第四十話 自信の理由
レイは、セリアリスとユーリの2人がそんな会話をした日の夜、女子寮の入り口脇にある来賓室へと呼び出される。呼び出しの理由は、最近のんびり話せていないので、少し話したいとの事。レイにしてみれば、女子寮には正直近付きたくないのだが、まあ確かに最近話せていないのは事実なので、少しくらいならいいかと、比較的軽い気持ちでその場に臨んでいた。
「ん?セリー少し顔色が悪い?」
2人を前にして、来賓室のソファに身を沈めた後、目の前にいる二人の顔に目を向けると、セリアリスの表情が余り芳しくないように思える。ただそれを聞いたユーリが何故か満足そうな笑みを浮かべ、セリアリスは少し不満げな表情となる。
「ね?セリー、言ったでしょ?レイなら直ぐに気が付くって」
「むっ、そう簡単に言い当てられるのも、それはそれで、癪なんだけど。私ってそんなに判りやすい?」
どうやら二人には顔色が悪い理由に心当たりがあるようだ。ただレイにして見れば、何のことかわからないので、不思議そうな顔を浮かべる。
「ん?話が見えないんだけど、顔色が悪いのは否定しないんだ、なら日を改めようか?」
レイはそこでセリアリスの体調に気遣いを見せ、日を改める事を提案する。元々のんびり話をしよう程度で会いに来た話だ。体調が悪いのに、無理して付き合わせるのは、申し訳ないのだ。
「大丈夫、構いません。それに体調が悪いのは、気持ちの問題もあります。だから今日は、レイにとことん愚痴を言おうというのが、この会の主旨です」
「そうそう、セリーがレイに言わなければ、話は解決しないから、ここでパーッと話をして発散させようって事」
するとレイは益々当惑した表情を浮かべる。このパターンは余り良くない傾向だ。むしろ厄介事に巻き込まれるパターンだとレイは内心冷や汗を流す。
「えーとセリーが何か悩み事を抱えていて、それを俺に愚痴るって事でいいのかな?聞くだけなら聞くけど、そんな事でいいの?」
「うん、それで充分。まあ抱えている悩みはいくつかあるのだけど、まずは軽い奴から」
「えっ、それっていくつもあるの?」
セリアリスが話そうとする前に思わずレイが反応する。そもそもそんなに長居をする気も無かったので、思わずびっくりしてしまったのだ。ただそれにはセリアリスが首を横に振り、レイを安心させる。
「ううん、悩みは大きく2つだけ、私の手に余るものはね。で、まずはその内の軽い方。これはここにいるユーリが関わる事。レイも知ってるでしょ?今度王妃様の元に、生徒会の女子がご訪問に行くのを」
「ああ、それはユーリに聞いたよ。実力試験明けだっけ?生徒会でアレックス様と一緒にいる女子生徒がどんな方か気になるって話だよね」
「ええ、表向きはね。ただ本当の意味はアレックス様の側室、いわゆる第二夫人、第三夫人を見定める為の面接みたいなものなの。勿論、アレックス様は次期王となられる方だから、その血を絶やさないようにする事は必要なので、側室を作ること自体が問題ではないの。ただそこにユーリが含まれている事が、悩みの種ってわけ。元々、生徒会に誘ったのもユーリが平民出というのもあって、興味を惹かれないと思っていたから誘ったのだけど、まさか王妃様が興味を持つなんて、思ってもいなくて」
セリアリスはそこまで言って、顔を沈ませる。セリアリスとしては生徒会に誘った手前、ユーリに何か迷惑になるような事は避けないといけないという責任感があるらしい。まあ心情は分かるが、そこまで気に病む事もないのではと、レイは軽い口調で返す。
「んー、でもそれは遅かれ早かれじゃない?セリーが生徒会に誘わなくてもクラスは一緒だし、なんてったってユーリは慈母神様の加護がある訳だし、どのみち候補には上がっていたと思うけど」
「むー、レイの言いようは素っ気なさすぎて、なんかモヤッとするけど、でもセリー、そういう意味では私もレイと同意見。セリーのせいだなんて思ってないから、気にしなくてもいいのよ」
ユーリはレイに対して不満げな様子を見せるが、セリアリスには、気にする必要がないと優しく言う。ただそれで納得するセリアリスではない。気兼ねない付き合いが出来る友人として、ユーリに対し守ってあげたいという責任感が、やはり彼女を責めるのだ。
