第五十四話 メルテと精霊
レイとセリアリスの2人は3日程スザリンの家に逗留する予定だった。メルテはというと夏休み中は可能な限りスザリンの家に残るようで、その後王都の学院に戻るらしい。帰りに関しては、例のおじさんの髭のある方が迎えに来てくれるらしく、入学の際もその髭のある方のおじさんが送ってくれたとの事だった。ちなみにその髭のおじさんというのは、王都の冒険者ギルドのギルドマスターらしく、元々はスザリンの冒険者パーティーのメンバーだったとの事。ちなみにこの人も私に惚れているとスザリンは言っていたが、真偽の程は判らない。
ではその3日間、3人が何をしていたかというと、セリアリスとメルテはスザリンからの魔法のレクチャー。メルテは元々エルフの血を引いているだけあって、魔法の素養が物凄く高いらしいが、セリアリスはセリアリスで、先日3属性目に目覚めただけあってその素養も中々のものらしい。火力一辺倒のメルテと違い、魔力操作も巧みなため、手数でいえばメルテに勝るらしい。スザリンもそんな2人に教え込むのに興がのってきたのか女性3人姦しく楽しんでいた。
では唯一の男性であるレイはというと、只々彼女らの魔法攻撃の的役である。基本彼女らは遠距離攻撃のみに重点を置いていたので、距離がある分見切る事も出来なくはなかったが、それでも時にシルフィの手を借り、ディーネに助けて貰いとギリギリで攻撃を躱していた。
「い、いや、ちょっと待った。流石にキツ過ぎる。休憩、休憩」
といってレイは何とか休憩をはさむ。すると何故か呆れた表情を見せたスザリンがやってくる。
「レイ、あんた只の加護持ちじゃないだろ?時々精霊の声が聞こえるよ」
成る程、だからわざわざ離れたところにいる俺に声を掛けに来たのかとレイは合点する。正直、スザリンにはバレる気はしてたので、そこは気にせずオープンに話に答える。
「はは……、流石は大魔導ですね、精霊の声まで聞こえるとは思いませんでした。確かに俺は加護持ちじゃないです。俺は風の精霊シルフィードと水の精霊のウィンディーネの寵愛を受けている、精霊の寵愛者です」
するとスザリンの目が驚きを含んだものになり、物珍しそうに感心する。
「へーっ、寵愛者は初めて見たよ。エルフ族には契約者はいたけど、寵愛者はいなかったからねー。初代の最長老様が精霊王の寵愛者となったのがきっかけで、エルフ族は精霊の恩恵を受けている。元々ルーツが近しいというのもあるんだけど、その最長老様も妖精界に旅立たれてしまったからね。今では時折その恩恵で契約者はできるけど、へー、寵愛者とは恐れ入ったよ」
「ああ流石はスザリンさん、ハーフエルフなだけの事はありますね。以前、クロイツェルに交易で来たエルフ族の方々もそう言ってましたよ。『人族なのに寵愛者だとっ』って」
当初エルフ族との交易は難航していた。彼らは何故かプライドが高く、人族を軽視した雰囲気を出していた。元々クロイツェルの港に寄港したのも、加護持ちの所領だから譲歩してやったという体である。エルフは皆何かしらの加護を持っているから、加護を持っているクロイツェルの人のみマシに扱うが、それ以外の人間に譲歩するいわれはないと言っていたくらいだ。ただレイが交易の場に参加するようになって、エルフ族の態度が一変する。なぜならレイの方が、精霊にとっての好ましい存在だと認められているからだ。エルフにとってそれだけ精霊の存在というのは重要であり、寵愛者というのは特異な存在なのだ。
「クククッ、あいつら無駄にプライドだけは高いからな。しかも最長老様が精霊王の寵愛を受けたからこそ、部族に精霊が根付いているだけだというのに、ほんと偉そうなことだよ」
「スザリンさんも何か加護を?」
「ん?私は契約者さ。火の精霊イフリートのね。だから顕現していない精霊の声も聞こえるのさ」
