第二十八話 心の距離
「さて本日は、この辺までとしましょうか」
王妃ヴィクトリアは、そこまで言うと侍女に声をかけ、お茶の用意をさせる。実はこの教育、このお茶会までが、予定内であり、セリアリスにしてみれば、まだまだ油断出来ない状況だった。ただ対するヴィクトリアはというと、ここで若干雰囲気を緩くする。これが厄介なのだ。
「王妃様、本日もありがとうございました」
セリアリスは、油断なく優雅に礼をとる。ヴィクトリアも目を細めながら、笑顔を見せる。
「いえいえ、これも王妃の務めですもの。問題ないわ。それよりも、そうそう、学院生活はどう?」
さも世間話と言った雰囲気で、普通の会話。とは言え、きっとそれだけでは終わらない。なんとなく嫌な予感を感じつつも、セリアリスは平然とした表情で答える。
「はい、楽しく過ごさせて頂いております。生徒会の活動も始まりましたので、生徒の模範となれる様、精進しております」
「あら、セリアリスさんなら大丈夫でしょう。そうそう、生徒会、懐かしいわ。私も参加させて頂きましたもの」
「そうなんですね。まだ活動もこれからですので、頑張ります」
当たりさわりのない回答に終始しつつ、スッと紅茶に手を伸ばし、喉を潤す。やはり緊張する。相手の思惑がどこにあるのかが分らない会話は本当に緊張するのだ。そんなセリアリスの心情とは裏腹に、ヴィクトリアは朗らかに話を続ける。
「フフフッ、皆の模範とならなければいけないのですもの、大変だけど頑張ってね。あっ、そうそう、生徒会と言えば、他にも女子生徒がいたでしょう?ほら・・・・・・アナスタシア枢機卿の」
きたっ、セリアリスの頭が警鐘を鳴らす。まさか王妃が生徒会のメンバーに関心を示すとは思っていなかった。
「はい、ユーリ・アナスタシア様ですね。彼女は書記を務めていらっしゃいます」
「フフフッ、聖女様とも噂高い彼女よね。平民出とは言え、今は伯爵家の令嬢。聖女という事であれば、素晴らしい人選だわ」
セリアリスは内心で舌打ちをする。さも世間話をするような話振りで、その実、キッチリ調べ上げて会話をしている。セリアリスとしては、最近友人になった彼女に余り権力とかのしがらみに巻き込みたくないのだが、まさか王妃が興味を示すとは思ってもいなかった。ただ問題はどういった種類の興味なのかを見極める必要がある。
「それはアレックス様のご裁量でしょう。確かに彼女は素晴らしい女性ですので、きっと生徒会の力になってくれるとも思いますが」
「セリアリスさんが、そこまで褒められるのであれば、興味が湧くわね。今度、一緒に王宮に連れてきなさいな。もし素敵な女性と言うのであれば、アレックスの側室に召し上げるのもいいかも知れないし」
「えっ、いや、勿論連れてくる事自体は、問題ないのですが、可能であれば、アナスタシア枢機卿にお声掛け頂いた上でお願いできますでしょうか?親の許諾なしに、王宮へ参内となりますと、王妃様にもご迷惑が掛かりますので」
セリアリスはそう言って、やんわりと話を先送りにする。王妃の興味は思った以上に厄介な部類の興味だった。ここでユーリを王宮へと連れて来たら、アレックスの側室に一直線となりかねない。勿論、ユーリが望むならそれでも構わない。むしろ、ユーリが側室としてセリアリスの傍に居てくれるなら、これほど嬉しい事はない。ただ、それは、あくまでセリアリスの都合だし、彼女が望むとは思えなかった。
「フフフッ、確かに親へ話を通さずには、問題になるかしら。なら、アナスタシア枢機卿に話をした上で、一度会いましょうか?そうそう、アレックスの興味も聞いておかないとね。あの子が興味ないなら、そもそもお話にはならないのだし」
王妃は嬉しげな表情で、お茶を飲みながら、あーでもないこうでもないと、計画を口ずさむ。セリアリスはそんな王妃の姿を眺めながら、友人を守る為に、どういった手が取れるのかを思案するのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
セリアリスが王妃教育を受け、学院の寮へと戻った後、王妃の居室に1人の男性が訪れていた。
「姉上、本日の王妃教育はいかがでしたかな?」
「あの子はやっぱり優秀ね。中々ボロは出さないし、知識も受け答えもしっかりしている。流石はノンフォーク家といったところかしら。ホント嫌になるわ」
