代はおらず、神の加護を授かってからは誰もが対等たろうとはしなかったのだ。だからこそ少し羨ましく思う。
「素敵な関係でいらっしゃるのですね。私には幼少の頃よりの友人などいませんので、羨ましく思いますわ」
「ふむ、そうだろうか。まあゆくゆくは彼は主君となる存在。そういう意味では、この上ない主君とは言えるかも知れないが」
アレスはそう言って少し首を傾げる。持っている者には有り難みが分からないのだろう。そんなアレスをユーリはクスクスと笑う。
「はい、素敵な主従でいらっしゃいますわ」
アレスはその可愛らしい笑みに思わず惚けた表情になる。
「う、うむ。そういうユーリ嬢こそ、次期王妃候補であるセリアリス嬢とは仲が良いではないか?いつかは我らの様な良い関係も築けよう」
「はい、セリアリス様には良くしていただいております。それこそ対等に接して頂いて、いつかアレックス様とアレス様の様な関係に成れると良いですね」
やはりユーリは嬉しそうに顔を綻ばせる。アレスはやはりユーリに見惚れ、二の句が継げなくなる。するとユーリが不思議そうに会話が途切れたアレスを見る。
「アレス様?」
「う、うむ、そうなれると良いな。うん、きっとなれるぞ」
結局顔を真っ赤にしたアレスは、それ以上の言葉を発する事が出来ず、馬車の中は再び沈黙に包まれるのであった。
◇
その頃迎賓館の一室では、アレックスが自らの誕生日会の始まりをパートナーであるセリアリスと共に、今か今かと待っていた。
この誕生会はゲームでのイベントの一つである。アレックスとその他キャラクターが好感度を上げる為のイベントで有る。ユーリに関しては、一旦はアレスに譲っているが、念押しで自分もダンスをする事をアレスには約束させている。なので、今はパートナーであるセリアリスとの関係を深める事が重要だった。
『でもゲームでは前段階なんか無かったから、今は何を話せば良いんだ?この前、クロイツェルの野郎と一緒のところを疑っちゃったし、正直何話したら良いかわかんねーっ』
そうイベントでは出来事やダンスもあるので、幾らでもやり取りが出来るのだが、いざ2人っきりとなると、話題が思いつかない。セリアリスも何だか話しかけて来ないし、アレックスは如何したもんかと考えあぐねていた。
「セリアリス、身体の具合の方はもう大丈夫なのか?」
考え抜いた結果、結局出た言葉は体調不良に纏わる話だった。アレックスはこの前の古代遺跡でもう大丈夫と聞いていたのに、繰り返しの質問しか思い付かない自分のヘタレ具合に、つい仏頂面になる。しかしセリアリスはそんなアレックスの心情も知らず、いつもの凛とした笑みを見せて、優雅に礼をする。
「ご心配頂き、有難う御座います。お蔭様ですっかり体調は戻りました」
「う、うむ。それならば僥倖。あー、そう言えばあの後は如何したのだ?」
アレックスは、2度目の失態を自分で悟る。あの時も嫉妬でつい声を荒げてしまって、今もまた嫉妬を感じさせる様な発言である。ただそれもセリアリスは気にした素振りを見せず、淡々と答える。
「はい、あの後はメルテさんのご実家、スザリン様のお家に宿泊させて頂き、翌日にはレイ様やスザリン様に送って貰って、自領へと戻りました。王都には昨日戻ってきたのですよ」
アレックスは、そこでレイの名前が出た事で少しモヤッとした気分にもなるが、スザリンの名前も出た事で、嫉妬するには些か大人気ないと何とか自省する。
「まあ自領で静養出来たのなら良かった。今日のパートナー役も期待しているぞ」
「はい、精一杯務めさせて頂きます」
そこでセリアリスは、気品のある笑みを溢す。
『くーっ、やっぱセリアリスも可愛い。ハーレムルートなら、そろそろキスシーンもあっていい頃だし、あ、でも迂闊に手出すとセリアリストゥルーエンドに入っちゃうし、悩ましいーっ』
トゥルーエンドは特定の相手だけと親密性を上げる必要がある。逆にハーレムエンドは一定水準以上にする必要はあるが、突出させると破綻する。アレックスにとっては、ユーリが1番でセリアリスは2番手。2番手のトゥルーエンドに入るわけにはいかないのだ。
そんなアレックスの姿をセリアリスは眺めながら、再び訪れた沈黙を少しだけ心地良く思うのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「それではこれよりアレックス殿下の16回目の誕生パーティーを開催致します」
その掛け声と共に、迎賓館2階よりアレックスがセリアリスと腕を組みながら優雅に階下へと降りてくる。
