第十六話 新入生歓迎パーテイーのパートナー
新入生歓迎パーティーを1週間後に控えたある日、レイは学校の食堂にて1人悩んでいた。
パートナー選び。
レイには複数の女性から、パートナーになって欲しいというオファーが届いていた。相手はレイと同格かその下の男爵、士爵位の令嬢から平民の女子まで多数である。「レイ君はパートナーどうするの?」といった探りを入れるものも含めたら、その数は倍以上になるだろう。
もう一週間前だという事もあり、チラホラと相手が決まったという話も聞こえてくる。身近で言えばジーク。ジークは早々にメルテをパートナーにしてしまった。
メルテは確かに平民だが、特殊な平民だ。大魔導の弟子という前評判もあり、下手な貴族令嬢よりも注目度が高い。その容姿も妖精のように可憐であり、ジークとは良い意味でお似合いである。まあメルテにしてみれば、お菓子を貰えるというのに釣られて了承したと言っていて、パーティー自体には興味がなさそうだったし、ジークはジークで、第二王子で目立たないわけにもいかない上、第一王子に警戒されるような家格の相手では無いというのもあって、メルテに白羽の矢を立てたと言っていたので、双方の利害が一致して良かったのだろうと思う。
他の知人で言えば、セリアリスは、第一王子がお相手で決まっているし、ユーリも噂では多くの男子からオファーが殺到しているらしい。
ちなみにユーリの話は、セリアリスから聞いた。セリアリスとは、週に一度、選択科目の経営学で一緒になる為、その前後でタイミングがあった時にお茶と称した愚痴を聞く会をしている。
愚痴自体は他愛もない事だ。殿下やその取り巻き、王宮の事、クラスメートの事など様々だが、クラスメートの事の中にユーリの事が話に上がり、聞くと最近ちょくちょく話すようになったと言っていて、パートナーのオファーもその時に聞いたのだ。
『まあ人の事は言えないけど、みんなこれってどうやって選んでるんだろ?』
レイは時折、ディーネやシルフィに精霊との相性を確認しているが、そう簡単に相性のいい人が見つかる訳ではない。別にそれが絶対的な判断基準になる訳ではないが、決め手のない状況では、良い人がいれば、それでいいかと思いたくなるのだった。
ただなかなかそういう人は見つからない。シルフィであれば、セリアリスと言うし、ディーネに至っては、この学院にはいない人物を挙げる始末。これは一向に宛てにならない。
『もうえいやーで、決めるしかないかなー』
だんだんと投槍な気持ちになってきた矢先に、レイの視界に珍しい組み合わせの男女、厳密には女性を囲む男子達が目に入る。
『あれって、フラガとその周辺の取り巻き?あいつらこんな人目があるところで、何やってんだ?』
ちなみに今レイのいる食堂は、いくつかある学院内の食堂の中でも、平民が良く使う食堂だ。値段が安い割に、量も味もまずまずで、いかにも男子が好むボリューム感がある料理が出てくる。
レイも御多分に漏れず、男子、しかも運動は日々欠かさずするタイプの人間なので、量を求める。だからだろうか、この食堂の男女比は7対3で男子が多く、しかも平民が多い為、変な気を遣う事もなく利用ができた。
レイはDクラスの中で平民の友人も何人かできたので、そのメンバーで来ることもあったが、今日は偶々1人。ちなみにジークも偶にくるが、メルテは量が多すぎるとの事で、一度来ただけで断念していた。
『でもあいつらをこの食堂で見たことは無かったんだけどな』
上級貴族には上級貴族のたまり場ともいうべきレストランがある。レイの場合、そっちはジークとは逆に偶に行くが、基本いかない。気を遣うし、量も少ない。味は確かにいいのだが、まあ、質より量を取る格好だ。
まあ今それはいい。それよりまた平民にでもいちゃもんをつけているのかと、再びその現場に目をやる。
「おい、フラガ様が直々に頼んでいるんだぞ」
「いい加減了承したらどうだっ」
フラガの取り巻きが、そう言って、女生徒を囃し立てる。頼んでる?脅しているの間違いじゃないだろうか?ここからだと女生徒の顔は見えない。うーん、まあ、あんまりああやって囲まれているのも可哀想だと思い、レイがその集団に声を掛けようかと近寄ったところで、女性と目が合う。
