第十九話 新入生歓迎パーティー①
パーティ編が暫く続きます。
新入生歓迎パーティーという名の、ダンスパーティーは学院内にある大講堂で行われる。参加者は、今年入学した1年生全員とその家族である一部の来賓者。来賓者の招待は、将来、平民であったとしても、官僚、将校となった場合、社交の場という機会が少なからずある為、慣れてもらう事を目的としている。勿論そう言う意味では、貴族主義にとらわれない穏健派と言われる方が参加対象となっており、ユーリの養父であるアナスタシア卿もどうやら参加するらしい。
ダンスパーティーという事もあり、男子は礼服、女子はドレス。平民の子達では用意できない家庭もある為、そういう場合は、学校側で用意した貸出の礼服、ドレスを着用する。ちなみにこの費用は学校持ちであり、平民への負担が無いように配慮されている。
レイは当然、自前の礼服を持っているので、それを着こなす。そもそもレイ自身は、社交の場をかなり経験している。格調高いものから、アットホームなパーティーまで様々である。そこは海洋貿易拠点の領主の息子。海外の要人や豪商等、そのような機会は少なくない。
だから今回の新入生歓迎パーティーにも気負うところは無い。パーティーは夜の六時から。各々がパートナーと手を取り、寮や学院から徒歩で移動する。なので今、レイは、学院の入り口付近でパートナーを待っている。
周囲にはレイと同じようにパートナーを待っている男子が数名いる。それぞれやや緊張した面持ちで、そわそわと周囲を見ている。
『まあ社交の場の経験がなきゃ、そわそわもするのかな』
自分も同様に当事者なのに、他人事のような表情で、その生徒を眺めていると、レイに向けて少し急ぐような足音が聞こえてくる。レイは足音のする方向に目を向けると、そこには、案の定ユーリがいた。
ユーリの衣装は、淡いブルーの胸元が少しだけ大胆なデザインの物だった。勿論、伯爵家令嬢という事もあり、着ているのは自前のオーダーされたものだろう。少し大胆に開かれた胸元の上には、淡いブルーの宝石があしらわれたネックレスを付け、彼女の清楚さを存分に際立たせている。
周囲にいる男子達も、この時ばかりは自分のパートナーを待っている事も忘れ、ユーリに見惚れている。そしてユーリはレイの前に辿りつくと、エヘヘと少し恥じらいつつ、レイに目線を送る。レイもまた、素直に少し見惚れていたが、直ぐに優しげな笑顔を見せて、彼女に声をかける。
「うん、ユーリ、凄く素敵だよ。ドレスもそうだけど、何よりもユーリが綺麗だ。今日パーティーのパートナーになってくれて、凄く光栄だよ」
「ウフフ、有難う。今日のドレスは御義父様が、わざわざこの新入生歓迎パーティーの為に仕立ててくれたの。私も凄く気に入っているんだ。だから、それを褒めてくれて嬉しい。レイもカッコいいわよ。ホント、おとぎ話の王子様みたい」
「それは有難う。聖女様の隣に立つと、流石に見劣りはするだろうけどね。それでも今日は精一杯パートナーを務めさせて頂きます」
レイは少しだけおどけ口調で、恭しくお辞儀をする。ユーリはそれに少し不満げな表情を見せる。
「あら、私のパートナーは素敵な男性よ。何度も窮地を助けてくれている英雄様なのだから、そんな事言うものじゃないわ」
「うっ・・・・・・、英雄って・・・・・・」
「フフフッ、なら私も聖女は止めてね。本当に柄じゃないんだから」
そう言ってお互いに渋い顔を見せあった後、無益な言い合いだと思い、思わず笑い合うのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その後、2人はパーティー会場である講堂の近くに用意された控室へと入る。控室の中は、既に人が結構おり、どことなく浮ついた雰囲気が感じられる。
レイはユーリをエスコートしつつ、それとなく室内を見渡す。今回のパーティーの主催者は学院長だ。会の始まる前に学院長の挨拶があり、その後、パートナーと共に会場へ入場後、ダンスパーティーが始まる。既に音楽を奏でる楽団は会場の方に待機している。食事も立食形式ながら、豪華なものが用意されるらしい。一学年で総勢120名ほどの人数がいるので、勿論その量もかなりのものだ。
控室の中で比較的、空いているところで、レイは隣にいるユーリに、それとなく話を振る。
