第四十二話 思惑
王城内の高位貴族執務室で、2人の男が会話をしていた。
「ふむ、国王陛下に植え付けた呪は順調に推移していると見て間違いないのだな」
「ええ、兄上。今のところは順調に来ています。既に呪はその体内に根付いております。最早時間の問題でしょう」
その弟の返事に兄と呼ばれた男は一応の満足を見せる。男の名はルーカス・フォン・ロンスーシー。元老院の長にて、国内の政務を牛耳る高位貴族である。そしてその弟と言われた人物が、王立学院1年の学年主任でAクラスの担任でもあるアーネスト・フォン・ロンスーシーである。
そして密談の内容は、国王陛下の自然死に見せかけた暗殺。彼ら、厳密にはルーカスにとって、現国王は正直邪魔な存在だった。勿論、妹をその正妃に送り込み、外戚として一定以上の力は携えている。ただしそれはあくまで一定以上程度である。国内に関しては、その発言力は大きく、並ぶものなど1人を除いていない。ただしその1人がいる事が、ルーカス自身には許せなかった。
「勿論、誰にも気が付かれてはおるまいな」
「はい、仮にそれが呪術を起因とするものと断定できたとしても、術者の特定までには及ばないでしょう。それに、既に国王には、呪を祓ったところで体力は持ちません。今の段階では呪術とバレても差し支えは無いのです」
そう言って、自信を持った表情を見せる弟にルーカスはやや冷めた目を見せる。
「お前、それを身内には使ってないだろうな?」
「フフッ、兄上もご存知のように、これはあくまで保険的なものでした。本来、健康なものであればまず芽吹く事がありません。そういう意味で国王陛下は元々体の御弱いお方でしたのが、幸いでした。身内の場合、仮に種を受け付けたところで、効果は恐らくありませんよ。もしやるならこんな不確実な方法ではなく、もっと確実な方法を取りますよ」
兄の疑いの眼差しに、アーネストは肩を竦め、飄々と答える。実際、アーネストにそこまでの野心はない。彼は権力より権威を重んじる。魔術に連なる権威が欲しいのだ。だから兄が最高権力者となった際には、王立学院の学院長の座を所望していた。
「ふん、まあいい。それとヴィクトリアの様子もキチンと抑えておけよ。あれはあれで勝手が過ぎる。正直次の代こそが我らには重要なのだ。その為の根回しをいま行っておるのだからな」
「まあそちらは兄上からも仰って欲しいところではありますが。何せ姉上はこうと決めたらとことんやるタイプの方ですから」
アーネストはそう言って、困り顔を見せる。勿論、姉の機嫌を損ねるつもりはないが、自分ではいう事を聞かせられない事も多々あるのだ。それにはルーカスも渋い表情を見せ、不満げに言う。
「まあ私の方からも言ってはおく。なんてったってあれでも国母になるのだからな。それとアレックスの事も頼むぞ。優秀すぎるのも困りものだが、凡夫というのもそれはそれで困る。体よく扱いやすい存在こそが望ましい」
「ええ、そちらはお任せを。彼の能力は非常に優秀ですが、少し視野が狭いところがございます。子飼いの友人たちも同様で融通が利かない。だからこそ誘導しやすいという側面もありますので」
「だがセアドの娘がいるだろう。あれは特に優秀と聞くぞ」
「ああ、その事で兄上に追加でご報告があります」
そう言ってアーネストはニヤリとする。逆に弟のその態度にルーカスはイラつきを見せる。
「なんだ、勿体ぶらずに話を進めろ」
「ハハッ、失礼しました。実はセリアリス嬢の呪の種が芽吹きました」
「なんだと?それは本当か?」
「ええ、術者の話ですと本当のようです。確かにここ最近の学校での様子も少し体調が悪そうにしておりました。まあまだ芽吹いたばかりなので、今日明日如何こうという訳ではありませんが、そう遠くない未来に病に身を伏せられるでしょうな」
ルーカスはそれを聞いて、深く考え込む。これは非常に重要なことだ。王族からノンフォークの影を追い出すまたとないチャンスになりうる。国王を排し、王太后の座が、妹に移ればアレックスの代では王妃であるセリアリス以外はノンフォークの影響力が皆無になる。逆を言うと、セリアリスがいなければ、その座すらも自身の派閥で囲い込む事も可能なのだ。
「アーネスト、この事をヴィクトリアは知っているのか?」
「いえ、この後ご報告に上がろうと思っていますが」
「なら盛大に伝えておけ。これでアイツの溜飲も少しは下がるだろう。ああそれと、セアドの娘の状況は適宜報告をしろ。場合によっては、婚約破棄も視野に入れねばならないからな」
「承知しました」
アーネストは兄の発言に深々と頭を下げる。そしてその頭の片隅で、姉への報告の仕方を考えるのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
