第五十二話 大魔道スザリン
最近登場人物が増えてきたので、どっかのタイミングで、整理したいです。名前、名称を考えるのは大変と思う今日この頃です。
その後、スザリンの家までの道中、ビックボアの番が現れたが不意をついてセリアリスが雷撃を食らわせ、相手の動きが止まったタイミングで一体をメルテが火球で火炙りにし、レイがもう片方の首を跳ねて事なきを得る。メルテは魔法を使えてご満悦だが、黒こげになったビックボアは当然回収不能で、レイの首を跳ね飛ばした方のみを異空間に収納する。
そうして夕闇が迫ってきたギリギリのタイミングで、なんとかお目当てのスザリンの家へと到着する。
スザリンの家は周囲に石垣を積んだロッジのような木造の家だった。如何にも森の中に佇んでいるのが似合う趣きで、とても稀代の大魔導がその居を構えているようには見えない。ただメルテの話だとその周囲にある石垣には魔法的な結界がはってあり、実際にそこを通った人間には認識できない代物らしい。メルテは結界解除の術式を知っているので、当然気付かないという事は無かったが、知らない人が来たら確実に素通りしてしまうだろう。
「それ位、スザリンの人嫌いは徹底されている」
そう説明したのはメルテ。確かに最寄りの宿場町でスザリンの事を聞いても、誰もこの森にスザリンが住んでいるなど知らなかった。そういう意味では、いまだ世間にはスザリンの所在は不明で、生きていることすら知らない伝説の人扱いなのも頷けるものだった。
そして家の玄関前、扉の前に立ちメルテがドアを3回ノックする。これも知る人ぞ知る、スザリンの家に入る時のルール。メルテの話だと一度間違えて何回もノックした時に、家に入れて貰えず、庭で野宿をしたことがあったらしい。次の日の朝、たまたまスザリンが庭に出たことで、翌日は家に入れたらしいが、スザリンは何日も家どころか部屋すら出ない事もある為、メルテは死ぬかも知れないと真剣に考えたそうだ。
そしてそのドアがギギギッと音を立てて、勝手に開く。ちなみにここまでのレイとセリアリスはそれこそ固唾を飲んで見守るしかない。メルテの要領を得ないスザリンの説明で、どんな人物が現れるのか分からないからだ。ただその空いたドアから出てきたのは、妙齢の美しい女性だった。メルテと同じ美しい銀色の髪に銀色の瞳。スレンダーながらスタイルが良く、大人の色香を感じさせる女性だ。年の頃恐らく20代半ばから後半くらいだろうか、レイとセリアリスはその女性を見て思わず目を丸くする。
「ちんちくりん、やっと来たわね。ったく、何処で油を売っていたのやら」
「ん、セリアリスの家で美味しいもの食べてたから、来るのが遅くなった。仕方がない。でももうちんちくりんじゃない。そっちこそまた老けた?」
何やら親子の感動の再会らしくない雰囲気を2人は醸し出す。するとふっと肩の力を抜いたようにスザリンらしき女性は肩を竦め、メルテの銀色の髪をやさしく撫でる。メルテも嬉しそうに目を窄める。うん、漸く親子らしい雰囲気になったと思ったが、放置されたレイとセリアリスは居心地が悪い。さてどうしたものかとレイが思っていたところで、メルテの髪を撫でてた女性の目が、後ろの2人へと移る。
「で、その2人があんたの友達かい?」
「フフフッ、そう、友達のいないスザリンが羨む友達。どう、良いでしょう?」
メルテはそう言って、自慢げな表情を見せる。ただスザリンはまだ警戒を解かない。
「ふん、そう言ってアンタ利用されていたり騙されていたりしない?アンタ社交性ゼロなんだから、騙すのなんて簡単だろう?」
「え?私騙されてるの?友達じゃないの?」
スザリンに言われて、慌ててレイとセリアリスを見るメルテ。レイとしてはそこははっきりと否定して欲しいんだがと内心思いつつ、メルテらしい行動に苦笑いする。
「メルテ、僕らはメルテの友達だ。別に利用しようとも思わないし、騙してもいない。むしろ今現在は、メルテに利用されている立場だ。自信を持っていい」
「ええ、レイの言う通り。正直、メルテさんの力もスザリン様のお力も私たちには余り必要ないもの。だから利用しようなんて思わないわ」
セリアリスもメルテを安心させるように優しく諭す。すると自信が回復したのか、メルテはまた自慢げな表情に戻りスザリンに胸を張る。
「大丈夫、友達だった。利用もされてない」
「そういう所が騙されやすいって所なんだが、まあ大丈夫そうだね。私の名前はスザリン。世間では大魔導などと大層な名もつけられているが、ただの隠居した魔術師だ。どうやら学院では、弟子が世話になってるみたいだね。改めて歓迎しよう」
そう言ってスザリンは警戒を解くと、鷹揚に笑みを浮かべ歓迎の意を示す。レイとセリアリスも少しホッとしつつ、笑顔で挨拶をする。
「俺の名前はレイ・クロイツェルと言います。学院ではメルテと同じクラスです。よろしくお願いします」
「初めまして、セリアリス・フォン・ノンフォークです。学院ではメルテさんとクラスは違いますが、同級生で仲良くさせて頂いています」
すると2人の名を聞いたスザリンがその眼を細める。
「クロイツェルにノンフォークだって?メルテあんた知ってたのかい?ってクロイツェルは知らないか。でもノンフォークは知っているだろう?」
「ん?どういう事?」
ただ聞かれたメルテは思い当たる事が無いらしく、首を傾げて不思議そうにする。するとスザリンは額に手をあて、呆れた表情を見せる。
