第三十八話 約束
残念ながらジャンル別の日刊は2位に陥落。
ただ週刊は1位になりました。楽しんでいただけているのはいいのですが、ランキングは素直に作者のモチベーション。是非是非、まだの方は評価とブクマをお願いします!
王城内にある迎賓館に隣接する庭園には、青々とした緑と、彩り豊かな花々が咲き乱れていた。既に夜も更けており、空には黄金色をした月が、その庭園を照らしている。レイはそんな庭園で一人のんびり散歩をしていた。元々ジークからこの庭園の事は薦められていた。なんでも王都一の造園師が精魂込めて、手入れをしているらしい。本当は日のあるうちに来る方が、楽しめるのだろうが、夜は夜で別の趣きがある。なので思い切って、一人散歩にきて良かったと感じていた。特に今日は、精神的に色々疲れた。まあもっぱら王妃に起因する事なのだが、母の名を上げられた時には、本当に肝を冷やした。正直、今後一切お近づきにはなりたくないとレイは思っている。
レイはそんな考えを一度頭を振って追い出す。折角、良い景色の場所にきたのだ。この場所を楽しまないとと考えたところで、背後から女性の足音が聞こえる。レイはその場所で立ち止まると、足音のする方へと目を向ける。
「あれ?ユーリ?」
少し急ぎ目にやってきた少女はユーリだった。レイは軽く目を見張ると、ユーリが笑顔を見せる。
「フフフッ、窓からレイがこっちに来たのが見えたから、慌てて追いかけちゃった。レイはこんなところで何をしているの?」
「散歩。第二王子のジークからここをオススメされていてね。明日見に来れるか分からないから、見に来たんだ」
レイはそう言って、優しい笑みを浮かべる。ユーリも急いで来たから周囲を見る余裕もなく、言われて初めて周囲に目を向けると、そこには綺麗な花々が咲き乱れていた。
「ふぁ、本当に綺麗。あっ、それならセリーも誘ってあげれば良かった」
ユーリはそこで最近友達になった女性の事を思い出し、少し申し訳なさそうな顔をする。レイはそんなユーリに対し苦笑いを浮かべる。
「流石に夜も更けた時分に、女性が出歩くのは感心しないね。まあセリーなら王城に来る機会は多いだろうから、ここの事も知っていると思うよ」
「あら、でもここには騎士様がいるでしょう?それにセリーだけ仲間外れにしたら、後でレイが怒られるわよ」
ユーリはそういうと、ニヤリと笑みを零す。レイは肩を竦めて、少し困った顔をする。
「残念ながら、俺は騎士ではなく領主様志望なので、騎士役は遠慮したいね。それにセリーにはユーリが言わなきゃ、ばれないし」
「フフフッ、それは残念。きっとセリーに言ってしまうと思うわ。だってここ素敵な場所だし、教えなきゃ損でしょ?」
「まあ確かに。とはいえ、今から戻って呼びに行くのは、それこそ遅くなるから俺は甘んじてセリーに怒られるよ。そもそも一人で散歩のつもりだったんだから」
レイはそう言って、素直に負けを認める。まあセリアリスも一人で散歩に出たレイを咎める事はないだろう。ユーリが来たのはそれこそ、レイのせいでもない。
「うん、そうして頂戴。あっ、それより、今日のレイのダンス、どっちも素敵だったわ」
「ん?そう?この前ユーリと踊った時とそう変わらないと思うけど。ああでも、セリーの場合は少しだけ特別か」
「特別?」
ユーリはその言葉が気になって、首を傾げながら不思議そうに繰りかえす。
「うん、セリーはね、風の精霊と相性が良いんだよ。彼女は雷属性という少し特殊な属性で、風と光の精霊と相性が良いんだ。だから、セリーと踊っている時、風の精霊も一緒になって楽しそうに踊るんだ」
レイがそう説明すると、優しい風がフワリと舞う。シルフィがセリーを思って、喜んだのだ。
「ホント、精霊が喜んでいるみたい。ふーん、セリーは風の精霊に好かれてるのね」
「へえ、やっぱりユーリは精霊の気配が分るみたいだね。それも神の加護の影響かな?ユーリは精霊には好かれているけど、神の加護の影響が強いから干渉の余地がないみたいだけどね」
「そうか、それはちょっと残念かも、もしかしたらレイみたいに空を飛べるかもしれないのに」
