第五話 ワシントス王立学院
意欲の2話目。
レイ達はその翌日には予定通り、王都ワシントスに到着する。王都の周囲には高さ20Mはあるだろう城壁があり、その東西南北に大きな街道と城門がある。実は城門周辺にもかなりの大きい集落があるのだが、そこは所謂、スラムといわれる区画であり、その日暮らしをするのもやっとというような貧民街となっている。
レイ達はその城門を潜り抜け、まっすぐ王城方面へと進む。暫くすると王城に向かう道の途中に貴族街の内壁と検問を目的とする詰所が現れる。貴族街は当然、貴族階級やその使用人しか入れない為、その身分や関係性を明らかにしないといけない。セリアリス一行はその馬車や武器、装備にノンフォーク家の家紋が入っている為、詰所では検閲なしで素通りできるが、レイは、貴族街に入らず、学院のある区画にそのまま移動するつもりでいたので、そこでセリアリス達と別れる事にする。
馬車の脇に馬を進め、窓から外に顔を出したセリアリスは、その事にも不満げな表情を見せる。
「レイ、折角だから、今日は公爵家の王都邸宅に泊まってくれてもいいのだけど。そしたら、明日、一緒に学院の寮に向かう事ができるのに」
「いえ、セリアリス様のご厚意はありがたいのですが、流石に寄子でもない私が、公爵家にお世話になる訳にはいきませんので。それに、私の荷物は直接学院の寮の方へ送ってますので、一足早く、荷解きをしたく考えております」
レイにしてみれば、一緒に入寮などすれば、どんな噂をたてられるか、と気が気ではない。貴族街には母の実家であるドンウォーク子爵邸もあるのだが、そちらは学院生活が落ち着いてから、挨拶にうかがおうと思っていたので、今回は貴族街に入ろうと思ってすらいなかった。そんなレイの言い分もセリアリスは理解しているので、不満顔ながら了承する。
「もう、判りました。ではまた、お会いする事もあるかと思いますが、その時は多少なりとも付き合って貰いますわ」
「はい、その時は私の方からも、是非お声掛けさせて頂きます」
レイはそれを笑顔で受け止めると、馬首を翻し、学院へ移動する。王都内は大通りであれば、馬上で移動しても問題ない。ちなみに学院は貴族街の内壁沿いを東に行った先にあるので、暫くすると、学院の周囲にある外壁を確認する事ができた。
「うん、ここが3年間お世話になる王立学院か。随分広い敷地だな。まあ貴族だけでなく平民の人も通う学校だから、このくらいの規模は当然なのかな。っと、立ち止まっても仕方がないし、さっさと行くか」
レイは敷地の広さに少し感心するが、気後れしても仕方がないので、そのまま学院の入り口へと向かい、馬から降りて、正門前にいる守衛へと声をかける。
「すいません、この春から、学院でお世話になるレイ・クロイツェルと申します。入寮手続きを済ませたいのですが、何処へ向かったらいいでしょうか?」
すると守衛らしい年配の兵士が、レイを見て、返事をする。
「ああ、この春の新入生ですね。えーと、馬で来なすったのですか。まず馬を学院内の厩舎に預けて頂き、その足で管理棟の中にある庶務室に行かれるといい。そこで諸々手続きを行って貰えるのでの」
「有難う、厩舎はこの道を真っ直ぐ行けばわかるかい?」
「へい、この道を真っ直ぐ行くと、左に逸れる道が出てきます。その道を真っ直ぐ行くと厩舎になるので、そこにいるものに預けてくだせえ。馬をそのまま維持するのであれば、庶務室で手続きすれば、厩舎側で預かってくれますので、事務の者に伝えてください」
守衛はそう言って、丁寧に説明してくれる。レイはそれに対し、こちらも丁寧に感謝を述べると、そのまま厩舎に馬を預けて、庶務室へと向かう。
「すみません、この春からお世話になるレイ・クロイツェルと申します。入寮の手続きと厩舎利用の手続きをお願いしたいのですが」
レイは庶務室の受付に座る女性に対し、声をかける。女性は20代半ばだろうか、眼鏡をかけた理知的な印象を与える女性だ。女性は手元に広げていた書類から目を上げて、声のしたレイの方に目を向ける。
「ああ、新入生の方でしょうか?失礼ですが、もう一度、お名前と、それと貴族の方でしたら、爵位等をお教えいただいても良いでしょうか」
「はい、レイ・クロイツェル、クロイツェル子爵家の嫡男です。この春から学院でお世話になります」
それを聞いて事務の女性は名簿の中からレイの名前を探す。恐らく平民と貴族で名簿が二つあり、貴族の方は爵位で区分されているのだろう。ほどなくして、名簿の中からレイの名前を見つけ出すと、事務の女性は再びレイに顔を向ける。
「レイ・クロイツェル様、お名前が確認できました。ようこそ、エゼルバイト王立学院へ。既にお荷物は学院に届いておりまして、レイ様のお部屋に届けております。えーと厩舎のご利用とのことですが、馬でいらしたのでしょうか?」
「はい、王都からクロイツェル領はかなり遠いので、移動は馬で来ました。そのまま休日等でも利用しようと思っておりますので、厩舎で預かっていただきたいと考えております」
「そうですか、貴族の方で馬でいらっしゃる方は決して多くないので、珍しいですね。ああ、すいません。ではこちらの書類にサインをお願いします」
レイはその感想に思わず苦笑しつつ、サインした書類を手渡す。
「実は私は軍属でもありますので、馬の方が慣れているのです。馬車は逆に疲れてしまって」
レイは、実は父の軍組織の将校扱いで、階級も少佐の階級を持つ立派な士官である。とは言え、軍内で部下がいるわけでもないので、士官らしいことはなに一つしていない単純戦力だったりする。