「でもあなたは聖女という渾名のせいで、困難に陥ったのでしょう?私のせいでまた、その渾名を利用される事になるかもと思うと、本当に申し訳なくて」
確かに聖女というのは世間が作り上げた渾名だ。神殿の職位にも聖女なる職位は存在しないし、そもそも故人に対しての尊称でもある。聖マリアンヌ。これが元々聖女として称えられた人物の名前だ。彼女もまた慈母神の加護を持ち、多くの人々を救済した。古い文献の中でしか語られない人物で、その後聖女といわれる人物も多数いたが、慈母神の加護を持った人物はこの一人だけと言われている。ユーリもまた慈母神の加護を持つため、その共通点から聖女などと持て囃されているが、実態はただの少女である。だからこそ、そんな彼女が悪用されるような事だけは、友人としてさけなければいけないと、セリアリスは思っていた。ただそんな思いをレイは少し茶化す様な感じで感想を言う。
「流石、セリアリス。聖女を渾名って言う人初めてだよ。うん、いいね渾名」
そしてそんなレイの口調にユーリも合わせて軽い口調で返す。
「フフフッ、本当。確かに渾名っていいわね。本来聖女なんて、死んでから言われるようなものだもの。もし後世の人々にそう評価されるなら、私も誇らしいのだけど、確かに今聖女って渾名をつけられてもねぇ」
ただそんな2人に対し、少し危機感が足りないのではないかとセリアリスは、心配になる。
「ちょっ、ちょっと二人とも、危機感なさすぎよ。王妃様なら本当にユーリを側室に仕立てかねないのよっ」
セリアリスの心配は最もだ。王妃と言えば、この国における最高権力者の一人である。なので少し呑気過ぎたかとレイは反省し、苦笑交じりに謝罪する。
「ごめん、ごめん。別に悪気があったわけじゃないんだよ。んー、セリー、取りあえずユーリの事は心配しなくてもいいんだ。最終的には俺が何とかするから」
そうレイとユーリの間では、既にこの問題は解決済みだった。なので、セリアリスが悩んでいる内容にも心配する事なく、呑気に構えていられたのだ。ただその説明では、セリアリスには合点がいかない。そもそも、王族に目を付けられているのに何とかするって、どういう事?と思っている。
「俺が何とかって、レイ、いくら貴方が高い能力を持っているからって、王族や国に対してそう簡単に解決できる事じゃないでしょ?わかってないの?」
「うーん、多分王都を出られれば、後は何とかなるんじゃないかな?まあ王都を抜けるくらいだったら、それはそれで何とかなると思うし」
やはりレイの説明では、セリアリスは理解できない。ただそんな2人に対し、ユーリが笑いながら、仲裁を始める。
「フフフッ、もうレイ、いくらなんでも説明を端折りすぎよ。でもセリー、レイの言っていることは本当で、私もそれを受け入れてるの。まあお養父様にも近いうちに話さなきゃだけど、私、レイに攫われちゃうの」
「ふぇ?攫われちゃうって?」
セリアリスは混乱の極みだ。この二人は私を馬鹿にしているのではないかと、疑いすら湧いてくる。そこで漸くレイがセリアリスの混乱を解決しようと整理して話始める。
「ほら、ユーリだってますます混乱させているじゃないか。ああまず、この前同じような悩みをユーリから相談されている。その上で、ユーリがどうにもならない状態になった時は手助けをすると約束している。ここまでは良いかな、セリー?」
「うん……」
確かにそこまでは良い。ただ実際にレイが手助けするにしても方法がないのが問題なのだ。
「で、もしそうなった場合、俺はユーリを連れてクロイツェル領に戻ろうと思っている。まあ名目はなんでもいいけど、その辺はアナスタシア卿と要相談だけどね。仮に王都でユーリが居なくなったとしても、クロイツェルは遠いから手出しはできないだろうし、勿論、隣領のノンフォーク家にも協力はして貰おうと思っているけど、そもそもクロイツェルなら誰がきても負けないだろうからね」
「誰がきても負けない?勿論ノンフォーク家はクロイツェルを攻めるような事はないけど、もし討伐令とか来たら防げるものでもないのよ?」
「あーそうか。セリーは知らないんだね。まあ秘匿されているのかな。あっこれはユーリも知らないか。昔クロイツェルは王国と争って、最終的には勝った事があるんだ」