「申し訳ないのですが、私はこの人とパーティーに出るお約束をしているので、お誘いはお断りさせて頂きます」
「はっ?」
その瞬間、学園の注目の的である聖女ユーリ・アナスタシアとただの子爵嫡男レイ・クロイツェルの新入生歓迎パーティーのカップリングが誕生した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ユーリにしてみれば、迷惑も甚だしかった。
ここ最近、ユーリをパートナーにと誘う男子生徒が増えた。ある者は求婚を、ある者は、求愛を、祈りを捧げにくるものも、あわよくば的な奴までいた。
残念ながら、本当に本人にしてみれば、甚だ不本意ながら、ユーリは有名人だった。まあそれはしょうがない。世間では聖女などと謳われているのだ。実際、その力で多少なりとも人々を助けた事もあった。その上、養女とはいえ、伯爵家、枢機卿の娘だ。上級貴族の令嬢なだけに、そういう意味で色目を使われる事もある。
逆に言うと、だからこそ、ここまであからさまに絡んでくる奴はいなかった。あの第一王子ご一行のスカした彼でさえ、面と向かっては、変な事はしてこなかった。まあ彼にしてみれば、興味が無かっただけかもしれないが。
なのに今この場にいる彼らはなんなのだろう。
まず、礼儀を知らない。ユーリとて養女とは言え、伯爵家の娘だ。こんな奴らに絡まれる筋合いはない。パートナーの件も真摯にお願いをされれば、考える余地があったかもしれない。それをただ高圧的に命令口調で言ってくるだけ。どんだけ人を馬鹿にしているのだろう。
まして、ここは学校内、しかも大勢の人の目のある食堂だ。元平民であるユーリにとって、この食堂の雰囲気は居心地がいい。のんびりしようと思ってきたのに、この始末。正直いって頭が悪いのだろうか。
彼らの話を聞いているだけで、イライラしてくる。元は下町、孤児院育ち、ガツンと啖呵でも切ってやろうかと思っているところに、近づいてくる人影。その人の顔を見た瞬間、ちょっと申し訳ないけど、私は一方的に助けを求める事にした。
「申し訳ないのですが、私はこの人とパーティーに出るお約束をしているので、お誘いはお断りさせて頂きます」
「はっ?」
うん、申し訳ない。でもパートナーとして出れたらいいなと思っていたのは、本当。だから、ごめんね、レイ。私は、驚く彼の顔を見ながら、少しだけほっとした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
まあなんとなく事情は分かるが・・・・・・
これがいつわらざる今の心境だ。レイは睨んでくるランズタウン達を見て、内心で溜息を吐く。腕にしがみ付くユーリは申し訳なさそうな顔をするが、まあどのみち、場を収めようとは思っていたのだ。なので、動揺する内心を押し隠しながら、微笑を浮かべる。
「レイ・クロイツェル、子爵風情が、ここに何の用だっ」
凄んでくるフラガ。おお、怒ってる、怒ってる。レイはそれを気にする素振りを見せずに、平然と受け答えする。
「何って、ここは食堂だけど?食堂で食事する以外、何か用があるのかい?」
「そんな事言ってんじゃねーっ。なんで今、この場で、この会話に加わっているのかって、聞いてんだっ」
さて、これにはどう回答しよう。レイは暫し悩む。
「んー、どう考えても君たちが迷惑だから?」
「はあっ!?」
レイの単刀直入な物言いに、フラガのトーンが更に上がる。とは言え、ここは食堂。直接殴りかかる訳にもいかない。周囲も平民だらけなせいか、彼らを見る目つきも剣呑だ。
「いや、普通に考えてみてよ。君たちさっきからずっとうるさいよね?どう見ても難癖つけてる貴族と追い詰められている女子学生にしか見えなかったんだけど?」
「そうだ、そうだーっ」
「アホ、貴族は引込めっ」
レイの物言いに、周囲の学生も声を上げる。それに対して、フラガは更に喚きたてる。
「うるせーっ、貴様ら、下級貴族や平民の分際で、生意気に侯爵家の人間であるこの俺に、楯突く気か、殺すぞ、貴様らっ」