以前ユーリを助けた際に、屋根伝いに空を飛んだのはレイにしかできない事だ。まあ厳密には跳ねたが正しいのだが。レイは苦笑いでそれをスルーすると、フッと思った事を伝える。
「うん、大分元気が戻ってきたみたいだね。交流会の時は大変そうだったからさ」
そうレイはレイでユーリやセリアリスの様子は、それとなく観察していたのだ。まあユーリはアレックスにべったりとくっつかれていたので、ああ大変そうだなとの感想しか湧かなかったが、セリアリスに関しては、メルテのところ以外にもホスト役として精力的に動いていたので、違った意味で大変そうだと思っていた。
「うっ、それを今言っちゃう?まあ大変だったのは事実だけどね。王子様だし邪険にもできないから」
「ははっ、最後は王妃も来ちゃったしね」
「そう、そうなのよっ。しかも生徒会に所属する女子は、なんか王妃様のところにお呼ばれしちゃうし、あーもう、私どうしたらいいのよっ」
どうやらユーリは随分と鬱屈したものを抱えているらしい。レイは、話題の選択を間違えたかと、少し心配になる。
「ん?ユーリ、大丈夫?」
「大丈夫……、じゃないかも。正直どうしたらいいのか分からない。私は元々平民で、貴族になったのでさえまだ慣れていないのに、その上、今度は側室候補だなんて、どうしたらいいのか分からない」
レイは、ふさぎ込むユーリを見ながら、そういう事かと納得する。正直、彼女は聖女、まあその名はどうでもいいが、慈母神の加護という稀有な資質を持つ存在だ。そういう意味では利用価値のある存在で王族・貴族といった権威を欲しがる人々には垂涎の的だろう。今はアナスタシア卿の保護の元、平穏に過ごせているが、王族はその上の権威を持っている。いくらアナスタシア卿とはいえ、防ぎきるのは難しいのかもしれない。
「んー、ちなみにユーリはアレックス様の事はどう思っているの?」
「別にどうとも思ってない。そもそも王子様なんてお伽噺の世界の人だと思っていたもの。私になんか一生縁がないと思っていたから、結婚相手と仮に言われたとしても、ピンとこないというのが本音なの」
「ならまずはそこから考えてみるべきじゃないかな?ユーリの場合、セリアリスみたいな政略結婚の意味合いは低いし、最悪断ってもいいと思うよ」
「でもそうしたらお養父様が……」
「まあ多少咎められるかもしれないけど、そう大事にはならないんじゃないかな?まあそこはセリアリスもいるし、ノンフォーク公のお力を頼る事も出来るしね」
レイの考えでは、アナスタシア卿がユーリを本人の意思に反して王族に輿入れさせたいとは思っていないと考えている。むしろ、ユーリの意思を無視するような方であれば、彼女を養女にした時点で、既にどこかへコネをつけて輿入れさせているだろう。神の加護はそれだけの価値があるのだ。後は王族側の興味度だが、アレックスは恐らく好意がありそうだが、逆に全く読めないのが王妃の考えだった。
「レ、レイは私がアレックス様のところにいって、側室になってもいいと思う?」
「資格のありなしで言えば、神の加護を持つ君には十分資格があると思うよ。後はユーリの気持ち次第だと思っている。まあ俺にできる事は少ないけど、もし気持ちが前向きにならないで、アナスタシア卿の手にも余る状況になりそうだったら、1つだけ手はある」
「えっ?そんな方法あるの?」
ユーリは驚いて思わず聞き返す。正直ユーリの思いつく限りでは、断る事は難しく、その上断ったとしたら、お養父様に迷惑がかかるとしか、思いつかない。レイはそこでニヤリとして、軽い口調でユーリに言う。
「なに、簡単だよ。ユーリを攫って、クロイツェルに逃げればいいのさ。クロイツェルは田舎だからね。あんなところまで、追ってくる人はいないと思うよ」
「プッフフフッ、何それ酷い、……でもいいの?本当に、本当に、困ったらお願いしちゃうかもよ?」
ユーリは思わず吹きだしたものの、よくよく考えるとレイに凄く迷惑をかける事だと心配になる。ただユーリの心配そうな顔にレイは優しい笑顔で応える。
「いいよ、約束する。いざとなったら君をクロイツェルへご招待しよう。それと海ならば、例え近衛騎士団が来たとしてもクロイツェル家には勝てないしね」