「いえ、全くいないというわけではありませんので、こちらこそ、失礼しました。それより、本日はこの後、ご予定はございますか?無いようであれば、このまま、寮でのお部屋にご案内させて頂きますが」
「はい、荷解きもしたいので、寮への案内をお願いします。それと食事がとれる場所さえ教えて頂ければ、夜はそこで食事を取れればと考えています」
「承知しました。ああ、私はヘレンと申します。学院の庶務をしておりますので、設備等で確認したいことが有れば、お気軽にお問合せ下さい」
ヘレンはそう言って、ニコリと笑顔を見せる。レイは先ほどの守衛といい、このヘレンといい、対応がしっかりしているのに、素直に感心する。ヘレンはそのまま、庶務室を出て先導しつつ、レイに話しかける。
「レイ様は、貴族なのに、あまり偉ぶったりはしないのですね」
「えっ、ええ、当然私の方が年下でもありますし、学生でもありますので、貴族云々は余り関係ないのでは」
「フフフッ、そうですね。学生というくくりであれば、普通の事かも知れませんが、やはり貴族のご子息、ご令嬢はそうでない方も多いのですよ。勿論レイ様も子爵家の方ですから、上の家格の方々には気を遣われるとは思いますし。一応、学院の理念として、貴族、平民に関わらず、同じ学び舎で学ぶものとして、実力主義を謳ってはおりますが、そう簡単にはいかないのです」
これは、気を遣われているのかなとレイは思う。クロイツェル領内はそう言う意味で、貴族と平民にそれほどの貴賤はない。むしろ気安く接してくれる方が気が楽だし、嬉しくもある。では、レイ達クロイツェル家が領民に軽んじられているかといえば、むしろその逆で、気安い中にもキチンと敬意や尊敬、信頼を寄せてくれるのだ。
レイは、そんな関係が好きだし、これからもそんな関係を守っていきたいと考えている。ではこの学院、ひいては王都はどうかというと、そうはいかないのだろう。より貴族が多く、その権威も強い。上下の意識も強いのだろう。レイにしてみれば、実力が伴っての上下関係であれば、喜んでそれに追従するが、単純に血統だけの話であれば、関わらないようにしようと思っていた。
「ああ、そう言う事ですか。まあ私は所詮辺境の田舎者なので、あまり中央のそれに興味はないので、関わり合わなければいいかなと思っています。貴族風なんか吹かしたところで、パン一個手に入る訳ではないですからね」
「そうですね。まあ関わりあわないというのも、一つの選択肢だとは思いますが、恐らくそれは難しいかと思いますよ」
そう言ってヘレンは苦笑する。学院内の貴族と平民の比率は半々で貴族子息、令嬢が多い。平民も半数はいるが、貴族側と積極的に絡もうとはしないので、貴族子息、令嬢はそちら側に組する機会が多くなるのだ。これから3年間の学院生活、絡みたくなくても絡まなくていはいけない状況は必ずくるのだ。
「はぁ、ですよね。別に楯突いて嫌われるでも構わないのですが、両親は兎も角、祖父母に迷惑がかかるのは、少し考え物ですね」
「ご両親は構わないのですか?」
「ええ、何分王都から離れた辺境ですから、別に咎められたところで、直ぐに身に危険が迫る訳ではないので。とは言え、母方の祖父母は宮中貴族ですから、そちらに影響が出るような事は迷惑なので、避けたいですね」
まあレイにしてみれば、いざとなったら、ドンウォーク家ごとクロイツェルに呼び寄せてしまえば、済む話ではあるのだが、流石に、先方の意志の問題もあるので、勝手は当然できない。
ヘレンは目の前の少年が、随分と剛毅な事を平然と言うので、少しあっけに取られるが、その表情から率先して面倒を起こそうという雰囲気は感じられない為、一旦そこは棚上げする。
「え・・・・・・、ええ、そうですね。何かあると困りますから、穏便に済ませてくださると助かります。あ、そこが、学生達の生活する寮になります。学院は全寮制となっておりますので、休み期間以外は原則、こちらでの生活となります。又、部屋により個室と相部屋とがありますが、ええと、レイ様は個室をご利用ですよね。個室には部屋の中にシャワーや洗面台などもありますので、そちらご自由にご利用下さい。又、食堂は一階奥にございます。この時期は春休み期間となっていますので、今寮におられる方は少ないのですが、食堂は開いてますので、ご利用下さい。ちなみに学院内にはその他にカフェや購買、レストランなどもありますが、授業が開始するまでは開いてませんので、今は食堂を利用されるか、学院外の飲食店をご利用されるのが良いかと。ちなみにレイ様は三階の305号室となりますので、そちらをご利用下さい」
「有難うございます。今日は食堂で夕食を頂こうと思いますが、明日は王都の街を見に行きたいのですが、外出には許可が必要になりますか?」
「いえ、王都内であれば、外出は構いませんよ。ただし、正門には門限がありますので、門限内の帰寮が条件となります。又王都外に出る場合は、外出許可を取る必要がありますので、その場合は庶務室の方にまた来てくれればと思います」
「わかりました。これから色々お世話になりますが、よろしくお願いします」
「いえ、学生の生活の手助けをするのも庶務の仕事ですから、お気になさらずに」
そう言って、ヘレンはその場を離れる。レイはそんなヘレンを見送った後、自室へと向かい、部屋の中に入る。
部屋の中は、ベッド、勉強机、本棚、衣装ケースと生活に必要そうなものは一通りそろっている。部屋の中を見渡すと、クロイツェルより送った荷物も届いており、レイは早速とばかりに、自室の部屋づくりに勤しむのであった。
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