会話の人物は、この部屋の住人である王妃ヴィクトリアとその弟で学院でアレックスの担任また、アレックスの個人的な教育係でもあるアーネスト・フォン・ロンスーシーである。アーネストは時折、アレックスの教育で王城によった際に、こうして姉のもとに表向き挨拶にくる。まあ実際は、アレックスに関する情報提供の場だったりするのだが、その会話は、ロンスーシー家に関わる事まで含まれる。
ちなみに今話題にしているのは、アレックスの許嫁で、先ほどまでこの部屋にいたらしい、セリアリス・フォン・ノンフォークの事である。彼女は、ロンスーシー家とは敵対する派閥であるノンフォーク家の令嬢。勿論、同じ王国の公爵家同士である。表立った対立がある訳ではないが、お互いが警戒をしている相手である。
「まあ流石に彼女を陥れるのは、中々簡単ではありませんね。実際に、学院では既に女生徒の中ではTOPと認められていますから。それに、彼女はユーリ・アナスタシアを取り込みました。彼女は平民出の生徒達にも人気があります。そんな彼女と表向き友人関係を築いた事で、セリアリス嬢への評価も高まっています。下手したらアレックス様よりも人気があるかも知れませんね」
「フン、で、そのユーリ・アナスタシアというのは、セリアリスの弱点になりうるの?」
「まあそちらは保険でしょう。本命はやはり、父上達が進めている計画の方が確実だと思いますし」
そう言ってアーネストは、厭らしい笑みを浮かべる。その笑みを冷静に見返して、ヴィクトリアは言う。
「まあいいわ。私は仔細は知りません。勿論、関与も致しません。聖女の事はこちらで動ける範囲で動きます。それはそうと、あの泥棒猫の息子はまだ生きてるの?あなたこの間も失敗したでしょ」
「それこそ姉上、そう簡単にはいかないのですよ。今回かなり慎重に手を打ちましたが、足がついては意味ないのです。勿論、次の手も打っています。ただこちらも、ただの保険。優先順位を今以上は上げられないのは理解してくださいね」
アーネストはそう言って肩を竦める。ユーリの事、ジークの事、共にアーネストにしてみれば、おまけの出来事だ。彼は嫡男では無い為、より今よりも力を得るには、家を大きくする必要がある。すべてはその為の布石であり、今目の前にいる姉でさえ、道具であり、駒なのだ。だからこそ、慎重さを失う訳にはいかない。確かに既定路線で将来がこのまま進んでも、家は安泰だが、盤石とは言い難い。特にセリアリスという少女が、その輝きをました時、確実に、家にとって弊害となるだろう。だからこその布石である。
『結局は、王家の力が弱くなった事が原因でもありますけどね』
ここ数十年、王家には優秀な王が現れなかった。国土拡大も図れず、不正・腐敗も横行し、他国、特に皇国からの圧力は増すばかり。軍事面ではノンフォーク家の力で、外圧に屈せず、内政面ではロンスーシーの力で国内勢力を纏め上げた。王家もその血を取り込み、権勢を維持しているが、結局はその二公爵家に頼り切っている。次期王の最有力がアレックスなだけに、ここで形勢を一気にロンスーシーに持っていくことも可能なのだ。
『さて、次はどうなりますか』
アーネストはあくまで、舞台を整えるだけに過ぎない。当事者たれば、自らに危機が迫る可能性もある。それは所詮下策だ。あくまで表舞台には別の人物が望ましい。ここ王都での陰謀は多岐にわたる。自身が手を下さなくても、他の誰かが策謀を張り巡らせる。次の手立ては、アーネストが直接関与していないだけに、どうなるかを傍観者として、のんびり構えるのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ユーリは生徒会室の片隅で、一人困っていた。生徒会室には、ユーリ以外の女子生徒が一人いる。生徒会メンバーであるセリアリスではない。今日の彼女は王城での王妃教育で、この場にはいない。ではそのもう一人とは誰かというと、彼女の名はエリカ・ミルフォード。エリク・ミルフォードの義妹にして、侯爵家の令嬢。彼女は生徒会のサポートメンバーとして、役員の補助的な位置づけで参加していた。クラスが同じだけに知らない顔ではないが、普段の彼女は、兄であるエリクと一緒に、アレックス様メンバーと行動を共にする機会が多く、ユーリ自身とは接点は少ない。そんな彼女と事もあろうか、今は二人きり。会話をしようにも、中々何を話しかけたらいいか分からず困っていた。
