第六十三話 ノンフォーク公との会合
レイはその日王城内を歩いていた。
先日の古代遺跡探索の後、生徒会メンバーと別れ、一旦スザリンの家へと戻り、セリアリスを最寄の宿場町まで送った後、1人王都へと戻ってきていた。そして王都に着いた次の日には、カエラ公爵夫人の手紙と遺跡で手に入れた剣を持ち、ノンフォーク公へ会う為、王城へと足を運んでいたのだ。
王城内には王国軍の総司令部があり、そこにはノンフォーク公の執務室がある。カエラ公爵夫人の話だとそこにノンフォーク公が詰めているという話なので、今はそこへと向かっている。
途中、軍の練兵場があり、そこでは国軍の訓練が行なわれている。レイはそれを遠巻きに眺めながら、建物の中へと入り、一階にある受付に声を掛ける。
「失礼します。王国軍海軍所属レイ・クロイツェル少佐であります。この度ノンフォーク閣下夫人カエラ様より書状を預かり、お届けに参りました。ノンフォーク閣下へのお取次をお願い出来ますでしょうか?」
「承知しました。では閣下に確認して参りますので、そちらにお掛けになってお待ち下さい」
受付にいた女性士官は事務的な応対で対応してくれ、レイは1つ頷くと指定された席へと腰を掛ける。そして暫くするとその女性士官が戻ってきて、レイをノンフォーク公の元へと案内してくれる。
コンコンコンコンッ
「入りたまえ」
ノックの後にノンフォーク公の声が掛かり、レイは部屋の中へと案内される。
「失礼します。王国海軍所属レイ・クロイツェル少佐であります。この度、御夫人よりの書状をお届けに参りました」
「うむ、わざわざご苦労だったな。まあそこに掛けたまえ。ああ、ライラ君、悪いがお茶を用意してくれんか」
「承知しました」
先程の女性士官はライラさんと言うのだろう。彼女はその場でお茶の用意し、部屋から立ち去るとレイは執務室にあるソファに腰を掛ける。ノンフォーク公も自席からレイの対面にあるソファへと移動をし、レイから手渡された手紙を読み始める。
「ふーっ、……成る程。まさかセリアリスまでその身に危険が及んで居たとは。如何やら、クロイツェル少佐には感謝をせねばならないな」
如何やらカエラからの手紙の内容をノンフォーク公はすんなり信じたらしい。ただレイはその発言の中で気になる点があり、その事を聞いてみる。
「自分はさしたる事はしていませんので、そのお言葉だけで、十分でございます。それより閣下、今セリアリス様までと仰いましたが、他にも心当たりがあったのでしょうか?」
そうノンフォーク公は確かにセリアリスまでと言った。これは他の人物で呪いに掛かっていた人物がいた事を示唆している。するとノンフォーク公は感心した表情を見せて、それに答える。
「ふむ、君は中々に聡いな。流石はクロイツェル少将の息子と言った所か。カエラからの手紙にも君の事をいたく褒めてあったよ。それでその質問に対してなのだが、先日新たな神の加護持ちが見つかった」
「新たな加護持ち……でございますか?」
レイは加護持ちと聞いて、まずユーリを思い浮かべるが、彼女の名前は大分前から知れ渡っているので、その考えは否定する。
「そうだ。神の加護持ちとしては、アナスタシア枢機卿の養女でユーリ嬢がいるが、それとは別でな。宰相のミルフォードの養女でエリカ・ミルフォードが神託を受け、加護を授かったのだ」
「エリカ・ミルフォード様がですか!?」
レイは意外な名前を聞いて、思わず吃驚する。確かに聖魔法の使い手で、優秀な人物との評判である。ただつい先日も見かけた時にはそれらしい素振りは無かったので、全く想定外の人物だった。
「うむ、そして彼女の加護は至高神アネマの加護。アネマ様は魔を払う事に秀でている。その加護の力で王城内に蔓延る呪いを告発し、昨日それを払ってくれたのだ」
「成る程、それでまでと言うお言葉だったのですね。合点がいきました」
レイは、ならば後は古代遺跡で見つかった剣を引き渡せば用件は終わりだなと安堵する。カエラさんからのもう一つの依頼だった王城内の呪いの捜索は不要になったからだ。しかしノンフォーク公はそれで話を終わらせず、ニヤリとする。
「ときにレイ少佐は呪いを感知出来るそうだな?」
「は、はい、まあ……」
レイはあっこれは面倒事の予感とばかりに、顔を痙攣らせる。するとノンフォーク公は警戒するレイを楽しげに見ながら語り出す。
「ハッハッ、まあそう警戒するな。君が予備役だと言うのは理解している。なのでこれはあくまでお願いの範疇だが、今件は非常に根深い問題だ。王都内の治安維持は国軍の管轄。この様な犯罪を犯す様な輩をのさばらせておくわけにもいかん。なので、呪いを感知出来る君に捜査の協力をお願いしたいのだ」
確かに王城内で呪いを蔓延させる様な輩がこの王都内にいるのはレイとしても気にはなる。ただレイ自身に特段の害はないのも事実なので、余り前向きにはなれなかった。
「えーと、協力と言うのは具体的には?」