レイはそれでばれたのかと納得する。精霊の契約者には、精霊を顕現させることと、その声を聞く事ができる。ただしその魔力は契約者負担。ではレイはというとパスを繋ぐ為に微量の魔力は必要だけど、ほぼ魔力は使わない。精霊本来の魔力を使うからだ。精霊は魔力の塊だ。その魔力は自然の中にあるその属性の成分から勝手に抽出する。だからその量は無尽蔵であり、精霊の格次第でどれだけの容量の魔法が使えるかが変わる。ちなみに加護持ちは、魔力は加護持ち負担でその精霊の属性魔法に対する大幅な能力上昇が特徴だ。
「そうなんですね。火の精霊イフリート、見たことないですね。サラマンダーならまだ格の低い奴を見たことありますけど。あのときは妙に懐かれて大変でした」
「ああ、言葉がまだ喋れなかったならまだ現界化したばかりの奴だな。まあそれなら、もう2、300年で喋るようにもなるだろう。ちなみにこの事はやはり内緒なのだろう?」
「ん、ああそうですね。事情があってセリーは知ってますが、他は親族位です。ああ、そのさっき言ったエルフ族の人々も知ってますけどね」
本来ならセリアリスは知る事は無かったのだが、理由が理由だと諦めてる。まあそれで不利益になる様な事を彼女はしないとも思っているので、最早気にもしていない。するとスザリンが考える素振りを見せた後、レイに聞いてくる。
「ふむ、ならレイ。その精霊をメルテにも会わせてあげる事ができないか?あの子もクォーターとはいえ、エルフの血を引いている。本来なら精霊の加護を受け継いでもおかしくはないのだが、どうもコミュニケーションというか感知に問題がある。私のイフリートも残念ながら格は上位精霊としてはそう高くない。正直、小さい子供と同程度の自我だ。その2つの精霊のうちより格の高い方とコミュニケーションを交わせれば、加護の素養ぐらいは判断できるのではないかと思ってな」
「うーん、そうですね……」
レイは正直思い悩む。メルテは言いふらすような性質ではないのだが、ぽろっと零す性質ではある。スザリンもそこは重々理解しているのか、そこは大丈夫と太鼓判を押す。
「ちなみにメルテは、こと魔法絡みであれば正直かなり口が堅いし、物覚えも良い。まあ興味のない事はぽろぽろ零すがな。だからそこの心配は無用だ」
「まあ、判りました。ええ、では呼びましょう」
レイはそう言って、ふっと笑みを零す。まあメルテも友達だし、スザリンのいう事もわかる。メルテは魔法の事になると本当に真剣なのだ。そんな友人の後押しができるかも知れないのなら、良いだろうと思うのだった。
「おお、有難う。流石はリオの子孫だな。おーい、そこの2人良いもの見せてやる、こっちにこいっ」
スザリンも笑顔で感謝を述べつつ、離れた場所にいたメルテ達を呼び寄せる。レイはそこでご先祖様の名前を出されてもと内心ツッコミを入れるが、黙して語らず、ハハハ……と乾いた笑みを零すのみだった。そして程なくして2人が到着。スザリンがまず呼び寄せた理由を説明する。
「うん、きたな……、さてこれからレイが精霊を見せてくれるので、じっくり堪能するが良い!」
「いや、スザリンさん、随分と説明が雑じゃないですか?」
「おおうっ、レイが精霊を呼ぶ。凄い!」
レイは流石にメルテでも意味が判らないだろうとスザリンにジト目を送るが、メルテは単純に感動していた。そしてそんなメルテを見てドヤ顔のスザリンにレイは少しだけイラッとしながら、レイはディーネを呼び出す。
『はい主様、おや、今日は珍しく人が多いですね?』
そしてそのウィンディーネを見た瞬間、メルテの目は爛々と輝き、スザリンはスザリンで予想以上に格の高い精霊に驚愕する。ちなみにセリアリスはニコッと笑顔を見せて、ディーネに挨拶をする。
「精霊様、先日ぶりですが、こんにちわ」