「そう言えば、ユーリってダンスはできるの?」
彼女は貴族になって1年ほどである。勿論、その間に貴族教育も受けているだろうが、できるかどうかまでは判断できなかった。
「一応、レッスンは受けているけど、実は男の人と踊った事は無いの。社交の場も数回出ただけで、もっぱら壁の花だったし」
「あれ?ユーリなら誘ってくる人もいそうだけど?」
一
「まあ、確かに誘われたりもしたんだけど、まだその時は今ほどにレッスンも進んでなかったし、それに知らない人とくっつくのって、なんか嫌じゃない?」
ユーリはそう言って、少し嫌そうな顔をする。レイは、ああ、その辺が元々貴族の人間と平民の子の差なのかなと関心を持つ。レイの経験上では、恥ずかしがられたりはあるが、嫌がられるというのはない。そういう場所という理解があるからだ。まあ密着していると言われればそうなので、成る程なとは思うのだが。
「なら俺もユーリを誘わない方がいいのかな?」
「レイはいいわよ。知らない人じゃないし、そ、その・・・・・・既に抱っこも・・・・・・」
ユーリは顔を赤くさせながら、後半口をモゴモゴさせているので、何を言っているのかは判らなかったが、取りあえず嫌がられない事だけは判った。
「うん、なら遠慮なく、ダンスに誘うよ。ユーリのダンスデビューの相手に選ばれて光栄だしね」
「うん、上手くリードしてよね」
「ああ、任せてくれていいよ」
そう言ってレイは自信満々に頷く。まあ、単純に経験は多い。上手く踊れない子のエスコートも慣れたものだ。折角だから、ユーリが楽しいと思ってくれるように頑張ろうと誓う。そしてそんな会話を2人でしているときに、檀上から女性の声が響く。
「新入生の皆さん、ワシントス王立学院にようこそ」
声の主はオシアナ・シャルツベル学院長。年の頃は20代後半、魔導具開発分野において、多大な実績を残す若き才女でもある。彼女の開発する魔導具は独創的であり、非常に実用的なものが多い。平民でも利用できる簡易なものも多く、あると便利といった開発が主である。
赤い髪に赤い瞳、シャルツベル家は伯爵位を持つ魔導の名門だが、彼女はその中でも特に優秀な人物と評されている。まあ20代後半で王立学院の学院長になる位だ。勿論、伯爵家という威光を加味しても、その評価は揺るぎないものなのだろう。
「まあ私も学院長の立場から、長々と式辞を述べたいところではありますが、皆さんがそんなものを望んでいない事は重々承知しています。かくいう私も学生の頃は、早く話が終われと思っていた口ですしね」
彼女がそう言って、少しおどけた雰囲気を出すと、会場の生徒も少しだけ柔らかい雰囲気になる。
「ですので、今日は短めに注意事項だけ。今日のパーティーは貴族・平民関係なく、楽しんでもらう為のものとなります。ですので、無用な争いは控えるよう。無理な誘いも厳禁です。勿論、それは王族、貴族であっても同様です。逆に、平民の方は委縮しないように。もし不安だったら、貴族の方が、上手くエスコートして差し上げて下さい。それも貴族の務めですよ。会場には既に来賓の方々もいらっしゃいます。彼らには今後、社交界に出るであろう貴方たちを暖かく見守っていただけるようお願いをしております。ですので、緊張からくる粗相は気にしなくても結構です。ただし、意図して羽目を外すことの無いように。それは単に失礼に当たります。重々注意するよう。と、まあこんなところですか。では、各自呼ばれた方より入場下さい」
すると入口周辺にいた教師から、順に声がかかり、会場へと入場していく。レイも周囲に気を付けながら、ユーリを誘導して出番を待つ。恐らく順番は平民が先で高位貴族が後になるのだろう。
レイの周りに何人か見知った顔ぶれがいる。本来、レイだけであれば、もう少し順番としては、前目になるのだが、今回はパートナーが伯爵令嬢だ。彼女の家格が基準となっているのだろう。
そしてほどなくして、レイとユーリの番が訪れる。ユーリは少し緊張気味。レイはそんな彼女の気持ちを和らげるように優しく言う。
「ユーリ、そんなに緊張しなくてもいいよ。何があっても俺がフォローするから。ほら、笑顔、笑顔」
「ううっ、そうは言っても緊張しちゃうの。今日は御養父様もいらっしゃるって言ってたし」
「ははっ、なら尚更笑顔だね。可愛い娘の笑顔が一番見たいはずだから、ほら、行くよ」
