第四話 セリアリスの心情
セリアリス・フォン・ノンフォークは、本人評価とは裏腹に、自由奔放な性格だった。セリアリス自身は、そこまで奔放ではなく、ちゃんと思慮深く行動しているつもりである。別にそう多く、我儘を言う性格でもない。にも拘わらず、少なくても今目の前にいる少年には、そのように思われている節がある。非常に心外である。まあ彼の立場や家格からしたら仕方がないのかも知れない。自分は公爵家の令嬢で、彼は、子爵家の嫡男。別に公爵家の寄子という訳でもない。本来であれば、こうして旅路で共に行動する事自体、難しいのかも知れない。
とは言え、ノンフォーク領とクロイツェル領は山脈が隔てているとはいえ、隣合わせ。行く先も一緒という事であれば、旅の同行くらい、別にいいではないかとセリアリスは思っている。確かに私は、第一王子の婚約者で、将来は王妃になるかも知れない立場だとしても、まだ、結婚したわけではないし、このまま必ずしも結婚するとは限らないのだ。
貴族社会は陰湿だ。権謀術数の限りが尽くされ、方々で足の引っ張り合い。お父様は軍閥の長であり、国に対する影響力も大きい事から、敵対というよりかは、庇護にあやかりたいという貴族の方が多いが、それでも敵対勢力がない訳ではない。だからこそ、セリアリス自身も今後、絶対に第一王子であるアレックス様と結婚できるとは言えないのだ。
そしてそんな立場のセリアリスとしては、気兼ねなく接する事の出来る友人が欲しい。勿論女子でも構わないが、女子は色々と面倒くさい。結局はアレックス様に取り入りたい人が多く、セリアリスが王妃となっても第二、第三夫人となりたいと思っている人々が多すぎるのだ。
その点、男子はというと、これはこれで面倒な面もある。勿論、仲が良すぎれば不貞、不義を疑われ、上下関係で縛れば、本音が語れない。まあ、本音云々は、女子でも語りづらいのだけど。その点、目の前の少年はどうかと言えば、勿論、家格の違いもあるので、相手は一歩引いた位置で接したそうにしているが、態度で示すほど、本人は、家格を気にしていない。いや、家格を気にしていないのではなく、家格に対して気後れをしていない。そんな彼だからこそ、セリアリスは、好感を抱くのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「で、レイは学院での選択授業は何を受けるの?」
今は、宿場町の宿屋での夕食時。宿はその宿場町で一番の高級宿らしい。食事も個室で取る事の出来る場所があり、今は、侍女と目の前にいるレイとセリアリスの3名しかその場にいない。勿論、部屋の外には護衛の騎士が張り付いてはいるのだが。
セリアリスは、この旅の同行で2つの事をレイに約束させている。一つは夕食のお供、もう一つは宿場町での同行だ。夕食は兎も角、宿場町の同行は護衛に反対されたが、レイが、護衛の騎士達と模擬戦をして、これに勝ったことで渋々了承された。レイは、少し困った表情をしてたけど、まあ約束だから守ってもらう事にしたのだ。
レイはセリアリスの質問に少し考えながら答える。
「基本、受けられるものは一度、一通りは受けてみようと思っている。その上で合うものがあれば、継続していこうかと。まあただ、多分、経営学と剣術、異種族民俗学、魔法体系学あたりになるかなと思っているけど」
王立学院の必修科目は、数学、歴史学、魔法学の3科目あり、それらは入学時に指定されたクラスでの授業となる。それ以外の授業に関しては、選択制となっており、受ける生徒によりいくらでも選択する事が可能となる。選択科目は多岐に渡り、それは、貴族教育に関係のなさそうな分野にまで及んでいる。
「ふーん、経営学と剣術はなんとなく、判るけど、異種族民俗学とか魔法体系学とかは珍しいわね」
「ああ、ほら家の所領は海洋貿易の拠点だろ?実際に異種族の人たちが港にもくるし、行こうと思えば、こっちからもいけるからね。だから興味がある。それと魔法体系学も家の家系の特徴で、加護があるからその辺も含めて勉強したいなと思ってね。セリーはどうするの?」
そう言ってレイは同じ質問をセリアリスに返す。ちなみに言葉遣いがフランクなのは、あくまで公式の場でない時はフランクな言葉付き合いをセリアリスが強要したからだ。
