第二十五話 新入生歓迎パーティー⑦
ジークとレイが会場に戻ってきたときには、既にダンスパーティーも佳境を迎えていた。レイは疲れた顔をして、隣にいるジークに声を掛ける。
「なんだか色々大変なパーティーだったな」
「そうだな。俺も殺されかけるとは思わなかった」
レイは改めてジークの立場というものを自覚する。第二王子で妾腹の子。しかも第一王子と年子。これだけ本人が王位継承権に関心を示していないのに、一方的に危険視されて、悪意に晒されるのである。しかも今よりももっと幼少の頃からである。
「ジークは、王様とかは興味ないのか?」
「ないな。兄上が盆暗なら考えもするが、聡明で努力を怠らない人だ。多少、人の機微には疎いところもあるが、まあしいて上げればと言ったところだ。無理に王位を目指したところで、勝ち目もない」
「ならとばっちりだな。今回のは特に。まあ泣きたくなったら愚痴位は聞いてやる。友人の誼だ」
「誰が泣くかっ、ていうか、レイ、お前もユーリ嬢のところに戻った方が良くないか?聖女様が心配するぞ」
レイはワザとらしく軽口を叩き、ジークもそれに乗って、からかってくる。まあ男同士、余りあれこれ聞かなくても、これぐらいでいいだろう。
「ああ、でももうパーティーも終わりだろ?なら、ユーリには別の出番があるから、迎えに行くならその後にするよ」
「別の出番?・・・・・・ああ、生徒会役員か?」
ジークもレイの言っている事に気が付いたのか、講堂の檀上に目をやる。するとタイミング良く、先ほど会話をしたオシアナと、複数の生徒が現れる。
「一年生の皆様、ご歓談のところ、失礼しますが、そろそろこの宴も佳境となります。開催前にもお伝えしましたが、皆様の代表として、生徒会の役員をここで発表いたします。まずは生徒会長、アレックス・フォン・エゼルバルト、副会長、エリク・ミルフォード、会計、セリアリス・フォン・ノンフォーク、書記、ユーリ・アナスタシア、庶務、アレス・グレイス。以上の5名となります。では代表として、アレックス生徒会長、ご挨拶を」
そしてオシアナの口上を受けて、アレックスが一歩前にでる。
「この度、この学年の生徒会長になったアレックス・フォン・エゼルバルトだ。私自身、まだまだ未熟者だが、日々の精進は忘れたことは無い。この学院は実力主義、私は王族だが、王族や貴族、平民といったものは関係ない。あくまで実力において一番でありたいと思っているし、事実そうであると自負している。皆それぞれが、精進し、切磋琢磨していこう。その上で国を導くものとして、皆にこの能力が一番である事を証明しよう。そして皆を守ろう。何かあれば気軽に生徒会室へ来てくれ、私からは以上だ」
威風堂々といった言葉が似合う宣言だった。確かにジークが言うように、努力を怠らない、常に頂点であることを義務づけられた人間の物言いだ。王たるに相応しいのだろう。ただ少しだけ傲慢な気もする。所詮人一人に救える人間には数が限られる。勿論大を救うのに小を捨てなければいけない局面もあるが、小の中に自分にとって大切な人がいた場合、素直に大を優先するかと言うと、レイには自信がなかった。
「有難うございます。今年度の新入生は彼ら生徒会が主導となって、まとまっていければと考えておりますので、よろしくお願いします。では最後に、毎年の恒例となりますが、ラストダンスを本日ダンスした皆様の中から、特に優秀だと思われた方々に踊って頂きます。選考は参加している来賓の方々や教師の皆様による投票で選ばれております」
ミリアムがアレックスの宣誓を引き継ぎ、いよいよ会の終わりを告げる。ただその言葉にはサプライズが含んでいた。ラストダンスのペア発表である。まあこれも毎年恒例で、大抵は上位貴族の面々がそのペアとして選ばれる。今壇上にいる生徒会の面々がそれだ。来賓者が投票に加わる以上、そういったメンバーに票が集まるのは当然であるし、彼らは皆社交の場に慣れたメンバーだ。当然、そういった結果になる。だからこそレイは、のんびりと構えていたわけだが。
「では、その優秀者のペアの方々を紹介しましょう。まずは、アレックス・フォン・エゼルバルト、セリアリス・フォン・ノンフォークペア」
会場には小さくないどよめきが起こる。まあとはいえ、ここは規定路線だ。二人は手を取り壇上から降りて、ダンススペースへと向かう。お互いに慣れた所作で、優雅に笑みを零す。そして、次のペアが発表される。
「続きまして、エリク・ミルフォード、エリカ・ミルフォードペア」
ここでも拍手と歓声が響く。エリクに対しての賛辞もそうだが、男子生徒からのエリカに対する歓声が一際響く。レイはそう言えば、エリカという女性をまじまじと見るのは、これが初めてだ。ダンスの時は他のペアに注意していたので、あまり気にしていなかったのだ。確かに綺麗だ。1人だけ、女性として、大人の魅力を感じさせるような雰囲気を持つ。周囲の人間が声を上げるのも致し方ないだろう。