「「はっ!?」」
すると今度はユーリまでもが大きな声を上げる。それはそうだろう。国と争って勝つなんて事実は、国の威信に関わる。だからこそレイはそんな2人を苦笑する。正直気持ちは痛いほどわかるからだ。
「ああ、ユーリには言ったけど、僕らクロイツェルの家は風と水の加護持ちの家系だ。代々クロイツェルの領土と海軍を統括している。ただ一度だけその軍の長に王都の息のかかった将軍が赴任した事がある。元々海洋貿易の拠点でもあるクロイツェル領は、利権の宝庫でね。それを狙っている王都の人間は実は多いんだ。で、その利権をせしめようとその将軍が海軍を手中に収めて、クロイツェルの乗っ取りを謀った。俺のご先祖様は難を逃れて、クロイツェルの海域沖にある諸島に逃げ込んで、海軍と徹底抗戦をした。決着までには半年もかからなかったって話だよ。御先祖様が諸島で海賊活動を始めて、一切、クロイツェルの町から船が出せなくなったから。そしてクロイツェル領の市民が国軍に対して蜂起をして、それに呼応して海賊が国軍とその将軍を滅ぼしたのさ。その後、クロイツェルは一時期完全に王国を離れて、自治領となった。王国としては海への拠点を失った事から大慌てで、クロイツェルに対して講和を求め、現在に至るって話かな。ちなみに国は国軍の維持費という事で、一定の金額をクロイツェルに支払っている。まあこれは純粋に海軍維持費として使われているんだけど、その編成はクロイツェルに委ねられているから、特例的な処置なんだけど、これもその時の名残だね」
「ははは……、本当に海では負けないんだね」
と乾いた笑いと共に言葉を零すユーリ。セリアリスはセリアリスで、余りに酷いその内容で、唖然とする。
「えっ、その事ってお父様は知っているのかしら……?」
「ノンフォーク閣下なら知っていると思うよ。父上の上司だし、国軍の長だからね。まあただ昔の話だし、そこまで気にする必要はないよ」
「ええーっ、衝撃的過ぎる内容なんだけど……。でもだから今でも負けない自信があるのね」
セリアリスはそう言って、呆れた声を出す。呆れるしかないだろう。ただこれまでのレイの泰然とした態度に納得も覚える。この人には揺るがない自信があるのだ。例え困難にあっても、それを乗り越えるだけの自信が。ただそんなセリアリスの得心もレイは気にせず、ニコリと笑う。
「まあそうだね。諸島には今でも海賊時代に使ってた拠点があるから、領民も含めてそこに逃げて、海上封鎖もできるしね。船を出せない港なんて、全く意味がないから、結局国は手放さざるを得ないしね。本当、風と水の精霊とご先祖様のお蔭だね。っと、話が大分膨らんじゃったけど、そういう事だからユーリの心配はいらないよ。まあユーリがアレックス様に好意があれば、そもそも連れていく必要もないしね」
「フフフッ、確かに心配事は減ったかしら。それにユーリが第二夫人とかになってくれたら、私は嬉しいだけだし」
「ふぇっ、ここで私に話が戻ってくる!?も、勿論、ちゃんと考えるけど正直今のところは可能性は低いわよ。だって、アレックス様って本心が良く判らないし、聖女としての私しか見られていない気がするし」
そこで突然話が帰ってきたユーリが慌てだす。まあ今現時点で、ユーリがクロイツェルに行くのはたらればの話だ。あくまで最悪の手段。勿論、そうなったらレイに迷惑がかかるのは分かっているので、ユーリとしても極力避けたいとは思っているのだ。ただ結婚というのは、それはそれでピンとこない。だから現状では前向きになれないのだ。
「ははっ、それの結論はまだまだ先でいいと思うよ。勿論、アナスタシア卿とも話す必要があるだろうしね。で、セリー、もう一つの重い方って、どんな内容?こればかりは、ユーリの様に気軽には聞けないだろうから、心して聞くよ」
酷い話だが、レイにとってユーリの問題は自分の中では既に解決済みなので、気軽に聞いていたのだが、もう一つの問題は、内容も想像つかない。なので気持ちを切り替えて、セリアリスに目を向ける。するとセリアリスは、ためらいながらもその重い口を開き始めた。
今日話は長めですが、前々から考えいた設定なので、楽しんで頂ければと思います。




