第二十二話 新入生歓迎パーティー④
『これは一体どういう事なのかしら?』
セリアリスはその光景を見て、疑問に思う。今、ユーリとレイが優雅なダンスを会場で披露している。周囲の人間は二人のダンスに感嘆と賛辞を送り、セリアリス自身も同様の感想を抱いている。
ユーリは貴族になって日が浅いにも関わらず、聖女に相応しい上品で清楚な笑みを零しながら、華麗なステップを刻んでいる。男性であれば、いや、女性であったとしてもやはり見惚れてしまう。ただそれは、やはり彼女の表情が自然な表情だからだろう。気負いなく、引け目なく、ただ自然に零れ出る笑顔。だからこそ、彼女に見惚れてしまう。
ただそれを引き出している人物が、彼女にとって特別なのだろう。
レイ・クロイツェル。王都での社交の場では一切名前を聞かない。本人も王都に来るのは初めてという彼は、自身を田舎者と軽く言うが、とんでもない。
クロイツェル領は、海洋貿易の要所。特に魔導最先端をいく連邦との交易が盛んな港だ。当然、新しいものは真っ先に入るし、その町も洗練された都市だった。恐らく王都で手に入るもので、クロイツェルで手に入らないものなどないだろう。事実、お母様は、王都での買い物より、クロイツェル経由で物を仕入れる事が多い。その方が経済的でハズレが無いのが判っているからだ。
そんな彼が、社交の場の経験が豊富であっても不思議はない。事実、今、ユーリの魅力を最大限引き出しているのは、彼のエスコートだ。周囲の女性からは、次にダンスを誘って欲しいという声がチラホラ上がっている。セリアリスはなんだか、自分が褒められているようで、少し嬉しくなるが、問題はそこじゃない。それは先ほどのダンスの瞬間の事だった。
レイが何かをして事なきを得た。それは判る。彼は何やら色々な芸を隠し持っているのだ。むしろ注目を更に上げたので、結果は問題ない。ただ明らかに故意と思われる彼らの行為に不審感が募る。やはり殿下に相談しようと隣にいるアレックスにそれとなく声をかける。
「殿下、先ほどの場面見られましたか?」
「ああ、ユーリ嬢が、可憐なステップを刻んだところだろう。あれは素晴らしいな。セリアリス、お前のダンスも見事だが、彼女のダンスはその上をいくぞ」
おっと、どうやらアレックスは、ユーリ達のダンスにくぎ付けで、不審な二組のペアには気付いていないらしい。さて、どうしたものかと考えていると、殿下とは反対側から声がかかる。
「アレックス、セリアリス嬢が仰っているのは、二人のダンスではなく、それを邪魔しようとしたペアの事だと思いますよ」
そう口を挟んできたのはエリク。流石は名参謀、ヘンにプライドを拗らせなければ彼は優秀だ。どうやらエリクもその場面を見ていたらしい。そしてその奥の女性、彼の義妹であるエリカもまたそれに同調する。
「ええ、私も拝見しました。確かに、ユーリ様のペアを邪魔しようと動いているように見えました」
「ん?そうなのか?ユーリ嬢があまりに素晴らしくて、気付かなかったな。で、どうしろと?」
アレックスは会場から目を離さず、気のない返事を返す。エリクはそれに苦笑いをし、返答をする。
「いや、確かに何事も起こっていないので、今は静観でいいでしょう。ただあの二組のペアの背後関係だけは調べておきましょう」
まあ確かに結果でいえば、レイ達の評価を上げたダンスだったので、事を荒立てる事は出来ないだろう。アレックス様もユーリのダンスに夢中で、それどころでは無い様だ。
「うむ、そうか。まあ実害がない以上、大事にはできん。セリアリスもそれで良いか?」
「ええ、エリク、お手数をおかけしますが、お願いしますね」
「御意。っと、そろそろダンスが終わりますね」
