第二十六話 王都の情勢
誤字脱字報告のご協力、誠にありがとうございます。物語は次の展開へと移行します。
新入生歓迎パーティーが終わった後の最初の学院の休暇日、レイは、彼の祖父であるドンウォーク前子爵邸に向け、のんびりと馬で向かっていた。徒歩あるいは馬車という手段でも良かったが、学院から貴族街にあるドンウォーク子爵邸までは多少距離があり、かといって、わざわざ馬車を手配する気にもなれず、今は馬上の人である。
クロイツェル領から連れてきた馬は、普段学院の厩舎に預けている。定期的に運動はさせているとはいえ、学院内から外に出るわけではないので、馬もどこか楽しげに、パカパカと歩を進めている。
「今度、何処か遠乗りにでも連れてってやるから、今日は近場だけど許してくれよ」
ヒヒーンッ
馬は判っている、約束だからな、と言わんばかりに、相槌を打つ。レイはそんな愛馬に苦笑しつつ、周囲に目をやる。既に貴族街に入っている。貴族街には大小様々な屋敷があり、時折馬車の往来もある。ただ人が出歩いているわけではないので、閑静な佇まいといった雰囲気だ。暫くしてようやく目的地に着き、扉を鳴らす。
すると初老にさしかかろうかと言う、女性の給仕が、扉を開けて、用向きを確認してくる。
「初めまして、クロイツェル子爵の嫡男でレイネシアの息子になります、レイ・クロイツェルと申します。王立学院に通う事になりましたので、ご挨拶に伺いました。御爺様と叔父上はいらっしゃいますでしょうか?」
「はい、お待ちしておりました。今、ご当主様とご隠居様をお呼びしますので、どうぞ、こちらへ」
給仕の女性は、レイを中に通すと、応接室へと案内する。レイは、応接室に入り、ゆったりとしたソファに腰を下ろすと、部屋の周囲を見渡す。応接室は決して広くはないが、来客者に対して、好感をもたれるよう清潔さと華美にならない程度の調度品が、いくつか置かれている。
ちなみにクロイツェルの応接室は、広い。調度品も海洋貿易の付き合いの兼ね合いで、色々なものが、並んでいる。ある意味、統一性はないのだが、興味をひくようなものが多く、それが話のタネになっていたりする。
そうして暫く部屋を眺めていると、入り口に、レイの父と同年代の男性と、白髪の老人が連れだって入ってくる。
「おおー、レイ、久しぶりだなーっ」
「ご無沙汰しております。ドンウォーク子爵」
「おいおい、親戚なんだ、ドンウォーク子爵なんて他人行儀はよせ」
「ハハッ、すいません、アゼル叔父さん」
そう言ってレイは直ぐに言い方を変える。アゼルの役職は外交官。現ドンウォーク子爵家の当主であり、レイの母であるレイネシアの弟にあたる。アゼルは外交官と言う役職の兼ね合いで、クロイツェルには何度か来たことがあり、レイも当然、面識がある。だから会話も自然と砕けたものとなる。
すると、アゼルの奥から、不満げにアゼルに文句を言う声がする。
「おいアゼル、可愛い孫に会いたいわしに、少しは遠慮しろっ、おおー、レイ、大きくなったの~、前にあった時はまだこんなくらいに小さかったはずじゃが」
そう話しかけてきたのは、レイの祖父であるデニス・ドンウォークである。母と同じく、姉弟であるアゼルは壮年と言われる年でありながら爽やかな美男子であり、外交官としても他国要人に好印象を与えるような人物だ。対してデニスは既に髪は白髪ながら、ガッチリした体躯の好々爺といった印象の人物だった。
「はい、当時はまだ5歳の頃でしたので、その位かと。ご無沙汰しております、御爺様」
「うんうん、あの当時は、レイネシアに似て、可愛らしい子じゃったが、うん、こうしてみるとカイン殿の精悍さも感じられるようになったの、うん、いい男になった」
「ハハッ、有難うございます。ただまだまだ未熟もの、父には遠く及びませんので、学院で日々精進です」
デニスは、レイに対し優しげな眼差しを向けると、レイもそれに嬉しげに答える。ちなみにカインの父であるもう一人の祖父は既に他界している。レイが生まれる前の話なので、その顔すら知らない。なので、レイにとって祖父と呼べる人物は目の前のデニスだけである。
「あらあら、いつまでも立ち話ではあれでしょう、さあ、お茶を用意しましたので、レイ君も座りなさい」