「ああ、アンタ、すっかり忘れちゃってるね。ああ、まあいい、ほら立ち話もなんだ、2人も中にお入り」
そう言ってスザリンは全員を中へと引き入れる。そして居間らしいテーブルの置いてある席に三人を座らせると、お茶を用意し、それを振る舞い始める。そして全員がお茶を飲んで一息ついたのを見計らって、スザリンが話始める。
「えーと、クロイツェルがレイで、ノンフォークがセリアリスで良かったっけ?まずノンフォークの方なんだが、セリアリス、あんたの親父さんは私のビジネスパートナーだ。ほら、メルテ、時折家に来たおじさんがいるだろう?ほら髭の生やしてない方。あれがセリアリスの親父さんだ」
「髭の生えていない?……シュッとした感じのカッコいい方?おお、あれがセリアリスのお父さん!」
なんだか師弟の間で繰り広げられる雑なやり取りに、レイは思わず顔を引き攣らせる。仮にもノンフォーク公爵を髭のあるなしで判別しているのだ。雑すぎるだろう。ただそんな2人をセリアリスはクスクスと笑いだす。
「はい、私のお父様は髭の生えてないシュッとした方ですわ。カッコいい云々は身内なので、控えますけど」
「あちゃー、やっぱそうか。そう言えば、前に来たときメルテを見て、同じ位の娘がいるって言ってたもんなー。まさかメルテと友達になっちゃうとは思わなかった。メルテには言ってただろう。フォンとかつく人は偉い人だからあんまり関わるなよって。まあノンフォークなら知らない仲じゃないからいいが、気をつけろよ」
「おおーっ、そう言えば聞いた覚えがある。何とかフォン何とかは偉いって言ってた。興味がないからすっかり忘れてた」
メルテが思い出したかのようにうんうんと頷く。確かにフォンが付くのは公爵以上で王族も含まれる。偉い人達だしレイも関わらないのならそうしたい相手なので、そこは納得をする。
「でもお父様とはビジネスパートナー?なのですか?私も初めて聞きました」
「ん?ああ、それは依頼の内容が内容だからな。相手が私というのもあるんだろうけど、まあ秘密の内容だ」
「そうなのですね……、なら仕方がありませんわ」
セリアリスはそう言われるとそれ以上は聞けないと思い、一応は納得する。父がセリアリスに伝えないのは、セリアリスが知る必要はないと判断しているからなのだろう。そんなセリアリスの判断に、スザリンは満足そうな笑みを見せ、今度はレイへと向き直る。
「それとクロイツェルなんだが、ああそうだな、リオ・クロイツェルって知ってるか?」
レイは突然、ご先祖の名前が出てきたことにビックリしつつも、それに答える。
「はい、知ってはいますが……、俺の曽祖父ですけど……?」
レイの答えを聞いて、スザリンがニヤリとし楽しそうに言う。
「ほう、曽祖父か、随分時間がたっちまったんだな。リオ・クロイツェルはまあ簡単に言うと、私の冒険者仲間だな」
「はっ?」
レイは余りにも予想外の答えに思わず、驚きの声を漏らす。冒険者仲間?意味が判らない。そんなレイの表情を見て、してやったりの表情をスザリンは見せると楽しそうに語り出す。
「クククッ、あれは私が当時、村を出て冒険者を始めた頃の事さ。アイツは元々次男坊で家を継ぐ予定が無かったから、気ままに冒険者を始めててな。お互いルーキー同士で暫く一緒に行動してたんだよ。もう100年以上も前の話になるか?でもアイツは兄貴が死んで子供もいないって事で、急きょ家に呼び戻されてしまってな。アイツの風と水の加護と私の魔法は相性が良かったから、私も残念だったんだけど。ああ、ちなみにお前の曾じいちゃん、ん?曾曾じいちゃんか?まあどっちでもいいが、そのじいちゃんに私は求婚もされたんだぜ。もしその申し出を受けていたら、今頃あたしがあんたのばあちゃんかも知れないって話だな。って、どうした?大丈夫か?」
余りに呆然となって呆けているレイの前で手を振り、スザリンが聞いてくる。レイも頭を振り、何とか持ちなおそうとする。確かにスザリンの言っていた、リオ・クロイツェルが兄の後を継いだのが事実だっただけに、心底驚いたのだ。ただそれを聞いて一つだけ思い当たった事があったので、レイはそれを聞いてみる。
「えーと、スザリンさんってもしかして?」
「ああ、私はハーフだ。エルフ族と人間のハーフ。だから人よりも生が長い」
確かに彼女はエルフの特徴である耳がやや長く尖っている。レイはエルフ族自体も見たことがあり、彼らと比べるとやや短いのだが、人のそれよりは特徴的な耳であった。
「やはりそうでしたか。銀色の髪に銀色の瞳でそうかもとは思ってましたが」
「フフフッ、まあそれとこの耳な。ちなみにメルテはクォーターだぞ。だから私が育てたんだ」
スザリンはそう言うとメルテの髪を愛おしそうに撫でる。レイはその様子を見て、やはりこの人は悪い人ではないのだと思う。愛情を込めてメルテを見ているのが、分かるからだ。
「ああやっぱり、そうなんですね。そんな気はしてました。でもまさか御先祖の名前をこんな所で聞くとは思いませんでした」
「クククッ、それは私もそうさ。まさかリオの子孫がメルテの友達になっているとはな」
スザリンはメルテの頭を撫でながらも、懐かしむ様にそう言う。
その晩はその後、メルテが渾身の熊鍋を振る舞い、レイの先祖の話やメルテの子供の頃の話、メルテの学校での奇行っぷりと大いに話の輪が広がり、夜がふけても中々笑い声が絶える事は無かった。




