第三十六話 王妃の来訪
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エリカはセリアリス達が人垣に囲まれて、賛辞を送られている様を見ている。勿論、ダンスが素晴らしかったのは間違いないのだが、彼女の注意は別のところにある。一つはなにやら悔しげな、焦っているような表情を見せるアレックスであり、もう一つはこれから登場するだろう人物に対してである。
アレックスに関しては、正直余り同情の気持ちも湧かない。そもそも婚約者であるセリアリスに対する嫉妬がその原因だと思っているからだ。それまでのアレックスは、ある意味セリアリスを蔑ろにしすぎている印象だ。セリアリスが献身的に尽くしているのに対し、彼は少し距離をおく。政略結婚であることを加味しても、許嫁に対して素っ気なさすぎるのだ。先ほどのダンスをしていた二人は実に親しげ。それが友愛なのか、男女のそれなのかはわからないが、少なくてもセリアリスの心がアレックスよりかは開かれているように見える。自分の女が他の男に自分に向ける以上の笑顔を見せる意味をいまようやく彼は気付いたのだ。
『まあその辺が王子様らしいと言えば、らしいのだけど』
彼女が前世でやってきた数々の乙女ゲーでは、王子は大抵、ヒロインに対し傲慢なキャラが多い。それが本命でなければ、なおさらだ。恐らくアレックスにしてみても、許嫁で王妃候補であるセリアリスは、その婚姻を破棄するほどまで嫌っている相手という訳ではない。さりとて本命として溺愛するまでには至っていない。今日の行動からだとユーリの方にこそ、好意を寄せている節がある。そうすれば、必然、セリアリスとの間は冷めていくのだが、正直そこでフォローするとかの機微がアレックスにはないようだった。
『まあ今日のところは、こっちは様子見ね。アレックスとセリアリスが結ばれない展開もあるけど、現時点ではまだ分からないし、今日はそれよりこの後来る人が大事だから』
そう今日の交流会は、この後登場する人物がイベントの目玉なのだ。
-ガチャリッ
そして交流会会場の扉が大きな音を立てて開かれる。
『きたっ、さあどうなるかしらっ、私はユーリ様のお傍へまいりましょう』
開いた扉からその目的の人物が現れる前に、エリカはそっとその立ち位置をユーリの傍へと移動する。そしてその扉から現れたのは、妙齢の女性。アレックスに良く似た金髪碧眼を持つ美しい女性だった。そしてその人物を見た生徒達は、一部を除き、怪訝な表情を見せる。ただその人物を知る一部の者は、真っ先に彼女の元へと駆け寄っていく。
「は、母上!?」
アレックスが発した言葉が、その人物が誰なのかを知らしめ、学生達は怪訝な表情から、驚きの表情へと変わる。
「アレックス、そう大きい声を出すものではありません。周りの皆様を驚かせる事になりますよ」
「はっ、すいません、母上。それにしてもなぜこのような所に?」
あわてて声を落とすアレックスの質問に対し、王妃ヴィクトリアは無視を決め込み、威厳を感じさせる声でいう。
「アレックス、そんな事より学生の皆様に母であるこの私をご紹介して下さらないのかしら?」
「はっ、申し訳ありません......、んっ、皆の者、歓談中のところ驚かせてすまない。こちらにいらっしゃるのが、私の母君であり、この国の王妃でもいらっしゃるヴィクトリア・フォン・エゼルバイトである」
突然の王妃の来訪に学生達はどう動いていいか分からない。王妃はそんな生徒を値踏みするかのように目を細め、薄く笑みを浮かべる。
「御機嫌よう、王立学院の生徒の皆さん。ごめんなさいね、突然の訪問で驚かせてしまって。ああ、今日は非公式の訪問です。無理に礼をとらなくても結構。息子が何やら面白そうな事をしていると聞いたので、少し様子を見に来たの」
ヴィクトリアは、そう言うと悪びれもせずに、会場の中へと進んでいく。そしてまず一番先に近寄ったのが、セリアリス。彼女は王妃とも面識があり、教育も受けている間柄だ。当然、真っ先に駆け寄るべき人物である。