そう言って、先ほどの給仕の女性と入ってきたのが、アゼルの奥さんのミリーゼだ。元々男爵家の令嬢で、二人は幼少の頃からの幼馴染で結婚した。政略結婚が常の貴族にとって珍しい、恋愛結婚をした夫婦である。ミリーゼは、アゼルが外交官の仕事で、クロイツェルに来た時に何度か同行してきており、やはりレイとは、既知の間柄である。
「お久しぶりです、ミリーゼさん。有難うございます」
ちなみにミリーゼに叔母上というと、怒られるので、名前はさん付けで呼んでいる。そしてその後ろからもう一人、可愛らしい少女が現れる。金色の髪に青い瞳のまだ幼い少女。年の頃は、レイの弟であるケビンと同じ位だろうか。レイは会った事がないので、その小さい来訪者に近付いて、目線を合わせて挨拶する。
「どうも初めまして、アゼル叔父さんの甥っ子で、御爺様の孫でもあるレイ・クロイツェルと申します。お名前をお伺いしてもいいですか、レディ」
すると少女は顔を赤らめながら、可愛らしい所作で、スカートを摘まみながら挨拶をする。
「は、初めまして、アゼル・ドンウォークの娘で、アリス・ドンウォークと申します。本日は、ようこそ、わが家へ」
やはり予想通り、アゼルの娘であるらしい。レイは、優しげな笑みを浮かべて、そっとその髪を撫でる。
「素敵な挨拶を有難う、アリスって、呼んでもいいかな。僕は君の従兄、まあ兄みたいなものだから、これからよろしくね」
「はい、よろしくお願いします、レイお兄様」
そんな2人をアリスの隣にいたミリーゼが微笑ましそうに眺めながら、少しだけアリスをからかう。
「あらあら、アリス、素敵なお兄様ができて、良かったわね。今日、レイ君が来るの、ずっと待ってたもんね、お義父様と一緒にそわそわして」
「お、お母様っ、それは内緒ですっ」
「ミリーゼさんや、わしはそこまでそわそわなぞ、しておらんぞっ」
とんだ流れ矢を受けたデニスとアリスは慌てて声を上げる。そんな2人の姿を見て、レイ達は楽しそうな笑い声を上げるのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その後は、日中は、お茶を飲みながら近況を報告した後、アリスと遊んであげてすっかり懐かれてしまう。アリスには兄弟がいないらしく、前々から兄弟が欲しかったとの事で、レイはすっかり、兄認定をされてしまった。レイにしてみれば、妹、弟、孤児院には、似たように兄と慕ってくれている子供達も多いので、子供の扱いには慣れたもので、また一人、可愛い妹が増えたと素直に喜んだ。
その後、夕食をドンウォーク子爵家一同と頂き、食後のアデルとデニスに時間を貰い、レイは、聞きたかった事を2人に尋ねる。
「王都の情勢が知りたい?」
「はい、俺の同期には第一王子と第二王子、公爵、侯爵、伯爵といった高位貴族の子息も多いので、予めそういう事を知っておいて、トラブルは避けようかと思っています。特に第二王子とは同じクラスで友人にもなってしまったので」
するとアゼルが、少し難しそうな顔をして腕を組む。
「うーん、そうだな。まず、大局として、今、宮中には大きな派閥が2つあるのを知っているか?」
「2つですか?いえ、知りません」
レイは憶測で回答せず、正直に答える。可能性としてはいくつかあるが、別段根拠がないので、ここで見栄を張っても仕方がない。アゼルはそれを受けて、丁寧に説明を始める。
「一つはノンフォーク公を頂点とする、軍閥貴族。国軍を抑え、国内外に対し睨みがきくので発言力も大きい。特にノンフォーク公は陛下の従兄でもあるので、王家に対する忠誠心も篤い。もう一つは、ロンスーシーを頭とする、宮中貴族に対し影響力のある派閥だ。こちらは元々、元老院を中心とした政治屋主体で、官僚も含めた内政面に影響力を持っている。特にロンスーシー公が妹を王妃にし、その子が次期国王候補であることから、外戚として、より勢いを増している。そしてこの二つは元々仲が悪い」
まあ片方の予想は合っていた。ノンフォーク公を筆頭に国軍の影響力は非常に大きいと思っていたのだ。ちなみにレイの父やレイ自身も海軍という国軍の枠の中にはいるので、2択であれば、ノンフォーク公の派閥だろう。