「それでは最後ですが・・・・・・、あら、先ほどもお会いしましたね。フフフッ、興味深い子ね、それでは発表しましょう、レイ・クロイツェルとユーリ・アナスタシアペア」
すると会場は意外にも、一番の盛り上がりを見せる。ユーリは元々、平民の学生にも非常に人気がある。彼女自身が元々平民という事もあるが、飾らない彼女の性格も、高い評価の一つだ。そして今回のパーティーで、一層の知名度を上げたレイ。ダンスもメルテの暴走の時も、彼は注目を集めた。その結果、好感をもたれたのだろう事が、その盛り上がりの一助を担っている。
まだ呼ばれていないメンバーにはレイより上の爵位の子息も他にもいる。隣でおかしそうに笑うジークがその最たるものだろう。レイはそんなジークを軽く睨みつけた後、気を取り直して、檀上脇の階段の下へと向かう。ユーリも明らかに動揺した表情を見せており、逆に彼女のその姿を見て、自分が落ち着くのを感じる。
「ユーリ、二度目だけど、また踊ってくれるかい?」
レイはそう言って、自然な笑顔でユーリを誘う。レイのいつもの姿を見たユーリはほっと肩を撫でおろし、笑顔でそれに応える。そしてお互いにその手を取ると、仲睦まじくダンススペースへと足を運ぶ。音楽がスタートし、ラストダンスが始まる。それぞれが素敵なダンスを披露する中、レイはユーリとダンスを楽しみつつも、少し考え事をする。
『ジークを狙った暗殺者、一応、シルフィにはマーキングをさせているけど、どうしようか?裏で誰かが動いていても、名前も知らなきゃ対応できないし、一度、御爺様のところにでも行って、情報を集めるか?』
正直レイは、王都の貴族の情勢に疎い。興味が無かったので、特段調べようともしなかったのだが、今後を考えるとそうも言っていられないのかもしれない。そもそも事が暗殺である。ユーリの誘拐未遂もあるし、王都は物騒すぎる。自分の事もそうだが、折角知り合った友人たちだ。目の前でトラブルに遭うのは避けてあげたいところだ。
レイがそんな事を考えながらも、周囲はそれぞれのダンスに目を奪われ、感嘆の表情を浮かべる。華やかな宴の締めくくりに相応しいダンスである。ただすべてが同じ目をしているわけではない。そこには一人、傲慢で、不遜な目で会場を眺める男もいた。
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『ふむ、今回は失敗でしたな』
ジークを狙った暗殺者は、いま給仕の後片付けのメンバーに混じり、一人ごちる。壮年の執事の姿の男である。
タイミングはバッチリだった。傷を付けられれば、ナイフに込められた毒により、確実に相手を死に至らしめる。毒は遅効性で、直ぐには効果はない。知らぬ間に毒が回り、死に至る。暗殺者はその毒が回るうちに、その場を去れば、足が付く事がない。長い年月、暗殺者稼業をしていた中で、失敗は一度も無かった。だからこそ、想定外の事態、よく今足がついていないと内心ホッとしている。
『まさか風の防御で、刃が届かないとは』
防御魔法にはいくつか種類がある。戦闘時にはる防壁。場所に設置する設置型、結界もそれに含むだろうか。ただ人に対し、設置するタイプの防御魔法は初めてだ。実際にナイフを刺そうとした時に、勝手に風が巻き起こり、ナイフを手放してしまった。流石にその瞬間、その場を離れ、周囲の人だかりに紛れたが、本当に危機一髪だった。
結果、今回の依頼は失敗。暗殺という事で成功報酬は高額なものだが、今回は無しだ。依頼主の情報は知らないが、きっとお冠だろう。組織から、彼に対し、追手がかかる様な事はないと思うが、暫くは用心が必要かも知れない。とはいえ、学生とは言え王子の暗殺だ。難易度は決して低くない。彼のような優秀に分類される人材は、組織もそうそう切る事は出来ない。だからこそ、恐らく追手はかからないだろうと判断できた。
『むしろ、再依頼の可能性の方が、高いかも知れませんな』
足がつかずに、公衆の面前でさえ暗殺する事の出来るスキルは、重宝される。今回の様に、人目が常にある様な相手に対しては、なおさらだ。同じ組織の中でも、彼ほどのスキルを持つ人材はいない。だからこそ、再依頼の可能性が高い。しかも一度、失敗しているのだ。二度目は無いと言わんばかりに、強制してくるだろう。
暗殺者は、未知の防御魔法の存在を考えると、同じような手は使えない為、できれば受けたくないと思うが、失敗している以上、断れないだろうとも思っている。だからこそ、次はどういう手で実行するかを考える。引き出しはまだある。暗殺者は他の給仕メンバー同様、変わらず片付けで手を動かしながら、思考は次の手段へと向けて、深みに入っていく。
そこに小さな風が薙いだ。
風は、少しだけ暗殺者の髪を靡かせた後、踊るように周囲をやさしく走り抜けていった。
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