第三十七話 好感度
王妃という名の嵐が去った後、アレックスは動揺していた。
『やっべ、母上が来るの忘れてたっ』
そう彼はこの交流会イベントで母親である王妃がくる展開を前世の記憶で知っていたのだ。ただ今回のイベントでユーリとの距離を縮めるという事に集中をし過ぎて、すっかり忘れていたのだ。王妃の行動は、それまでの進行状況により、いくつかのパターンに別れるのだが、今回の彼女の行動パターンは、オーソドックスなもので、最悪の場合だとセリアリスを罵倒し、破滅エンドに向かうといったものまである。ただユーリとセリアリスを伴って王妃の元に遊びに行くというのは、ある程度の好感度を双方から稼いでいないと選択されないものなので、そういう意味では少しホッとする。
『あれ、エリカまで参加は想定外だけど、まあモブキャラだし気にしなくてもいいか。取りあえずは今日の成果でユーリの好感度が上がったとみていいな』
そう考えると先ほどまでの動揺が解けて、気持ちに余裕が戻ってくる。王妃が来るのを忘れていたのは失態だが、終わりよければすべてよしだななどと思いほくそ笑む。
「皆の者済まなかったな。母上の突然の来場で、驚かせてしまった。さあ、宴もいよいよ佳境だ。改めて楽しんでくれ」
アレックスの言に参加者からは弛緩した空気が流れ始める。アレックスは、傍らにいたレイに目をやり、軽く声を掛ける。
「レイ・クロイツェル、そなたにも迷惑をかけたな。母上に優秀者をという事で、とっさにそなたの名を呼んでしまった。しかも母がそなたの母上とは何やら旧知みたいで、いらぬ苦労をかけた」
「いえ、ご推薦頂き、且つ王妃様へ拝謁仕る栄誉、大変光栄に存じております。まあもう会う機会もないと思いますので、学院生活の貴重な経験として、心に刻ませて頂きます」
「ふむ、そうか。ああ、そう言えば……」
アレックスはそこでレイに対し、セリアリスとの関係を軽く問おうとする。まあ好感度は一定水準を超えていると思われるので、最早先ほどまでの嫉妬の念は遠のいている。とは言え、どういう関係なのかは、確認しておこうと思っての事だ。ただその質問の前にセリアリスから横槍が入る。
「アレックス様、少しお話をさせて頂きたいのですが、宜しいですか?」
アレックスは少し驚くが余裕の成せる業なのか直ぐに持ち直し、レイに目配せをしてその場から離れさせ、セリアリスへと向き直る。
「どうしたセリアリス、何か母上の事で話でもあるのか?」
この場に及んでセリアリスから話が有るというのは、その事以外に考えられないので、単刀直入にそう聞く。
「はい、先ほど王妃様がお話されていた事になります。アレックス様と私、ユーリ様にエリカ様を交えての王妃様への訪問に関して、殿下はどのようにお考えかと思いまして」
「ふむ、どういう考えというのは?」
「アレックス様は王妃様の御子息にあらせられます。その、ご子息から見て、先ほどの王妃様のお話はどういう意図があるのかををお聞かせ頂きたいのです」
「ふむ、母上の意図か……」
アレックスはそこまで言って、少し考え込む。額面通り受け取れば、アレックスの身辺にいる女性達に挨拶をしておきたいと言ったところだろうか。前世の経験で言うと、息子の身近な女子というのは、母親にとっては大好物らしい。残念ながらアレックスの前世ではそういう経験は皆無で、当時の母親からは、良い子ができたら連れてらっしゃいと口を酸っぱく言われていた。勿論、王妃とアレックスの関係は、前世の母子よりも距離のあるものだ。王族という立ち位置でいる以上、それは仕方がなく、むしろそれでも今日の様に顔を見せてくれるような母親としての情も感じる機会はある。なのでそういう側面も少なからずあるのだろうと思っている。
「表向きは私の傍に居る女性達にキチンと挨拶をしておきたいっと言ったところか。それ以上に深い意味があるというのなら、それは私には判らないがな」
「然様ですか」
すると今度はセリアリスが考え込むような素振りを見せる。アレックスは、王妃としては側室候補として見定める為に呼ぶと実は知っている。これはそのイベントに誘う為の前振りなのだ。ただ、その事をこの場でセリアリスに言ったところで、側室候補の話となれば気持ちの良いものでは無いだろうと思い、そこには踏み込まなかったのだ。むしろ、そのイベントは実現されなくてはいけない。それがハーレムエンドなり、トゥルーエンドなりに続く通過点なのだ。
「他には何かあるか?」
「いえ、大丈夫です。王妃様からは私もお誘い頂きましたので、その機会には是非お声掛け下さい」
「うむ、約束しよう。元々母上もそなたも参加と言っていたのだ。誘わないいわれはない」