そう言ってレイはユーリをエスコートしつつ会場へと踊り出る。会場は既に多くの人が入場する人に目を向けている。そしてユーリが入ってきたことで、より一層の注目が集まる。
「おお、あれが聖女と謳われるアナスタシア伯のご令嬢か、噂に違わず、お美しい」
「ああ、可憐で清楚、確かに聖女と謳われるだけの事はある」
「アナスタシア伯も上手い事なされたものだ、聖女を手に入れたことで、次期大司教の座も目前と聞く。本当に羨ましい」
単純にユーリの容姿を称えるものも多いが、やはりそれ以上に聖女としての認知も高いようだ。枢機卿であるアナスタシア卿の慧眼を称えるものまである。ただレイにしてみれば、それでユーリが気に病んでは意味がないので、少し茶化すように話しかける。
「やっぱり僕のパートナーは評判が高い、綺麗だ、可憐だと声を上げる人が多いよ」
「もう、それって余り嬉しくないんだけど。そんな見た目だけ褒められても」
「はは、それは違うよ。見た目だけじゃない。見た目も可愛いんだよユーリは。少なくとも俺はそう思っているよ」
レイの言葉は直球でユーリに突き刺さる。勿論、レイがユーリを気遣ってそう言う事を言ってくれているのは判る。ただその言葉に嘘を含んでいないのも事実なのだ。だから、ユーリは思わず、自分の顔が赤らんでいくのを止める事ができない。そして、ちょっと拗ねるように、でも嬉しそうに言い返す。
「もう、でも有難うと言っておくわ。レイが隣にいてくれれば、今日は楽しく過ごせそうだし。私の事を少しでも知っていてくれるレイの言葉なら信じれるしね」
そうして二人は、自然な笑顔を向けあい、来賓前を通りががった時に、声がかかる。
「ユーリ、どうやら楽しめているみたいだね」
「御養父様!」
「こらこら、いきなり声を上げるものじゃないよ。フフフッ、でもうん、ユーリそのドレスも似合っている。素敵だよ」
「あっ、ごめんなさい、つい・・・・・・」
しまったといった顔をしたユーリに対して、優しげな笑顔を見せて、アナスタシア卿はそれを宥める。
「ははっ、次から気を付ければいい。それより、ユーリ、君のパートナーを私に紹介してくれないか」
そう言ってアナスタシア卿はそのパートナーであるレイへと目を向ける。レイはそこで、優雅に貴族の礼を取って挨拶をする。
「初めまして、今回の新入生歓迎パーティーにユーリ様のパートナー役を賜りましたレイ・クロイツェルと申します。クロイツェル子爵家の嫡男になります。以後、お見知りおきを」
「おおっ、君がレイ君かい。先日娘が世話になったと聞いておったが、また世話になっているようじゃの。うんうん、確かにカイン殿のご子息だ。よう雰囲気が似ておる」
「失礼ですが、アナスタシア卿は、父の事をご存知でしたか?」
ビックリするレイは思わず、そう声を上げる。アナスタシア卿はうんうんと頷きながら、笑顔でそれに応える。
「うむ、実は私はドンウォーク前子爵と知己での。その繋がりで君の父上とも何度か話す機会を持っておる。彼は威風堂々、媚びず、恐れずを地をいく好漢なので、よく覚えておるよ。御父上は息災か?」
「はい、元気にしております。まあ元気過ぎて、よくフラリと出かけて行って魔物討伐とかをしていますので、母が怒っていますが」
「ハハハッ、確かにそれは元気じゃのう。という事は、レイネシア殿も息災という事か。うんうん、良かった、良かった」
「母上もご存知でしたか。ご令嬢のユーリ様とも知己を得ましたが、これも何かの縁かもしれませんね」
「いや、本当にそうじゃの。不思議な縁じゃ」
と話を進めるレイとアナスタシア卿に対し、ユーリが、漸くと言ったところで、話に割り込む。
「2人とも話が盛り上がるのはいいんですけど、また後でにしましょう」
「ああ、ユーリごめん、ごめん。アナスタシア卿、ここはこれにて失礼します」
「いやいや、こっちこそ引き留めて済まなかった。ユーリ、楽しんできなさい」
「うん、御養父様、有難う」
そう言って会場の人の輪の中に、レイとユーリは連れだって加わっていく。アナスタシア卿はそんな娘達を見やりながら、うんうんと楽しげに頷くのだった。
面白い、これからに期待、頑張ってと言っていただける方は、是非ブックマーク並びに評価のほど、お願いします。それが作者のモチベーション!
よろしくお願いします!