するとそんなユーリの心情を察したのか、エリカの方から、ユーリに話しかけてくる。
「ユーリ様は、どうして生徒会に参加されたのですか?」
そのものいいは、決して不躾ではなく、本当に不思議に思っての言葉だ。ユーリは、少しだけ困った顔をしながらも、それに丁寧に答える。
「セリアリス様からお誘い頂いたのが1つ。もう一つは、この活動で、私自身のしたい事を見つめなおす為です」
「したい事を見つめなおすですか?」
「はい、私は本当に偶然に枢機卿であるお義父様に守っていただきました。いつかはその御恩をお返ししたいと考えています。その一つとして、私にできる事がなんなのかをいつも考えているのですが、何ができるのかは、色々自分でしてみないとわからないので、生徒会という役職は色々試すいい機会だと思いました。だからセリアリス様からお誘い頂いた時に、了解したのです」
ユーリにしてみれば、生徒会というのは、それなりに責任と重圧のかかるものだと思っている。相対する方々も、この国においての将来を担う方々。だからこそ、その中で、自分の力で何ができるのかを知りたかった。そしてセリアリスもその事を応援してくれると後押ししてくれた。
「フフフッ、ユーリ様は前向きな考えでいらっしゃるのね。流石は聖女様といったところかしら」
「いえ、そんな大した事ではありません。私自身、聖女という名前は重たすぎますし、それに見合った人物とは到底思えませんので」
「でも慈母神様の加護をお持ちなのでしょう?神の加護はそれはもう稀有なもの。まして、慈母神の加護はここ数百年の間、得たものはいないと言われていますわ。他の神々の加護であれば、持ち合わせていらっしゃる方もいると聞きますが」
エリカは微笑みながら、やはりユーリを持ちあげる。確かにエリカの言う通り、慈母神の加護は稀有な存在だ。六神教の主神格であるオロネオスやその妻神であるビュラスはそれでも100年単位ではあるが、加護を与えるものも現れる。六神教総本山の神聖オロネス公国の教主もまた、オロネロスの加護持ちと言われており、その事自体は有名でもある。ただし、その他の加護持ちが滅多にいないというのは、いわば秘匿事項であり、司祭クラスの人間でも知らない事実だったりする。
「エリカ様はそれをどこで、御知りになったのですか?ここだけの話、加護を持つものが余り現れないのは、秘匿事項なのですが?」
「あら、警戒させてしまったかしら?いえ、私がその事を知っているのは、私もその関係者なのですよ」
「関係者ですか?」
「はい、私の母は、元々六神教の高位神官ですの。その兼ね合いで、母から色々な事を指導頂きました。私自身も、聖魔法を使えるくらいまでは、修行していますのよ」
ユーリは淡々と話すエリカの言葉に思わず、目を見張る。確かに聖魔法を使えるくらいの実力者なら、その秘匿事項を教わっていても不思議ではない。それにしても、自分以外にも神殿関係者がいるとは思わなかった。
「それでは、エリカ様は司祭なのでしょうか?」
「いいえ、私は神殿に仕えた事はありませんので、神職の職位は持っておりません。あくまで母より私的に教わっていただけなので」
「それは凄いですね。神殿に仕えず、聖魔法に目覚めるなど、非常に稀有な事ですわ。エリカ様は元々素晴らしい素養をお持ちでいらっしゃるのですね」
ユーリはそう言って、思わず感嘆の声を漏らす。神殿に仕えているものでも、聖魔法に目覚めるのは、一部の人間だけだ。まあ、ユーリ自身も例外の一人なのだが、逆に、ユーリのような加護を持ち合わせていないのにも関わらず、それを発現させたのは、余程の素養に恵まれた結果なのだろう。
「いえ、でも私よりもユーリ様の方が、珍しいのですよ?私はそれでもいない事はない存在ですが、ユーリ様は本当にいない方ですから。本当に、加護を授かれるなら、私も欲しい位ですもの」
「はは・・・・・・、こればっかりは、慈母神様の思し召しですから」
エリカがユーリを怪しく眺めながら、少しだけ拗ねた声を出すのを聞いて、ユーリは乾いた声を漏らす。本当に加護は願って得たものではないので、そう言われても困るのだ。その後二人は、六神教の教義について、ゆっくりと会話をする。ただ、なんとなくだが、セリアリスのような心の距離が縮まる様な感覚は、一向に現れなかった。
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