フラガの恫喝は、むしろ逆効果だ。人は数の有利に敏感だ。多勢に無勢、むしろ周囲の人間が、更にいきり立つ。
「やれるもんならやってみろっ、この世間知らずのクソ貴族が、お前らがいるからこの国は一向に良くならねーんだっ、恥を知れ、このくそ貴族」
「親の威光で自分では何もできねーくせに、えばる事しかしないアホ貴族が、この人数に勝てると思ってんのかっ、お前こそ殺すぞっ」
騒動はどんどん膨れ上がる。むしろ事の発端の一部であるユーリは、顔を青ざめさせて、レイにしがみつく。まあこれが、この国の実情で、民衆の不満なんだろうなと、レイは他人事の様に思うが、これ以上揉めてもしょうがない。レイは、シルフィに声をかける。
『シルフィ、今から鳴らす音を大きくして』
そしてレイは、パンッと手を叩く。
『『『 パンッ 』』』
拡大された音は一瞬で周囲に伝わり、あたりは一気に静寂に包まれる。そこでレイはその隙をつく。
「話を整理しよう。フラガ、君はここにいる聖女、ユーリ・アナスタシア嬢に新入生歓迎パーティーのパートナーを申し込んだ。これであってる?」
音であっけにとられたフラガは、思わず素直に返答する。
「そ、そうだ」
そしてその返事を聞いて、レイはユーリを見る。
「ユーリはそれを断った。これでいいかい?」
「う、うん」
そして周囲の人間を見て、素直に謝罪する。
「皆さん、申し訳ない。食事中に大きい音を立てて。これだけの事なんだ。後はこっちでやるから、のんびり食事に戻ってくれないか?」
そう、それだけの事である。貴族がどうとか平民がどうとか、社会がどうとか国がどうとかそういう高尚な話じゃない。たかがパーティーのパートナー決めというだけの話。
それを聞いた周囲の人間もあっけにとられた後、むしろ馬鹿らしく思え、そそくさと食事に戻っていく。
「じゃあ、フラガ、取り合えずここを離れよう。ここは学院、今のはどう考えても君が不利だよ」
レイはそういうと、フラガを一瞥だけして、ユーリの手を取り、その場を離れていく。フラガ達も慌ててレイ達の後を追う。この場に彼らだけ残されて、何をされるかわかったものじゃない。
そうして少し離れた学校の中庭まで来たところで、レイは足を留め、ほっと一息吐く。
「いやー、いきなり盛り上がったね。流石にビックリしたよ」
レイは満面の笑顔でそう言って、ユーリや、フラガを見る。しかし、フラガはそんなレイを睨みつけいきり立つ。
「貴様のせいで、何もかも台無しだっ。この屈辱、どうやってこの俺に返すんだっ」
しかしこの期に及んでのそんな言葉に、レイは心底呆れた顔を見せる。
「はあぁ、まだそんな事言ってるの?別に返さないよ。それにフラガ、君は判ってないよ。この学院は実力主義だ。欲しいなら、口や権力、権威じゃなくて、実力で勝負しなよ。別に模擬戦なら申請をすれば、戦えるんだし」
「何っ?」
「だから、ユーリとのパートナーは俺って話。それは、君の申込より俺が先に了承を貰ったんだから、君が断られるのは当然さ。その上で、ユーリを困らせようとするのであれば、そのパートナーである俺から実力で奪い取ればいい。少なくともそうすれば、ユーリのパートナーはいなくなる訳だから。君にもチャンスは出てくると思うよ。ああ、それで受ける受けないは、ユーリの心情だから、俺は判らないけどね」
レイはそう言って、最後の部分を強調した上でおどけて見せる。レイにしてみれば、完全にとばっちりだ。別にそこまでフラガに譲歩する必要はない。
ただ結果、不完全燃焼で燻られるよりかは、叩きつぶした方が楽だろうと思ったのだ。それに対し、今度はユーリが、口を開きかける。
「えっ、そんなの駄・・・・・・、フガッ、フガッ」
レイはそんなユーリの口を塞いで、ニヤリとフラガを見る。安い挑発だ。するとフラガは簡単に引っかかる。
「いいだろう、たかが子爵風情で、調子に乗った事を後悔させてやるっ」
こうしてこの学年では初めて、実力の優劣を決める模擬戦が開催されるのだった。
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