『ええ、主様のご友人、もうすっかり体は良いようですね。主様もお喜びでしょう』
ディーネの方も優しげな声を出す。レイはそんな2人のやり取りを見た後、顔をスザリンに向け、この後どうするのかを確認する。
「で、スザリンさん、ん?スザリンさん……」
完全にフリーズしているスザリンがハッとした後、頬を赤らめポリポリとその頬をかいてごまかしにかかる。
「ん……っ、いや、うん、メルテ、これが上位精霊だ。どうやら随分と格の高い精霊だから、聞きたい事があったら言ってみるが良い」
レイはそんなスザリンに苦笑しつつ、ディーネに話しかける。
「ディーネ、こっちの子も俺の友人なんだ。エルフの血を引いていて精霊を感知する事を学びたいらしい。教えてあげられるかい?」
『精霊の感知でしょうか?ただ……、その子なら既に感知できていると思いますが?』
「へ?そうなの?」
『はい、その子も加護持ちのようですから。本人は気付いていないのでしょうか?』
ディーネがそう言うと、レイはどうなっているのとばかりにメルテを見る。メルテはメルテで小首を傾げ、何のことだが理解できていないようだ。
「ちなみにメルテの加護って何の精霊の加護なの?」
『土の精霊です』
「はっ?土!?」
そう言って驚きの声を上げたのは、スザリンだ。スザリンは一頻り驚いた後、頷き始め納得の表情を見せる。ちなみにメルテはまだ首を傾げている。なのでレイはスザリンの方を向き、どういう事なのかを聞いてみる。
「えーと、スザリンさん?これはどういう事なんでしょう?」
「ああ、すまんすまん、いや土と聞いて合点がいった。そっかー、土か。いやーそうとは思わんかった、まさか土だとは」
スザリンはやはり一人で納得しているが、レイにしてみればさっぱりだ。メルテも良く分かっておらず、ただ察しのいいセリアリスが、一人核心に近付いていく。
「あのもしかして、エルフ族って土の精霊の加護を受ける人が殆どいないんじゃないですか?」
するとそのセリアリスの質問に我が意を得たりとばかりに、スザリンはニヤリとする。
「おお、セリー、察しが良いな。そう、土精霊と言えばドワーフの専売特許だからな。私の火もどちらかというと忌み嫌われる傾向があるが、土は嫌われはしないが、エルフには加護持ちが殆どでないので良く分からないというのが正解だ。実際、私も良く知らないから土魔法は使えないしな」
その説明でレイもようやく理解を得る。エルフと相性が良いのは、光と風と水。火は余り得意では無く、土は他の種族であるドワーフ族の方が有名だ。闇も魔人族が得意としており、他の種族は余り得意とはしていない。
「成る程、ではメルテは土の精霊の加護持ちなのに、その特性を活かさず土魔法を使った事が無いと」
「クククッ、まあそうなるな。メルテ、お前さん精霊の気配は感じれるな?」
ただメルテは首を傾げ、良く理解していないようだ。なのでレイはシルフィにお願いをしてメルテの近くに優しく風を起こす。するとそこで初めて感心した表情を見せる。
「おお、精霊の気配感じた。そこの大きい精霊と同じ感覚。ん?私、前からこの感じは知っている。学院で良くこの感じをレイがしている」
「ああ、シルフィには良く手伝って貰っているからね。ん、そうだ、シルフィ?」
レイは折角だからとシルフィも顕現させ、羽の生えた少年姿の精霊がその場に現れる。
『レイ、遊ボ、、レイ遊ボ、アッ、セリーモ遊ボッ』
「ほらほら、シルフィ、もう一人いるでしょ?彼女はメルテ。メルテ、この精霊は風の精霊、シルフィード」
「おおーっ、精霊の気配が強くなった。いつもレイの周りにいる子だ!」
レイはそれを見てまあこれで、メルテも精霊の気配を感知できるようになっただろうと安心する。
そしてその後は、風の精霊シルフィードが大はしゃぎでメルテとセリアリスを交えて遊び、レイも久方ぶりに童心へと帰るのだった。