第五十六話 迷宮攻略①
暫く迷宮編予定。
古代遺跡というものは、いくつかの種類に分類される。一つは神殿型。広大な土地に大きな神殿のような造形物が建ち並び、そこに古代に祭られた神々の像があったりする。これらの神殿型は、現在、人族の住む大陸ではほぼ、その発掘が完了しており、実際に神殿として再利用されているものも多い。神聖オロネス公国の聖都の神殿はその再利用の最たるものであり、信仰の中心とまでなっている。その他は、巨大な塔の廃墟であったり、都市を模したものであったりと様々だが、その数が多く、最も解明が進んでいないのが、迷宮型と言われる古代遺跡である。
この迷宮型というのは、古代遺跡内に魔核といわれるコアが存在し、このコアに蓄積された魔力により構成された遺跡である。造られた目的は様々で居住として、信仰の対象として、はたまた何かしらの封印になど色々な話が上がるが、そのどれ一つとして可能性の域は出ず、いまだ本当に何故このような遺跡が存在するのかは、全く不明である。
ただし、この迷宮型にはいまだ未解明な部分が多くあることから、その副産物も存在する。それが旧世界における魔導具といわれる古代の遺物だ。現存する魔法文明とは明らかに違う高度な魔法処理をされた遺物がこれらである。これらは通常の市民には当然出回らず、多くのものはオークションでしかお目見えされないようなものばかりである。武器、防具、アイテムとその用途は様々だが、これ一つで屋敷一つ立つくらいの収益が上がる為、一獲千金を目指す冒険者にとっては、夢の産物である。
では積極的に遺跡発掘すればいいとなるかといえば、そうもいかない。なぜならそこには大量の魔物が存在するからだ。ガーディアンともいわれるこのダンジョン内の魔物は、遺跡毎それこそその遺跡内の階層毎ででる魔物の種別も強さも変わる。高位の魔物の出るダンジョンもあれば、下級の魔物しか出ない遺跡もある。だからこそその攻略も進む遺跡とそうでない遺跡が存在し、そうでない遺跡に関しては、国が管理をして出入りを禁じているものも少なくない。
では今回のこの遺跡はどうかというと、実は元々管理は国軍が管轄している。それは現在においてもそうなのだが、今回はここの遺跡の存在を聞きつけた近衛騎士団が、いわばフライングをした格好だ。実は裏の根回しを今回引率で同行しているアーネストがしており、加えてアレックスを参加させる事で、いざ国軍にばれた時も、必要以上に揉め事にならないよう配慮がされている。なぜならここが直轄領であり、土地自体は国王陛下のものだからである。当然王族であるアレックスがいる事で、国軍の横槍を阻止する目論みがある。
『さてさて、後は私がお目当てとするものをどうやって手に入れるかですが……』
そう内心でアーネストは思案する。元々アーネストはこの遺跡内にあるとあるものを手に入れる為に、この引率という手段でこの常闇の森の遺跡に来たのだ。ただそのものを手に入れるには、ダンジョン内の下層部まで足を踏み入れる必要がある。近衛騎士団が10名もいるので、攻略自体は然程懸念をしていないが、単独行動となると中々難しい。彼は立場上教師であり、その生徒達と共に行動する必要があるからだ。この常闇の森の遺跡は層自体が3階層とそう深くないが、広さは中々のものだ。しかも階層毎に階層主と呼ばれる上位の魔物が現れる。そしてアーネストのお目当てのものは3階層目にあるとなれば、取りあえずは、3階層までは、集団行動する必要があるのだ。
『ふーっ、ここまでは書物通りでしたが、中々に大変ですね』
時折、エンカウントする魔物を、近衛騎士団を中心に撃退していく。ちなみにこの階層は、亜人種といわれるゴブリン、コボルド、オークなどの比較的弱い魔物たちだが、集団で行動する。これが少数の冒険者パーティーだったりすると苦戦もあり得るが、今回は、総勢で16名と人数が多い為、数的有利という戦術を使えない彼らに勝ち目は当然ない。そういう意味では、学生達にも少なからず、実戦機会が与えられる為、本当に実習目的であれば、いい経験にはなるのだろう。
「皆さん、素晴らしいですね。まだ学生の身分で、ここまで余裕を持って戦える方は中々いませんよ」