そう言って全員が会場に目を向けると、会場中央で喝采を浴びるユーリとレイが、優雅に礼を返していた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ダンススペースから離れると、レイとユーリの周りには、賛辞の言葉とダンスの申込を希望する生徒達による人だかりができていた。
「レ、レイ君、つ、次、私と踊ってっ」
「ちょっ、ちょっとダメよ。次は私と踊ってもらうんだから」
「はいはーい、ユーリ様、是非自分とダンスをお願いします」
「いや、同じ伯爵家として、僕と、ダンスを踊ろうじゃないか」
レイとユーリは周囲の余りの勢いに、引き攣った笑いを零し、どうこの場を回避しようかと考えているときに、パンパンッと手を鳴らす音が響く。
「皆のもの済まない。レイとはこの後少し話が有るのだ。少しばかり彼を貸してくれ」
そう声をかけてきたのは、ジーク。ジークはそう言って、周囲に声をかけてレイの前までたどり着く。レイは正直、助かったと感謝の言葉を送ろうと笑顔になるが、ジークの表情自体は、思案顔で、実際に何か話が有るようだ。多分2人で話したいのだろうとレイは思い、パートナーであるユーリに話しかける。
「ユーリ、悪いけど少しジークと話をしてくる。ちょっと時間がかかるかもだから、セリアリス様のところへいっていてくれないか?」
「えっ、私も行っちゃ駄目なの?」
「ああ、うん、少し真面目な話っぽいから、セリアリス様のところの方が、良いと思う。又後で迎えに行くよ」
レイがユーリに謝罪をしていると、ジークもそれに同調する。
「ユーリ嬢、すまんが、少しパートナーを借りるぞ」
「あ、はい、判りました。なら、私はセリーのところに行ってくるね」
そうしてユーリはレイ達の元から離れていき、レイ達もまた、会場の少し人気のない場所へと移動する。レイはそこでジークに向き直り、ジークの出方を伺う。
「悪いな、人気者の邪魔をするようで」
「はは・・・・・・、それ自体はむしろ感謝している位なんだけど、どうしたの?」
「先ほどのランズタウンの件だ。お前も取り巻きの邪魔が入りそうになっただろ?」
やっぱりその件だったか、とレイは納得し、ジークに素直に答える。
「ああ、やっぱわかるか。確かに挟まれて邪魔されそうになったけど、あそこまでするかと正直びっくりしたよ」
「うむ、そうなのだ。どう考えてもランズタウンにしては、やり過ぎのような気がしてな。あからさまに俺とレイを狙っていただろ?まあレイには恨みもあるだろうから、その恨みからと言われれば、そうなのかも知れないが」
「やっぱりそこに違和感を感じるよね。侯爵家の人間がたかが恨み位で、場合によっては家名に傷がつくような事をするかな?うちなんて所詮子爵家だよ?侯爵家が気にするほどの事はないでしょ?」
「ああ、それに今度は俺にまで危害を加えようとしてきた」
実はそこが腑に落ちない要素の一つだった。フラガの短絡的な性格であれば、レイを恨みから攻撃する事はあり得る。ただし、現状は模擬戦で決着がついている以上、手を出せばランズタウン側がお咎めの対象となる。それにジークは王族。如何に高位貴族であったとしても、攻撃するには分の悪い相手だ。にもかかわらず、平然と敵意を見せる。何が目的で何をしたいのかが、本当に判らない。
「王族を攻撃して、家名を傷つけない根拠があるのか、何が目的なのかは判らない。んー、この後のダンスパーティーが無事で済めばいいけどな」
レイはそう言って、一つ溜息を吐く。流石にこの場でそう大きい事は出来ないと思うが、こればっかりは判らない。
「まあお互い、新しい情報が入った際に共有するようにしよう。相手の出方、目的が判らない以上、警戒以外はできそうにないからな」
レイはジークの意見に頷き、そう言えばとジークに声をかける。
「あれ、そう言えば、メルテはどうしたの?」