アレックスにとっては、両方いる事が前提だ。誘わない理由はない。だからこそ鷹揚に頷いて、約束する。
『よっしゃーっ、主人公補正、バッチリだぜっ。母上のところに行くまで、好感度上げまくるぞーっ』
心に余裕のできたアレックスは、内心で高らかに声を上げて、やる気を見せる。ただそこに連れて行くはずのセリアリスの困惑した表情とユーリの青ざめた表情に気が付かないままではあったが。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
交流会の幕が下り、その日の夜は迎賓館内にある来賓者用の寝室で、参加者は全員宿泊となる。ユーリも生徒会メンバーとしての役割を終えた後、今は一人その寝室で休んでいる。
「はぁ~、疲れた~」
漏れ出た声は今現時点でのユーリの心情そのものだ。何よりもアレックス様とアレス様の密着マークがきつかった。それこそユーリがトイレに行くときも、食事に行こうとするときにもついてくるのだ。アレス様はまだいい。時折、凄く見られている感はしたが、直接話しかけてくる機会は少ない。そう言えば、なんかレイとの関係を質問されたが、そこも無難に返答できたと思う。
ただそれ以上に大変だったのは、アレックス様の方だ。まずやたら話かけてくる。質問してくる。そして自分の自慢をしてくる。これが同格以下の貴族であれば、適当にあしらう事も出来るのだろうが、相手は王族、しかも次期国王候補の第一王子だ。無下にするわけにもいかないし、質問されたら返事をしないといけない。自慢されたら誉めそやす事もしないといけない。部屋に戻る途中で、セリアリスには謝られたが、もっと一緒にいてあげるべきだったと言われるくらい、ずっと付き纏われていた。
『うーん、アレックス様が私に興味がある?セリーがいるのに?その辺が王族、貴族ってわからないのよね』
そうこれはユーリの価値観だが、基本、平民は一夫一妻だ。妻を選ぶのも家とか親とかの意向がない訳ではないが、基本自由恋愛で結ばれる。アレックスで言えば、既にセリアリスという許嫁がいる。あの聡明で美しいセリアリスがだ。にも拘わらず、セリアリスは放っておいて、私に構うってどういう事と思わずにいられないのだ。
それに王妃の元への訪問の話がある。ユーリを疲れさせるもう一つの要因がこれだ。そういう可能性があるのは理解していたし、やはり来たかとも思う。正直乗り気ではなく、行きたくもないのだが、流石にお養父様に迷惑をかけるような事は出来ない。
『このままでいくと側室にされちゃう?アレックス様に好意でも抱ければ、そうなるのも良いのかもだけど、今現状は、正直興味が湧かないのよね』
ユーリは内心でそうぼやく。正直、元平民であるユーリには王族、貴族は縁のない人だと思っていた。その根底がある以上、王子様という存在もどこかピンとこない。かと言って、アナスタシア家を出奔し、何処か知らない土地でひっそりと暮らすというのも現実的ではない。彼女は慈母神の加護持ち。この世界でも非常に稀有な存在だ。そんな彼女がひっそりと暮らすなど、最早できない。アナスタシア家という庇護下でなければ、ここまで平穏な生活は送れないのだ。
「あーっ、もう、どうすればいいのよっ」
ユーリは思わず漏れ出た苛立ちの声に、顔を顰める。もし慈母神様の加護がなければ、あの孤児院で細々としていても平穏で暖かい生活をおくれたのだろうかと思うと、自然と涙がその眼に溜まる。ただそんな自分は好きじゃないと首を振り、鬱屈した気分を振り払おうと、部屋のカーテンを開け、外の景色を眺めて気分転換をはかる。
外は既に夜中。道にはオレンジ色の街灯の明かりが見え、空には煌めく星々が見える。ユーリはそこで一つ深呼吸をする。慈母神様は、加護を与えたユーリに対し、今は分からない何かの使命を成し遂げられるとお思いになって、加護を授けてくれたのだ。こんなことでクヨクヨなんてしてられないとユーリは前を向く。
するとそんな窓から見える景色の中に、人影が見える。
『こんな時間に誰だろう』
ユーリはその人影を目を凝らして良く見ると、茶色い髪に青い瞳のその人影は、街灯の先にある庭園の方へと足を向けている。ユーリはその人影を見て、嬉しくなる。そう言えば、今日一日、良く顔は見るのに一度も会話を交わさなかった。その事に少し寂しい気持ちにもなるし、腹立たしい気持ちも湧いてくる。
『あっ、でもまだ今日よね』
ユーリはそう思うと、気が付けばその人影を追って自分の部屋を飛び出していた。その表情は先ほどの悲しげな表情ではなく、楽しげなものに変わっていた。
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