「王妃様、ご機嫌麗しゅう。本日はご来訪、心より喜び申し上げます」
セリアリスはそう言って、優雅な所作で、礼をする。そしてそれに続き、エリクが王妃に声を掛ける。
「王妃様、ご無沙汰しております。ミルフォード侯爵家の嫡男、エリク・ミルフォードでございます。本日はご拝謁賜り、恐悦至極に存じます」
こちらも最上の貴族の礼を持って、王妃に挨拶する。王妃は二人を見やると、軽い口調で言う。
「あらセリアリスさん、ごめんなさいね、急に足を運んでしまって。それとエリク君、お久しぶりね。息子とは仲良くして貰ってるかしら」
「はっ、アレックス殿下には、恐れ多くも友人としてお付き合い頂き、良くして貰っております」
「フフフッ、そう畏まらなくてもいいのよ。ああそれとアレス君も、頼りない息子だから、支えてあげてね」
アレスは自分が挨拶をする前に、王妃から声を掛けて頂いた事に、ひどく感動した面持ちで礼をする。
「はっ、ご挨拶を前にお声掛けを頂き、有難うございます。私もエリク同様、友人として、また近侍のものとして、アレックス殿下には格別の配慮をいただいております。又、非才の身ではありますが、誠心誠意支えさせて頂きます」
そしてそんなアレックスに近しい者たちからの挨拶を受けた後、王妃は、その周囲に二人の女性がいる事に目を付ける。
「ねえ、アレックス、そちらの2人の女性もご紹介してくれるかしら?彼女らも生徒会の一員なのでしょう?」
それは狙っていた獲物に舌なめずりをするような好奇に満ちた視線だ。ただ王妃の突然の来訪に驚くアレックスはそんな意図には気付かず、慌てて二人を王妃の前へと促す。逆にその視線に気づいたセリアリスは、今日の突然の来訪の目的を悟ると、その表情を緊張したものに変える。
「こちらが生徒会にて私をサポートしてくれている女性らです。彼女が、ユーリ・アナスタシア。アナスタシア伯爵のご令嬢です。そしてこちらが、エリカ・ミルフォード。ミルフォード侯爵のご令嬢で、エリクとは義兄妹になります」
「初めまして、王妃様。アナスタシア伯爵が娘、ユーリ・アナスタシアと申します。本日はご挨拶賜り、光栄にございます」
「ご機嫌麗しゅう、王妃様。ミルフォード侯爵が娘、エリカ・ミルフォードです。本日は拝謁賜り、恐悦至極でございます」
アレックスの紹介の後、二人は綺麗な所作で、王妃に挨拶をする。王妃もそれに満足そうに、顔を綻ばせる。
「あらあら、そう、貴方が、ユーリさんね。セリアリスさんからも話は聞いているわ。なんでも慈母神様の加護をお持ちの聖女様なのだとか。今度、ゆっくりとお話をさせて下さいね。それとエリカさんね。あら、あなたはあまりエリクさんとは似ていらっしゃらないのね?」
「はい、私はエリクお義兄様とは従兄妹でして、ミルフォード家には養女として入っております。ですので、余り似ていないのかと」
「ミルフォード宰相のご兄妹となると、メリダさんの娘さんという事かしら?ああ、そう言われれば、メリダさんの面影があるわ」
「母をご存知でしたか?母もその事を伝え聞けば、喜びます。有難うございます」
エリカは正直、母の事まで知っているとは思いもよらず、軽く目を見張るが、それでも大きな動揺を見せず、笑顔でそれに答える。今日のこの場で、王妃の覚えをいただくのが、エリカの目的だ。なので、優雅な所作は忘れない。
「さて、他の学生の方々にもご挨拶をしたいところだけど、流石に全員に挨拶をしたら夜が更けちゃうわね。折角だから、もう一人、二人くらいは、ご挨拶したいものだけど、アレックス、どなたか推薦なさい」
アレックスはそう言われて、暫し思案する。王妃である母の意図は分からない。ただの気まぐれの類だと思うが、下手な人選をして機嫌を損ねるのも不味い。そこで会場を見渡した時、一人の男子学生が目に入る。先ほどまでセリアリスと仲良さげにダンスをしていたあの男だ。彼の所作は、貴族として申し分はない。そう下手な事にはならない。であれば、少しくらい困らせてもいいのではないかと、軽い意趣返しを思いつく。