「ノンフォーク公の軍とロンスーシー公の内政ですか。まあでも、それならば、ロンスーシー家の象徴であるアレックス様と軍の頂点であるノンフォーク家のセリアリス様が、結ばれるのであれば、国にとって良い事なのでしょうね」
と素直な感想をレイは述べる。ただそれに対し、アゼルが首を横に振る。
「どうやら、ロンスーシー側はこの婚姻にはあまり納得はしていないようだ。元々は、王太后様の肝入りで組まれた縁談だ。王も母親である王太后様を尊敬しているので、すんなり受け入れたそうだが、王妃は一人、反対していたそうだ」
「そうなのですか?セリアリス様の話では、王妃教育で、王宮に定期的に行っているって話でしたけど。王妃様にも教育の機会があるとも言ってましたし」
「それはそうさ、表だって異なんて唱えないさ。教育も王の決定である以上、疎かにもできないしね」
アゼルはそれを素直に肯定する。レイはそれを聞いてセリアリスの事が心配になる。あの凛とした少女が、婚姻後、余り幸せになれないのではないかと言う未来を想像してしまったのだ。
「でもそれなら表面上は大きな問題は無さそうですね。少なくても国王陛下がご存命の内は、ロンスーシーも何か事を起こすような事は出来ないでしょう?」
「そう、それが結構問題でね。正直、国王陛下のご体調が余り芳しくないみたいなんだよ」
おおっと、それは問題だ。もし国王陛下の身に、何かあれば、ロンスーシーが台頭する機会を与える事になるかも知れないのだ。そこでレイはもう一つ気になった事を聞いてくる。
「そうすると、第二王子もロンスーシーにしてみれば、邪魔という事でしょうか?」
「ああ、それはロンスーシーの思惑もそうだけど、そもそも王妃が嫌ってるって話だよ」
「そうなのですか?」
「ああ、王妃にしてみれば、自分が身ごもっている時に、他の女に手を出した王が許せないみたいでね。当然、その母や息子には敵意を向けるわけだ。しかも相手の女性は王宮付の侍女って話だから、なおの事、王妃のプライドが許さないらしいよ」
まあわからなくはないが、恨むなら王だろうとレイは思う。ただその王にしても、子をなす事自体が仕事と言う側面もある。せめてタイミングがずれるなりすれば、多少は違ったかも知れないが、そこは何とも言えない。
「うーん、ジーク、あ、ジークフリード殿下も大変な環境に育ってるんだな。そりゃ、王位に興味もなくなるか」
「ハハッ、レイは本当にジークフリード殿下と友人みたいだね。殿下は幼少の頃より、何度も命を狙われるような目に遭っているから、基本、誰とも接点を持たないようにしているんだよ。アレックス殿下が、友人と仲良く過ごす傍ら、ジークフリード殿下はいつも一人でね。まあ、家格的には、家も、クロイツェルも下だから、後ろ盾になんか到底なれないし、そう言う意味では付き合いやすいのかも知れないけどね」
「まあ、ジークにはいつも、俺は殿下として扱わないのが良いと言われますけどね。ほら、クロイツェルだと、王都の権勢とか、余り関係ないじゃないですか。国の貴族としては、駄目なのかも知れませんが、クロイツェルの領民を守れれば、それでいいと思っているので」
「フフフッ、そう言うところはカイン殿とそっくりだよね、レイは。まあそこをジークフリード殿下が気に入ったというのは、判る気がするけどね。ほら、家のような宮中貴族だと、やはり派閥とは切っても切れないところにあるからね。まあそれでも家は、最悪いい親戚がいるから、片田舎とは思えない片田舎に引っこんじゃえばいいだけだけどね」
するとこれまで黙っていたデニスが不満顔を見せる。
「アゼル、お前の代でドンウォーク家を潰されても困るんだが。まあ、かくいうわしも派閥だなんだは好かんがな。特に最近、宮廷内は謀略が過ぎる。そもそも、ノンフォーク公が、政治に口を出さず、分をわきまえているからいいものの、ロンスーシーはその軍をも欲しがる始末。最近では、六神教にまでちょっかいを出していると聞くぞ」
アゼルはそれに頭をかいて、苦笑いをし、レイは六神教と聞いて、今度はユーリの事を思い浮かべた。
面白い、これからに期待、頑張ってと言っていただける方は、是非ブックマーク並びに評価のほど、お願いします。それが作者のモチベーション!
よろしくお願いします!