「何、その犯人が個人なのか、組織なのかはわからんが、王城内に入り込めると言う事は、貴族側にも協力者がいる可能性が高いだろう。となると組織ぐるみの可能性が高い。一個人とやり取りすれば、貴族で有ればすぐ噂が立つからな。組織となるといくつかの犯罪組織は軍でもマークしている。そこで呪いの痕跡を捉える事が出来れば、一気に殲滅をする事が可能だ。その手助けをしてもらいたい」
レイはそこで悩む。今は予備役で有事以外は原則軍の指揮命令下にはない。なのでノンフォーク公もお願いと言う体裁で話をしているのだ。最悪拒否しても問題はないのだがと思った矢先、ノンフォーク公が先手を打ってくる。
「ちなみに君はセリアリスと友人関係なのだな」
「はっ、僭越ながら友人として接して頂いております」
「うん、これはその友人の父親としての頼みなのだが、娘が再び危険な目に遭わない様に協力してくれると嬉しい」
レイはそう言われては、二の句を継げない。確かにセリアリスの事を思えば、その危険の芽は摘み取ってあげるべきなのだ。なのでレイはこの場で出来る精一杯の意趣返しをする。
「それはカエラさんの入れ知恵ですね?」
「クッハハハッ、うん、私も君を気に入ったよ。カエラ同様にね。うん、ならこの件をお願いしても良いかな?」
「はっ、承知しましたっ」
結局はノンフォーク夫妻にやられてしまうレイであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
レイがそんなやり取りをしている時、別の場所ではアレックスとアレスが剣の修練をしていた。
「はあっ」
気合を入れたアレックスの一撃がアレスの持つ剣を捉える。
ガキッン
「くっ」
その剣をまともに受けてしまったアレスは苦悶の表情を浮かべる。アレックスはそこで一旦手を止め、アレスを見る。
「やめだ。集中してない人間と修練しても、気が散るだけだ」
「す、すみません」
アレスは沈んだ顔で謝罪する。アレックスの言っている事は正しい。今アレス自身が集中しきれていないのは、自分でわかっていた。するとそんなアレスの様子を見て、アレックスが呆れた声を出す。
「如何した、アレス。何やら悩みでもあるのか?我らは友人だろう。話くらいいくらでも聞くぞ」
アレックスも古代遺跡から戻ってくるまで、アレスが何かしら考え込む姿を見ているので、気にはなっていた。まあ、何を考え込んでいるかはおおよそ見当は付いてはいたが。
「うっ、いや、そのユーリ嬢の事で……」
アレス何とかその言葉を絞り出す。アレックスはそれを聞いて、1つ溜息を零す。まあそうだろうと察してはいた。そもそもアレスのルートではユーリと結ばれるトゥルーエンドが存在する。ここ最近のアレスの態度を見れば、彼女に良い所を見せようと言うのがありありと見えたのだ。ただそれを素直に応援する訳にもいかない。何故ならユーリはアレックスにとっても攻略対象なのだから。
「ふむ、ユーリに惚れたか?」
「ほ、惚れたと言うか、気になると言うか、彼女はその外見だけでなく、その性格が素晴らしいというか、俺も貴族の子女は数多く見てきたが、打算のない優しさというか、いや、決して惚れたとかではないのだが……」
どう見ても惚れている男のそれである。なので、ばっさりと切り捨てる。
「それを惚れていると言うのだろう。で、アレスは如何したいと?」
「うっ、今はまだそこまでは…」
アレスはそこで煮え切らない反応を見せる。アレックスはそこで少し考える。アレックス自身ユーリを諦める気はない。かと言って、アレスを突き放し、貴重な仲間を逃す気も無いのだ。
「成る程な。なら予めアレスには宣言しておこう。私も又、ユーリを狙っている。まあ私以外にも彼女を狙うものは多いだろう。ただ彼女は聖女だ。無理強いして添い遂げる選択肢はない。あくまで彼女を振り向かせた結果で結ばれるべきだ。勿論、彼女の目がアレス、お前を追うなら私は諦める。彼女が私を追うなら、お前が諦めろ。如何だ?」
「宜しいのですか?それで?」
アレスはそう言うと少しその目に意志が篭る。アレックスとしては、ユーリを諦める場合は、アレスと結ばれて欲しい。勿論、自分が諦める選択肢はないが、それでも失敗するならその方が自分に利益があるのだ。だからアレックスはニヤリと笑みを溢し、1つ提案する。
「フンッ、私に勝てると思うのか?まあそれは良い。ところで今月の終わり、いつも通り私の誕生会がある。私は婚約者のセリアリスをパートナーとしなければいけない為、ユーリは誘えん。アレスお前はパートナーが決まっているのか?」
「分かりました。そう言う事でしたら喜んで、ユーリ嬢を誘いましょう」
アレスはアレックスの意図を汲み取り、恭しく礼をする。アレックスは友人らしい気易さでその肩を叩き、笑みを見せる。
「おいアレス、私もユーリと踊るからな、それ位は邪魔するなよ」
「フフッ、仕方がないのでそれ位は譲りましょう。まあ王子の命令ですからね」
そう言い合って、お互い笑い合う。その後、再び、剣の修練は続き、その修練はお互い熱こもった良い稽古となった。
ただお互いに自分達以外の人物を失念するのが、らしい2人だった。