レイがセリアリスと会話をした日より数日後、実力試験も終わり、生徒会の女子メンバーは一つの馬車に乗り込んで、王城を目指していた。そうその日は王妃への訪問を果たす日である。馬車の中にはアレックス、セリアリス、ユーリ、エリカが乗っている。そして御者台の横に護衛役としてアレスが参加していた。
「アレックス様、王妃様はどのような話をされるのでしょうか?」
不安そうな面持ちで、エリカが斜め前に座るアレックスへと話しかける。
「ふむ、そう差しさわりのない事を聞いてくると思うぞ?学校生活の事であったり、学業の事であったり、ああそれと交友関係なども問われるかもしれないな」
「そうですか、私などの会話にご興味を持っていただければいいのですが」
「エリカさんなら大丈夫よ。元々貴族の出の方ですし作法もとても優雅ですから。私なんかは、元平民ですから、そもそも粗相のないようできるかの方が、心配ですよ」
心配するエリカの表情を見て隣に座るユーリが、自虐的に励ます。そんな2人を鷹揚な笑顔でアレックスがフォローする。
「なに、母上も何も苛めようと思って呼びだてたわけではない。そう心配する必要はない。なあセリアリス?」
「えっ、ええ、王妃様はそのようにお心の狭い方ではございませんから、自然体で大丈夫ですよ」
セリアリスはやや弱々しいながらも、優しげな笑みを返して、2人を安心させようとする。ユーリはそんなセリアリスを見て、少し心配そうな顔をする。
「セリアリス様?やはりまだ体調が優れないのではないですか?」
「いえ、確かにここ数日は余り体調が優れませんでしたが、今日は比較的体調はいい方ですよ。ですので、そこはご心配なさらずに。それに今日の私はあくまで付き添いに過ぎません。お話の中心はお二方になりますから、むしろ私は楽をさせて頂きますわ」
「まあそうだな。セリアリスは、普段から母上と会う機会も多い。であれば、今日はそう話すことも多くはないだろう。もし体調を崩すような事があったとしても、私に言えば休ませるから、気軽に言ってくれていい」
「はい、アレックス様。お気遣い感謝いたしますわ」
そうして馬車の中での会話は、再びアレックスとユーリ、エリカ達へと移る。セリアリスは、その話に楽しげに相槌は打つが、どこか会話に身が入らないのか時折ボーッと窓の外へと視線を送るのであった。
そうして一行は、王宮内の王妃の間にある来賓者室へと通される。アレックスは勿論、セリアリスには慣れた場所だ。ただ残りの二人にして見れば、ただ緊張を強いるような場所でしかない。余裕があれば周囲にある調度品や窓の外に見える綺麗な草花に目を走らせる事も出来るのだろうが、この二人に限って言えば、中々そう余裕を持てる場所では無かった。
「あら皆さんいらっしゃい、お待たせしてしまって、ごめんなさいね」
そう言って部屋に入ってきたのは王妃ヴィクトリア。そしてその後ろから良く見知った男性が一人を伴っていた。
「あれ、アーネスト先生じゃないですか?先生もご参加されるんですか?」
「ああ、アレックス殿下、それからAクラスの皆さんこんにちは。私も参加するつもりは無かったのですが、姉上である王妃様に呼ばれましてね」
「あらアーネスト、貴方のクラスの生徒なら、貴方が引率するのは当然じゃなくて?それにあなたに彼女らを説明してもらうのが、一番効率が良いもの」
少し渋い顔を見せていたアーネストに対して、王妃ヴィクトリアは悪びれる素振りも見せず、淡々と言う。その返事にアーネストはがっくりと肩を落とし、生徒達へおどけて見せる。
「という訳ですよ、皆さん。ああ改めて、王妃様と私は姉弟ですので、結局は逆らえませんから、私の事は気になさらずに。さて、まあアレックス殿下とセリアリス嬢は、この際紹介を省かせて頂きますね。えーと、じゃあまずユーリさんから」
「あっ、はい。ユーリ・アナスタシアです。御無沙汰しております、王妃様。この度お招きいただき、有難うございます」
「ご無沙汰しております、王妃様。ミルフォード侯爵家が娘のエリカ・ミルフォードになります。本日はよろしくお願いします」
そう言って2人は王妃に対し、うやうやしく頭を垂れる。するとニコニコした表情で王妃が答える。
「はい、2人ともいらっしゃい。ああそれとアレックスとセリアリスさんもね。今日は楽しくお茶会と思っていますので、楽しんでくれたら嬉しいわ。よろしくね」
相変わらず主役の二人は緊張した面持ち、ただセリアリスのみ、その二人とは違う緊張感を持ちながら、そっと王妃の動向を見続けていた。