「うーん、そうね。私も経営学は取ると思うわ。あとは剣術も。私、これでも軍閥の家系ですから、護身も兼ねて、それなりに剣の扱いが得意なのよ。あと、午後は王城に行って、王妃教育の時間が有ったりするから、そんなに多く授業受けられないのよね」
「セリアリスはアレックス殿下の婚約者だもんね。それは仕方がないよ。それと生徒会役員っていう話もあるんだろ?」
「うっ、嫌なことを思い出させるのね。殿下は恐らく確実に役員になられるので、私も参加の可能性があるというだけよ。それに、他にも候補はいるので、極力遠慮したいのよね」
セリアリスはそう言って、ちょっと考える。生徒会役員とは学年毎に選ばれるいわば生徒側の代表者だ。ただその実は、各学年の高位貴族の子息・令嬢のたまり場のようなものになっており、基本平民や、下級貴族はそのメンバーには選ばれない。
セリアリスは正直、この貴族主義的な場所に軽い嫌悪感を抱いていた。勿論高位貴族には、それに見合った責任がある。ただそれは、特権階級を振りかざすようなものではないし、あくまで民衆を守り導く為の者であると考えている。
『まあ権威が必要な場面があるのも認めはするけどね』
セリアリスがそうやって悩んでいるところに、レイは、違った感想を抱いたらしい。
「セリーって、もしかして殿下とは余り上手くいってない?」
「もう、そういう事は思っても、素直に聞かないのっ。とは言え、正直敬遠されているような気もするのよね。勿論、殿下の事は敬愛はしているのだけど、お会いしても素っ気ないですし。まあ私も公爵家の娘ですから、結ばれる相手を選べる立場にはないのだけどね」
考えていた事は違った事だが、レイが言ったことは言ったことで、実は真実を含んでいた。レイに言ったように、セリアリスはアレックスに対し、恋愛の情とは言わないが、人として敬愛はしていた。聡明な方でもあるし、努力もされている。王家の王子として相応しい才覚は見せているのだ。とは言え、それが、関係の接近に繋がらないのも事実だった。
なので、思わずレイに対し、声を荒げてしまう。そんなセリアリスに対し、レイは少し同情するような目線を送り、優しく言ってくれる。
「まあもし困ったことが有ったら、言って。愚痴位しか聞けないけど、溜め込むよりは全然ましだから」
それは友人を気遣う優しい言葉。これだからセリアリスはレイに友人として近くにいて欲しいと思ってしまう。
「フフフッ、それは有難うと言っておくわ。なんならレイが、私の騎士となってくれてもいいのだけど。そうすれば、私の心が休まる時間も増えるのだし」
「ハハ、それは遠慮するよ。こう見えて所領持ちの子爵家嫡男だからね。領民を幸せにする義務がある。王都にいるのも恐らく学生でいる時くらいだから、王妃様にお会いする機会もなくなるしね」
「もう、ほんとレイは素っ気ないわね。子供の頃の友人を無下にするものじゃないわ。少なくても年1回は王都に呼び出してやるんだから。それくらいは付き合いなさいよね」
「いやいや、流石に王妃目当てで地方領主が王都に遊びに行ったら不味いでしょ、不義密通とか変な噂があっても嫌だし。本当なら、こうして食事をするのも気が引けるんだから」
そして紡がれる気安い軽口の応酬。少なくてもアレックス様とはこんなやり取りはできない。レイ以外の人では、それこそお母様くらいだろう。だからこそこれから通う学院で、同級生となる事に嬉しさがこみ上げる。ただ顔はそれとは別に不満顔。
「まあレイの言いたい事は判るけど、まだ正式に結婚したわけではないのだし、護衛に食事の供をしてもらってるだけだもの。誰にも文句は言わせないわ。別にアレックス殿下に後ろめたい事をしているわけでもないしね」
「まあ、確かに食事位なら付き合うけどね。とは言え、もうすぐ王都だ。学院ではそう一緒にいる機会はないだろうけど、困ったことがあれば、微力ながら力にはなるから、お手柔らかにね」
「フフフッ、たまたま同じ授業になったり、たまたま夕食の時間が一緒になったりするかも知れないけど、こちらこそよろしくね、レイ」
結局のところ、本心はまた学院でも話ができる機会を積極的に作ろうと思っている。できれば、同じクラスになれればいいのにとも思う。
セリアリスは困るレイの顔を見ながら、楽しげに笑みを返すのだった。