「なら、私と近しい訳ではないですが、非常に優秀な人物をご紹介させて頂きましょう。レイ・クロイツェル、こっちにきてくれ」
その名を呼んだ時のレイの驚くさまを見て、アレックスは少し溜飲を下げた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「なら、私と近しい訳ではないですが、非常に優秀な人物をご紹介させて頂きましょう。レイ・クロイツェル、こっちにきてくれ」
そのアレックスの発言を聞いた時、レイは何故自分が呼ばれたのか、全く理解できなかった。アレックスにしてみれば、嫉妬からくる軽い意趣返しなのだが、そんなアレックスの心情は露も知らず、レイは驚きの表情を浮かべる。ただそれに囚われている訳にもいかず、仕方がないので、レイは外面を作りつつ、王妃の前に進み出て、片膝をつき、臣下の礼をとる。
「お初にお目にかかります。クロイツェル子爵が嫡男、レイ・クロイツェルと申します。卑賤な身でありながら、王妃様にご拝謁賜り、只々恐縮の至りにございます」
レイがそう言って、貴族の礼をとると何故だか王妃が怪訝な表情を見せる。レイは顔を伏せながら、何か失敗したかと考えるが、王妃の言葉は、それとは別のものだった。
「えーと、レイ君ね。貴方、ご両親の名は?」
「はい、カイン・クロイツェルとレイネシア・クロイツェルにございます」
「レイネシア......、もしかしてドンウォーク子爵のご令嬢かしら?」
「はっ、ドンウォーク子爵は母方の実家になります」
「ああそう、道理で面影があると思ったわ。ええ、母君に良く似ていらっしゃる」
ヴィクトリアはそう言うと、少し冷たさを感じる笑みを見せる。レイとしては、王妃が母を知っている事自体、驚きなのだが、何やら冷たい空気を感じ、背筋に冷や汗が流れるのを感じる。
「王妃様は、母の事をご存知なんでしょうか?」
「ええそうね、学年こそ違いますが、学院で何度か拝見しました。その学年では一番の美女と謳われてましたのよ。当時、まだ王子だった今の王も彼女には懸想をしてね」
レイは王妃の口から零れた事実に、軽く眩暈を感じる。そう言えば、母が以前惚気た時に、王族に言い寄られてなどと言っていた気がする。流石に王と通じていたわけではないので、王妃に害があったわけではないだろうが、心象は良くないのかも知れない。
「然様でしたか。全く存知あげませんでした」
レイとしては最早知らないで通すしかない。王妃も流石にそれ以上はその息子を責めても意味がないと雰囲気を柔らかくする。
「フフフッ、まあ彼女は家格の釣り合う相手をキチンと選んだわけだから、それ以上は思うところはないのだけどね。まああなたも、母上に似て優れた容貌をしているのだから、釣り合う相手を探しなさい」
「はっ、お気遣い頂き有難うございます」
レイはそこで、内心大きく溜息を吐く。まさか王妃に母上の事で嫌味を言われるとはと。そしてレイに興味を無くした王妃は、再びアレックスへと向き直る。
「アレックス、そろそろ私はお暇させて頂きます。ああそうそう、今度是非、ユーリさんとエリカさんだったかしら、それとセリアリスさんを連れて、私の元まで遊びに来なさい。良いですね」
「はい、畏まりました。ですが......、なぜ彼女達を?」
「勿論、同じ生徒会のメンバーで、且つ女性なのですから、色々興味がございます。まあセリアリスさんは良く知っていますが、流石に他の女性を呼んで、セリアリスさんを呼ばない訳にもいきません」
王妃はそう言うと薄く笑みを浮かべて、アレックスに二の句をつがせない。レイは完全に蚊帳の外で、ユーリの方に目を向けると、顔が真っ青だ。さてこれからどうなるかと、内心何度目かの深い溜息を吐くのだった。