ユーリの心にジンワリと安堵の気持ちが沁み込んでいく。レイが冗談で言っているのではなく、本気でそうなってもいいと言ってくれているのがわかるからだ。ユーリはその上で、後半部分を不思議に思う。近衛騎士団は王国で言えば、最強の武力だ。勿論、数に勝る戦力は国軍が圧倒的に上だが、個の強さ、武力という点においては、近衛騎士団が最強だった。その近衛騎士団より海では強い?とはどういう事なのだろうと思ったのだ。
「海だと強いの?ん?どういう事?」
「ハハッ、俺らクロイツェルには特殊な力がある。一つは、ユーリも知っているように風の加護。もう一つは……、まあ見せる方が早いか」
レイはそういうと、悪戯心が湧いて、心の中でもう一人の友人の名を呼ぶ。
『ディーネ』
『はい主様。どうなさいましたか?』
『ちょっと手伝ってくれるかな』
『フフフッ、そういう事でしたら、少しだけ派手にやりますか』
ディーネがそう言うと、その気配が目の前にある庭園の噴水の方へと移動する。すると噴水から大きな水の柱が立ち上り、その姿が大きな竜を思わせる姿へと形を変える。
「えっ、ええーっ、レ、レイ、あ、あれ、どういう事っ」
レイは動揺するユーリに軽い笑みだけ返しつつ、その手を軽く振ると水竜は螺旋状に上へ上へと昇っていき、再び手を振ると、今度は一気に急降下して弾けるように噴水に飛び込むと、水飛沫が周囲に立ち上る。水飛沫はレイ達の元にも降り注ぐが、水がレイ達をよけていき、二人には一切水がかからない。
突然起きた出来事にユーリは既に動揺は通り過ぎて、ただ茫然とするばかりだ。レイは少し派手にやり過ぎたかと心配するが、力を見せる為にやったのでまあいいかと諦める。
「えーと、ユーリ、いいかい?今のがクロイツェル家もう一つの力、水の精霊の加護だよ。クロイツェル家は代々、この二つの加護のどちらかを持つものを当主にしてきたんだ。僕は偶々二つ持っているんだけどね。そして海においては、水と風の加護を持つクロイツェルには敵がいないのさ。だって、この二つが抑えられたら、船なんて立ち行かないからね」
レイがこの事をユーリに伝えた意味は2つある。一つはユーリを守ってあげられる力がある事の証明。そしてもう一つの意味をレイはユーリに説明する。
「ユーリ、ちなみにこの水の加護は、普段は使わないから、皆には内緒ね。」
まだ完全に情報を消化しきれていないユーリは、困惑しながらも、理由を聞く。
「えっ、内緒は良いけど、何で?水の加護まで持ってたら、それこそ学院で首席も狙えるんじゃないの?」
「まあ一つは風の精霊の加護だけで、事足りるというのと、もう一つは君の神の加護と一緒かな。強すぎる力は、目立つからね。だから余りひけらかすつもりはないんだ」
「ならどうして、私にそんな大事な事教えてくれたの?」
ユーリにしてみれば、当然の疑問だ。そんな大事な事を何故自分にと思わずにいられない。
「一つはいざ君をクロイツェルに連れていった時、守る力がある事を見せる為。君一人くらいならどうとでもなるからね。もう一つは、約束を信用してもらう為の秘密の共有かな。この水の加護の事は、クロイツェルの人間しか知らない。それ以外で知っているのなんて、母方の親戚と国外にいる友人しか知らないんじゃないかな。それだけの秘密を打ち明けるんだから、さっきの約束にも信憑性が増すでしょ?」
ユーリは思わず絶句する。勿論ユーリが他言する人間ではないと信用してもらっているというのもあるのだろうが、それだけの為に秘密を打ち明けてくれたのだ。ユーリは素直に嬉しさを噛みしめる。本当に困ったらレイが助けてくれる。これは心に巣食っていた不安の種を取り払うものだった。
「別にレイの事は疑ってないよ。信頼してる。でもそれでも有難う。なんかクロイツェルに行くの楽しみになってきちゃった」
「いや、ユーリさん、一応攫うのは最終手段で、極力回避する為努力は必要で……」
「フフフッ、約束は約束。ただやっぱりアレックス様には余り興味が湧かなそうだから、約束通りになったらごめんね」
焦るレイを尻目に、ユーリはそう言って、無邪気な笑顔の花を咲かせる。月明かりに照らされたその笑顔には、一点の曇りもなく、咲き誇る庭園の花々が霞んで見えるほどの美しさで咲いていた。