第二十一話 新入生歓迎パーティー③
ジークにとって現状は、十分に満足のいく状況だった。
パートナーに選んだメルテ。この可憐な少女をパートナーに選んだ時点で、ジークの立ち回りは完了したと言ってもいい。その非常に高名な名前は、王子のパートナーとして周囲に納得させるだけのものであり、且つ、彼女は平民。彼を警戒する第一王子の関係者からは、平民相手と侮られ、警戒心を緩める事ができる。
とは言え、魔術に関しては、学年一の実力者。自身の評価を下げる事無く、警戒心を解く事ができる相手、それが、自分のパートナーのメルテ・スザリンという少女だった。しかも彼女は新入生歓迎パーティ―に関しては、やる気がない。いや、これに限らず魔法に関する事以外、関心がない。
だからこそ、ヘンに男女の云々を気にせず、ジークも気軽に友人付き合いができるのだ。
「さて、メルテ嬢、もう一仕事してもらうか?」
「むっ、私はお腹が空いた。何か食べるものを所望する」
「ハハッ、そうしてやりたいのは山々だが、ダンスの時間だ。それが終わったら、好きなものを食べに行っていい。このダンスまでが契約だからな」
「はぁ。契約内容は理解している。既に報酬の一部も貰っている。仕方がないから付き合う。ただし、それが終わったら、食事を所望。これだけは譲れない」
「ああ、了解している。ではレディ、参ろうか」
そう言って、ジークはその小さな手を取り、ダンススペースへと足を向ける。会場の右中央部分まで来て、音楽が始まるまでの少しの間、目の前の少女に笑みを向ける。
元々メルテを確保する際に、ジークは最も効果的で、且つ、打算的な手段を用いている。簡単に言えば、もので釣るだ。メルテを釣ったのは王都で有名な菓子の定期的な提供だ。メルテは意外に食に対しては貪欲である。その中でも特に甘いものには目がなく、美味しいと言われるものには必ず関心を抱く。昼食時には甘いものは別腹と称して、必ず追加する位の甘いもの好きである。だからこそその好物を餌に釣ったのが、今回のパートナー確保の手段だった。
『まあこの程度の出費でメルテを確保できたのは、僥倖だったな』
ジークはそう思い内心ほくそ笑む。もしこうしてジークがメルテを確保しなければ、恐らくはレイがメルテのパートナーとなっていただろうと思う。不思議と、メルテはレイを慕っている。悪くいえば、主人に尻尾を振るペットのような従順さを持っている。ジークはレイといる機会が多い為、必然、メルテともいる機会が増えるが、そうでなければ、彼女のこういう性格を理解できなかっただろう。そう言う意味では、レイに感謝する気分さえ湧いてくる。
音楽が始まり、ダンスが開始される。メルテも意外に踊る事ができる。勿論、参加にあたり事前に練習もしたのだが、意外に勘が良いのか難航する事なく、踊る事ができる。ただこの回のダンスの主役は自分達ではなく、兄であるアレックスと許嫁のセリアリスペアなので、気楽に踊る事ができる。だから少しばかり油断していたのかも知れない。周囲に別のペアがいる事に気付いていなかった。
ドンッ
背中に何かがあたり、転びそうになるところを何とかメルテと共に支え、耐える。まだパーティーも出足、ダンスにはジーク達を含め、アレックスやエリクといった上位貴族の面々しか踊っておらず、誰かにぶつかるとは思っていなかった。メルテを見ると少し困惑した感じがするが、大きな動揺は無いようだ。なんとか態勢を立て直したところで、周囲を見ると、ぶつかってきた犯人にあたりが付く。
「チッ、誰かと思えば、負け犬か」
そこにいたのは、パートナーの青い顔を気にする素振りも見せずニヤけるフラガの姿があった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
レイはダンススペース会場を険しげな表情で眺めていた。
「レイどうしたの?なんか眉間に皺が寄っているけど」
レイはユーリに声を掛けられ、慌てて表情を取り繕う。
「ん?いや、なんでもない。ちょっと、嫌なもの見ちゃったからさ」
「いやなもの?」
ユーリも目線をダンス会場へと目をやる。するとジークの周りを執拗に取りつくフラガに気が付く。ダンススペースには第一王子ペアが踊っている事もあり、参加者は多くない。にも拘わらず、そのペアは非常に近い場所にいる。
「何あれ?」
「うーん、多分嫌がらせ?」
レイはそう言って、肩を竦める。レイの周りにいる人間もその光景にヒソヒソと声が上がる。それはそうだろう。見るからに嫌がらせだ。周囲で見ている人間は勿論、薄々、踊っているメンバーたちも気にし始める。にも拘わらず、フラガは気にする素振りを見せない。
レイはジークは兎も角、それに振り回されるメルテを気に掛けて、シルフィに声かける。メルテは決してダンスに慣れているわけではない。少しくらいはフォローをしてあげた方がいいだろう。
『シルフィ、ジーク達をやさしく守ってあげて』
風は嬉しそうに優しく吹くと、ジークのダンスの補助へと回る。ぶつかりそうになると、フワリとそれをよけ、優しくジーク達をダンスへと誘う。思わずそれに目を見張るジークに対し、レイがパチリとウインクをする。ジークはレイが風の精霊の加護持ちだという事を知っている。それに伴い風魔法が得意だとも思っている。だからレイは、自分がフォローしているという意味も込めて、ウインクをしたのだ。