会場は破れんばかりの拍手と共にファンファーレが鳴り響き、会の一層の盛り上がりを掻き立てる。
アレックスとセリアリスは1階と2階の途中の踊り場で歩みを止めると、アレックスがそこから会場の皆へと声を掛ける。
「皆のもの、此度は私の誕生日を祝う為に集まって頂き感謝する。つい先日、王家には暗い話題もあったが、今宵はその闇が払われた祝いの場でもある。存分に楽しみ、明るき未来の為に大いに盛り上がろうではないか」
オオーッ
アレックスは敢えて国王の呪いの事に遠巻きながらに触れて、それが解消された事で、王家安泰をアピールする。ここにいるのは上位貴族のみであり、いわば国を支える中枢である。無駄な隠し立てよりかは、解消された事をアピールした方が得なのだ。観衆もその事を良く弁えている。しかも次代の王の発言である。会場のボルテージはまた一段と上がる。
そしてまずは来賓者達の王子への挨拶が始まる。アレックスは笑顔でこれに応じ、セリアリスもまた微笑みを持ってこれを支える。周囲から見たら仲睦まじい姿であり、アレックスもまた、より上機嫌にそれに応える。
そこにユーリとアレス、エリクとエリカの生徒会メンバーも順番で挨拶に訪れる。
「アレックス様、この度は誕生日おめでとうございます」
「おおユーリ、アレスのエスコートは大丈夫か?」
「はい、良くして頂いております」
「ふむ、今はノンビリと話せぬが、また後ほど、生徒会メンバーで話そうではないか」
流石にまだまだ列をなす来賓者の前で、多く時間を割くわけにはいかないので、差し当たってアレックスはそう言葉を返す。ユーリも状況を理解しているので、笑顔でそれに応じ、その場を離れてセリアリスに一声かける。
「セリーもそのドレス素敵よ。薄藤色の髪によく映えてるわ」
「フフフッ、有難う。また後でゆっくりとね」
セリアリスは、親しげな笑みをユーリに向けて、明るい声を出す。アレックスのそんな仲良さげな2人を見て、満足げに笑顔を見せる。
『うん、この2人が仲良いのは、良い傾向だな。実際にハーレムになって仲違いとか嫌だしな』
アレックス自身、ゲームシーン上でこの2人の仲が良いシーンを見た事は無いのだが、実際にハーレムとなれば、仲が悪ければハーレムにはならないだろう。だからこそその姿は、自分のルートに対し良い傾向だと満足するのだった。
◇
その後会場ではダンスが始まり、まずは主賓であるアレックスとセリアリス、そしてその友人達といういう事で生徒会メンバーによるペアでダンスが始まる。
アレックスとセリアリスペアは、ダンスではアレス・セリアリスペアで踊った時よりもやはり安定しており、エリク・エリカペアに勝るとも劣らないダンスを披露するが、ここではアレス・ユーリペアがやや見劣るダンスを披露してしまう。
「すみません、私が上手に踊れないばかりに……」
ユーリが申し訳なさそうにアレスへと謝罪をする。確かにユーリはダンスが上手とは言えない。まだ踊り始めて1年足らず、やはりキャリアが足らないのだ。ただどちらかというと、その責任はアレスにある。彼のダンスキャリアは、ユーリよりも遥かに長く、そして回数も多い。しかしそもそもダンスに対し熱心に取り組んでいなかった点もあり、凡庸なのだ。その上、今回は自分がリードしなければとやや気負った面もあり、決して上手くいったとは言い難かった。
「いや、私の方こそ上手くリード出来ず申し訳ない。君には一切の責任はない」
アレスはそう言って、素直に謝罪する。ユーリは少し困った顔を見せ、このままお互いに謝罪をしてても話が進まないだろうと思い、話題を変えてみる。
「では、お互い次に踊る時はもっと上手くやれる様にしましょう。それにしても、アレックス様とセリーのダンスは、踊られる機会も多いのか、凄くお上手でしたね」
「ああそうだな。多分アレックスのダンスの癖を1番に理解しているのは、セリアリス嬢だろう。あの2人は本当に息が合っている」
「はい、そうですね」
アレスも自分の失態を気にせずフォローしてくれたユーリの話に乗り、アレックス達に賛辞を送る。ただユーリはそれに返事をしつつも内心で、少しだけ違和感を覚える。
『うーんでも、どことなくセリー詰まらなさそうなのよね。まあレイとのダンスに比べたら物足りないのかもだけど』
交流会の時にレイとダンスを踊ったセリーは、本当に楽しそうだった。まあそれと比べると今回のダンスも1枚も2枚も落ちる。そう考えると今この場にセリーと自分の大切な友人がいない事に、少し寂しさを覚えるのだった。