「うむ、ただここは近衛が大多数を引きつけているからこそだろう。まだまだ、我々が単独で行動するには、経験が足りないな」
そう言ってアーネストの賛辞に、謙遜をするアレックス。確かにアレックスに関して言えば、人生初めての実戦経験で、やや顔も青白く生気が足りない。ただそれ以外のメンバーはというと、意外にも落ち着いており、勿論未熟さは痛感しているのかも知れないが、そこまで自信喪失とはなっていないようだった。
「アレックス殿下、今回はその為の実習でしょう。そういう意味では収穫は多く、現時点ではなんら問題ありませんよ。そうそう、とは言え時間は有限です。後で近衛とも相談しますが、どこかのタイミングで、人数を半数に分けて二手で探索としたいのですが、いかがでしょうか?」
「二手にか?うむ、確かに現状では戦力過多なのは否めないな。エリクはどう思う?」
「そうですね、私も異論はありません。近衛が5名もいれば、前衛としては十二分でしょうし、我々は魔法支援を中心に、時に前衛をフォローという形で動ければ、そう遅れも取らないでしょうし。ただ階毎の階層主に関しては、合流して当たった方がいいかと思いますが」
するとアーネストも同調する。
「そうですね。とても妥当な考えかと。エリク君は中々に優秀ですね。では組み分けをどうしましょうか?私も含め、学院メンバーは6名。女子生徒が2名ですから、ここは分けるとして、後は、どう組み合わせますか?」
するとアレックスは考える。自分とユーリ、エリクとエリカは確定だろう。自分達の組にアレスを入れるとやや魔法攻撃が弱くなるが、現状ユーリの守りを考えてるとアレスが望ましい。勿論、自分もいるのだが、アレックスはそこまで自分の力を現時点では確信していなかった。
『やっぱ、まだまだビビっちゃうしなぁ。それに殺すって慣れないし。ここはまだアレスも必要かな』
勿論、嫉妬云々もあるのだが、ユーリの身の安全が必要だ。アレックスはそう決断すると、組み分けを発表する。
「では私のチームはユーリとアレス、もう一つはエリク、エリカとアーネスト先生にお願いしたい」
「分かりました。ではエリク君、エリカさん、よろしくお願いしますね。とは言え、このメンバーだと前衛の近衛騎士を支援する形がメインでしょうが」
「はい、先生。よろしくお願いします」
代表してエリクが挨拶をする。一方のアレックス達は、アレックスがアレスに言う。
「正直、私はまだまだ実戦慣れが必要だ。その分、ユーリに手が回らない部分も多いだろうから、フォローを頼むぞ」
「勿論です。ユーリ嬢、君の事は私が責任をもって守るから、安心してくれ」
「はい、私も足手まといにならないように、頑張りますね」
ユーリが明るくそう言葉を返すと、アレックスとアレスは少しテレた様な笑みを零す。そうして、一行は二手に別れて、迷宮攻略を進め始めた。
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アレックス達一行は二手に別れた事で攻略スピードを上げ、2階層までは順調に攻略を進めている。特にアレックスの成長は凄まじく、本人にも少なからず本来の自信が戻ってくる。
「フフフッ、大分魔物との戦いにも慣れてきたな」
その剣でまたも一体の魔物を屠った事で、アレックスは目を細める。
『うん、恐怖心も嫌悪感も大分乗り越えられたかな。魔物に関しては、見た目キモいからある意味やり易いかも。ああ、でも戦争とか盗賊、犯罪者とかだと人相手だし、そうなるとまた別の話かもな。まあここのダンジョンは人は出ないし、もう大丈夫だろう』
当然、人族を殺すのには、魔物を殺すのとは違った忌避感がある。ただそれは、今この場でしなければいけない事という訳ではない。慣れからくる余裕で、アレックスは少しずつ自信をつけていく。
「アレックス様、癒しの魔法は必要ですか?」
そう声を掛けてきたのはユーリ。アレックスはその気配りに笑顔を見せつつ、首を横に振る。
「気遣いは感謝するが、今はまだ不要だ。お蔭様で大分戦いにも慣れてきた。むしろユーリ嬢の方が、慣れない迷宮攻略で疲れているのではないか?」