ジークもそれを受けてニヤリとすると、優雅にそしてフラガを気にする事無く、メルテをエスコートしていく。パートナーのメルテはというと、さっきよりも踊りやすくなったのか、のんびりとした表情に変わり、薄く笑みを浮かべる。いつも無表情である彼女にしては珍しく、上機嫌なようだ。
「あれ、レイ、今何かした?」
精霊の気配でも感じたのか、ユーリはレイの顔をじっと見る。レイはとぼける振りをして、肩を竦める。
「さあ?でも、もう大丈夫だと思うよ?メルテも楽しげな表情に変わったし」
「もう、やっぱり何かしたのね。でも良かった。へんな騒ぎにならなくて」
やはりユーリは感覚が鋭い。レイのフォローもあっさり見抜く。そして安心した面持ちで再び会場へと目を向ける。レイもまたのんびりとダンスを眺めながら、曲が終わるのを待っていた。
そしてほどなくして、曲が終了を告げると、ジークとメルテがレイ達の元へとやってくる。ジークはやや不満顔だが、レイの顔を見ると笑顔へと表情を変える。
「レイ、さっきは助かった。フラガの奴、あからさまに嫌がらせをしてきやがった。どうせダンス中の嫌がらせなら、大事にならないとでも思ったのだろう。レイ達はこの後踊るんだろう?フラガが連続で踊る事はないだろうから、大丈夫だと思うが、気を付けた方が良いぞ」
「そうだね。まあ気を付けるよ。さあ、ユーリ嬢、私めと踊っていただけますか?」
「フフフッ、喜んで、お受けしますわ」
ユーリはそう言って、レイの差し出す手を取る。レイは念の為、フラガの位置を確認するが、フラガは2曲目のダンスには参加する素振りは見せない。ただレイの目線に気付くと、その愉悦に歪んだ目を向け、ニヤリと表情を崩した。
曲が始まり、レイはのんびりとユーリをリードしながら、ダンスを開始する。曲に合わせてゆったりとステップを刻み、見ている人が2人に対し、軽い感嘆の息を漏らす。ユーリはユーリで、不安のあるダンスだったのだが、レイのリードに合わせてステップを刻む事で、自然とその表情に笑みが零れる。
「フフフッ、レッスンの先生より、レイのリードの方が踊りやすいわ。ほんと、私のダンスが上手くなった気になっちゃう」
「大丈夫、ちゃんとユーリのダンスも上手だと思うよ。だからリードもし易い」
レイはそう言って、ユーリに笑顔を返す。今回のダンス参加者は一回目に踊っていたメンバーよりも著名な人物が少ない。アレックスの取り巻きの1人であるアレス・グレイス位だろうか。そのアレスもパートナーは、著名な人物ではないらしく、綺麗な子ではあるが、然程注目を集めているとは言い難い。そうなると必然的に聖女であるユーリへの注目が一番となる。
ダンスもレイのエスコートが冴えて、優雅にして秀逸。そして今は楽しそうに咲きこぼれんばかりの笑顔を見せている。それは聖女然とした清楚で高潔な絵画のような美しさではなく、年相応の少女のあどけなさを含んだ笑顔。ただその方が親しみさを感じさせ、より周囲を魅了していた。
レイ達が、会場中央で、優雅にダンスをしている時に、2組のペアが不自然な挙動をし始める。注目される二人に対し、そのダンスを寄せてきたのだ。
『ああ、やっぱきたか』
その二組のペアは、フラガの取り巻きの男子生徒である。確か男爵家の子息で、ロイ・オットルとベイル・ダンズリーだっただろうか。恐らく二人は先ほどフラガがジークにやったような嫌がらせをレイ達にも仕掛けてきたに違いない。よく見ると、二人のパートナーである女子生徒の方は、その二人の挙動に困惑気味だ。あれは正直、かわいそうだと感じつつ、レイは、ユーリに声をかける。
「ユーリ、ちょっと目立っちゃうかもしれないけど、俺を信じて」
「えっ、うん、私は大丈夫だけど・・・・・・」
まだその二人の挙動に気付いていないユーリは不思議そうな顔をする。レイはユーリの返事を聞いた後、少し悪戯好きな笑顔をのぞかせて、シルフィに声かける。
『シルフィ、悪いけど、俺に合わせてフォローして』
『躍ル、踊ル、レイト踊ル』
レイはシルフィのやる気に少し苦笑いを零しつつ、2組のペアを気にする事無く、優雅にステップを刻みだす。そしてその2組がレイ達を挟み込むように、寄せてきた瞬間に、フワッと弾む。
「おおーっ」
会場が飛び上がった2人を見て、感嘆の声を上げる。そしてクルリと着地をして、再び優雅にダンスを続ける。挟み込んだロイとベイルのペアはお互いにぶつかり合い、周囲から失笑を買っている。二人のパートナーの女性はカンカンだ。ユーリもその二人が目に入ったのか、何が起こったのか理解をし、少し呆れ顔を見せる。
「あの人達、何をやってるのかしら?あれじゃ、パートナーの子がかわいそう」
「はは・・・・・・、ほんとそうだね。でも正直目的が見えないなぁ。こんな嫌がらせ、失敗したら、ただ評判が下がるだけだろうに」
レイはフラガ達の思惑が、良く判らない。勿論、レイに対して恨みを感じているというのはあるのだろうが、それだけでとも正直思うのだ。少なくても彼は侯爵家の一員である。もう少し泰然と構えてもいいのではと、思わずにはいられない。まあ後でジークにでも聞いてみるかと思い、ユーリとのダンスに集中するのだった。
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