「ああ、彼女なら立食コーナーで絶賛食事中だ」
「はは・・・・・・、本当メルテはマイペースだな。なら一旦、彼女とも合流しようか。こんな状況だから、1人にするのは危ないし」
レイはそう言って、苦笑いをしながらジークを促すと、メルテのいるらしい立食コーナーへと足を進めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
立食コーナーでは、メルテが絶賛食事中だった。
色々な料理が並ぶ中、お皿を片手に、チョコチョコと料理を取っては口に運ぶ。メルテは学院に来るまでは、スザリンの料理以外は殆ど食べた事がない。スザリン自身、使用人を家に雇う性質ではない。必然、食事はスザリンが担当になり、メルテがある程度行動できるようになってからは、メルテもスザリンに教わりながら料理を覚えた口である。
スザリンは料理が上手だ。大魔導で人嫌いと言った人となりからは想像できないくらい、上手に作る。本人いわく、料理も魔法薬も一緒で、レシピさえ間違えなければ、それなりに作る事ができるとの事。確かに、魔法薬を作るのも超一流の彼女である。そういう手の込んだ事もお手の物なのだろう。ただし、レパートリーは決して多くない。これも引き籠りなので、仕方がない。結果、メルテの料理もレパートリーが増えず、こうして外の世界で味わう料理に感嘆の声が漏れるのだ。
「おおぅ、これは美味い。むむっ、こっちの料理も中々。な、なんだこれは?全く作り方が想像できない・・・・・・」
周囲はそんな独り言を繰り返すメルテに奇異の目を送るが、本人はそんな事はお構いなし。魔術と同じ、料理の上でも探究者なのだ。フムフム、これなら作れそうだ、と周りを気にせずレシピを想像する。
「これはひき肉と、パン粉と、繋ぎは・・・・・・、むっ卵・・・・・・あっ山芋!?おお、だからこそのこのふっくらとした食感。むむ、素晴らしい!!」
最早、どこぞの美食家である。しかも妖精のごとき可憐な少女が、舌鼓を打ちながら唸っている。だからこそ、メルテは近くの男子が、その皿を持つ手にわざとらしくぶつかるのに気が付かなかった。
ガシャンッ
皿が落ちたところで、大きな音を立て、そのソースが服に飛び散る。
「ああ・・・・・・」
堪能していた料理が、文字通りその手から零れ落ちてしまった。ぶつかった男子生徒は悪びれもせずに、打ちひしがれるメルテを怒鳴りつける。
「平民風情が、チョロチョロと邪魔だっ」
その言葉尻からその生徒が貴族だという事が判る。相手が小柄な少女なので、態度も横柄だ。ただメルテがそんなものを気にするわけがない。むしろ慌てて片付けにきた給仕係が、そのドレスに付いたソースを拭き取ろうとスカートに手をやった時に、冷淡な声は響く。
「スカートはどうでもいい。邪魔」
メルテより声を掛けられた給仕は、その声の冷たさにギョッとして、手を引っ込める。メルテはそれを気にする素振りを見せずに、相対する男子生徒を無表情に見る。
「私は、楽しみにしていた。最後の一口まで、余すことなく堪能する事を。それをお前は邪魔した。許す要素がない」
するとメルテの周りに魔力の渦が巻き起こる。メルテのその美しい髪が逆立ち、周囲に威圧が高まる。
「ひぃっ」
メルテを挑発していた学生は、その圧力に恐怖で短い悲鳴を上げた後、その場にへたり込む。既に大勢は決している。そもそも大魔導の弟子に対し、安い挑発など自殺するに等しい。その二人を囲む生徒達も一様にその場から離れ、周囲を取り巻くようにその光景を眺めている。正に一触即発。虎の尾を踏んだ哀れな羊が、その餌食になる寸前であった。
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