するとユーリも同じように笑顔を見せつつ、首を横に振る。
「いえ、私はアレックス様やアレス様にお守り頂いておりますので、特段疲れてはおりません。近衛の皆様も含め、皆さんお強いので安心してついて行くだけですので」
「ふむ、聖女の君にそのように言われると、心地良いものだな。アレスや近衛の者たちも喜ぼう。なあアレス、君もそう思うだろう?」
「はっ、そうですな。ユーリ嬢のような麗しき女性にそのようにお褒め頂けると、やる気も漲るというもの。ええ、一層励ませて頂きます」
そう言ってアレスも馬鹿正直にユーリに賛辞を贈る。アレックスは意外にこの手の賛辞がポンポン出るアレスに少しだけ、羨ましい気持ちになるが、そこは一旦置いておいて、その道の先にある扉へと目を向ける。
「ちなみに階層主のいる部屋の扉は、別で確認しているが、あの扉は何の扉だと思う?」
すると近くにいた近衛騎士の隊長であるミゲルが答える。
「そうですな。扉の意匠からして何かしらの魔導具の保管場所のような気がしますが、調べますか?」
「うむ、折角だから調べたい所だが、罠の類とかは大丈夫か?」
「そのあたりは我が隊で器用な者がおりますので、その者に調べさせます。おい、あの扉に罠があるか調べてくれ。あるようなら、解除もだ」
そう言ってミゲルが指示を出すと、その隊のメンバーが直ぐに罠の有無を調べに行く。扉に簡易的な罠がやはりあったようだが、解除も可能との事で解除させ、その扉の中へと足を踏み入れる。
「うむ、宝物庫という訳ではなさそうだが」
アレックスはそう言って、少しがっかりする。そこは倉庫のようなスペースだが、特段魔導具のようなものが置かれている訳ではない。表の罠も軽いものだったし、どうやらこの部屋はハズレらしい。となると二手に別れたもう一つの隊の方が、当たりを引くかも知れない。そう思った矢先に、部屋の中で蠢くものに気付く。
「チッ、魔物がいるぞっ、撃退しろっ」
アレックスはそう激を飛ばし、自らもその剣を掲げる。魔物は粘着性のドロドロした生き物で、盾を掲げた騎士達のその盾が、そのドロドロした生き物から伸びる触手に触れると、その表層がドロドロと溶け始める。
「おい、触れると溶けるぞ、体のどこかにコアがあるはずだっ、そのコアを破壊しろっ」
隊員が一人、また一人と後ずさるのを見ながら、ミゲルが、的確な指示を飛ばす。
「キャーッ」
すると背後にいたユーリから悲鳴が上がる。見るとユーリの着ていた法衣の腕の部分が少し溶け、その隙間から彼女の白い肌が現れる。
「アレス、上だっ、上にもスライムがいるぞっ」
アレックスは、その上から垂れ落ちるように触手を伸ばすスライムに気付き、慌ててユーリの傍に居たアレスに声を掛ける。アレスもその声に素早く反応し、自らの盾をユーリとその触手の間に滑り込ませ、ユーリをその背に移動させる。
「ユーリ嬢、大丈夫か?」
「は、はい、少し法衣が溶けただけですので、だ、大丈夫です」
アレスの心配する声に、ユーリが不安げな声で返答する。どうやらここはスライムの住処だった。金属をも溶解させる触手を持ち、打撃の通じない相手でもある。ただし弱点は明確である。そのコアを破壊さえすれば、簡単に屠る事ができる。なのでアレックスは、先ほどユーリの頭上にいたスライムのコアに狙いを定め、その剣を一直線に突き立てる。
ガキンッ
アレックスの剣は見事そのスライムを捉え、その活動を停止させるとアレックスは慌ててその場を飛び退く。すると頭上からスライムは落ちてきて、床に落ちてきた瞬間、白い煙を上げその存在を消失させる。
「よ、よし、コアさえ破壊できれば、恐るるに足らん。皆の者、そのコアを破壊し殲滅せよっ」
王子自らが率先して魔物を倒した事で、近衛もまた奮い立つ。気付けば、ものの数分でスライムを殲滅させ、部屋中のあちこちから白い煙が立ち上る。
そんな中、アレックスは高揚感に包まれていた。
『これってマジ、主人公っぽくねーっ、ユーリもキッチリ守れたし、近衛も奮い立たせてマジヒーローじゃん。よしよし、ここで一発ユーリに甘い言葉を吐いちゃうかねー』
アレックスはそうして意気揚々とアレスとユーリの元へと足取り軽く向かうのだった。




